e02c.星間オフロード
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夜明けだ。
大気は分厚いくせに砂塵が高空まで舞っているせいで、地平線には海のような青が、天頂はぼんやりと赤茶けていた。天頂の赤茶はよくよく見てみれば、北東の向きで波に似た動きがある。
いわば、砂光雲。
高温の赤道付近で巻き上げられた砂塵が漂っているのだ。
一面砂漠の星にあって、唯一の色鮮やかな光景であるのに、寂れている。
「お前、眠らないのか?」
「…………?」
町を出て数時間、腰を抱く力が変わらないきんきらきんに問うも、首を傾げるだけだった。肩越しに反応を見て「そうかい」と、ヴェローチェは肩をすくめる。
見た目は子どもだが、中身は機械と変わらないか。
少しの沈黙――この数時間を占めていたのも沈黙だったが――を経て、もう一度きんきらきんの様子をうかがう。
相変わらず、目はまんまるにかっぴらいたままだが。
右に。
左に。
上に。
視線がかち合う。
退屈な夜行を終え、ようやくダイナミックな星のショーに出会えたのだ。新銀河連合に売り渡してしまえば、夜なんかとは比べものにならない、鬱屈とした閉鎖空間での生活が待っている。
血液採取と、身体能力テストと、ブロックを積んで崩すだけの――。
アー、やめやめ。
コイツは、レーヤの造った奇妙な兵器から逃れるための人質に過ぎない。どのみちジョロウグモにいても髪をむしられ続けるだけ。新銀河連合製であるなら、出戻りって話だ。
いまの内に楽しんでおけよ。
合金やフィルターの囲いの中からじゃあ得られない、宇宙の風趣を。
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すっかり明るくなってから到着したのはテーブルマウンテン。標高は六〇〇メートル程度、面積は大きい台地で三〇〇平方キロメートル程。複数の台地が、入り組んだ渓谷で分けられている。
洞窟に入るとすぐに誘導灯が列を作った。
「へぇ、ずいぶんと立派な基地じゃねぇか」
しばらく進めば、格納庫らしい平滑な空間が広がった。
大気圏内用輸送機にリフターで荷物を積む作業員、食料の検分に立ち会う集団、手に入れた銃器を弄る兵士、怒鳴りながら作業を進める整備士、駆け回って叱られる子ども――全員が手を止め、見慣れない機体に釘付けになっていた。
見た目だけじゃない。
イードラのジェネレーター音は重装輸送艇のエンジンとは音域が異なるからこそ、よく響き、目立った。
地表を滑ったり、宇宙船の間を往来したりするだけの小型ビークルとは比べものにならない大音量。その音源がオンナと子どもが身をさらしてまたがる細長い機体なものだから、注目の的にもなる。
壁沿いにイードラを停める。
ジェネレーターの電源を落とすと、宇宙空間かと錯覚するほど、しんと静まる。
「ほら、降りろ」
あん?
背を伸ばしている間に、きんきらきんが顔を振っていた。
頭に付いた砂でも落としてるのか? 飛行中は鎧のシールドを拡張しているから、砂塵を受けないはずだがな。
「オンナライダー、こっちだよ」
「オレの単車には誰にも触れんな、って通達しておけ」
「いいのかい? 一応宇宙船なんだろう? だいぶボロボロに見えるけど。ウチのメカニックに――」
「宇宙船じゃねぇ。触んな」
「ああ、オーケー、オーケー」
ボンネビルに付いて基地内へ。
焼けた肌のつるつる頭が、通路のライトを反射している。鎧のスキャンが、ボンネビルの背に埋め込まれたボルトや瘢痕を検知した。肉体維持のために妙な薬品が血中を巡っていることも、脳の活動から読める。
アンチ・エクトモーフ手術が由来ではない、プラズマによる傷跡もあった。
ヴェローチェたちを睨みながら後ろを歩く、デイトナとかいう若い間抜けもスキャンしてみたが、こちらはほとんど傷が無い。
いつから組織を率いているのか知らないが、ボンネビルが矢面に立って活動してきたのだろう。兵士どもは
「ボス、ハイイーストタウンでまた事件です。主犯は先日逃げ込んできたばかりの誰かかと。部隊を向かわせましたが……ハイイーストタウンの駐留部隊を捻出しなければなりません」
「おっと、おかえりなさいボス! この前話したニヘイ星系の支援者からの荷物、届いたよ! 旧式だけど、対プラズマ甲冑がたくさん!」
「ちょうどよかった、ボス、サウスベースから補給品の相談があったの。B20型エンジンの部品をなんとか調達して欲しいって……。共食い整備でもう二機も輸送機が動いていないらしいの」
慕われちゃいるが、威厳はない。
気の良いオンナボスか。
さぁて。
こちらの願いを聞く代わりになにを要求する?
「では改めて。ようこそ、放棄された星へ。ノーネームナンバーMV98SG56――あとは識別番号が三〇字くらい……あたしたちはMV98って呼んでるよ。さ、ご要望はなんだったかな?」
「あの
「…………。ふぅー、まぁ、その」
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