e02b.星間オフロード
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「ン、ウウン、繰り返す! 武装を捨て、我々に降れ!」
じろりと、ヴェローチェは包囲を見遣る。
「あー……、バカか?」
「なんだと」
シンプル罵倒に青筋を立てる若い間抜け。
「ド素人め。なぁ、お前ら宇宙船持ってるか? ショボくてもいいがよ」
「なにを言ってる!」
「ワープさえできりゃいいんだよ。寄越しな」
くいくい、と腰布がきんきらきんに引かれる。まんまるの目が見上げていた。
「ん」
「お前は空いたボトルを店主に返してこい」
「ん」
「動くな、おい!」
間抜けの停止命令にまったく耳を貸さず、てくてく店内に戻っていく。
「おい! くそっ……ジョロウグモの要求は聞かない! 腰の銃を投げ渡して、アーマーのシールドを解除しろ! 俺の指示に従えないなら、二名とも鎮圧する!」
「んなことしたら全滅するだけだぜ」
「ジョロウグモは逃がさない!」
「わかってねぇのか。この包囲の仕方じゃ十字砲火になってねぇ、反対側の人間にも後ろの店にも当たるだろうが。加えて、オレがジョロウグモ構成員だったなら、それは艦隊にケンカを売るってことだ、星まるごと焼き払われてぇのか?」
兵士たちは互いに顔を合わせてから、少しばかり立ち位置を変えた。――なんにも変わっていないが。
戦闘経験を積んでいない、武器を身に付けてみただけの自警団。
行動不能程度にしといてやるか。
「あとな、オレはジョロウグモじゃねぇ」
拳を握る。
意気揚々と殴りかかろうとしたところで、レーダーにさらに反応。
西の天上、大気圏再突入を仕掛けた機体がある。
ありゃあ……
全長八〇メートルあるスペースプレーン型の機体。翼端のティルトスラスターだけなら単なる攻撃機だが、あれは後部上面に高出力のエンジンも積んでいる、単独かつ長期の活動が可能なタイプ。しめた、ワープもできる機体だぜ。
「ボスだ!」
若い間抜けと兵士たちがわかりやすく目を輝かせ、ヴェローチェから距離を取る。
こうもあからさまに三下感出されると気勢が削がれる。人間はパンチ一発、機械は両手両脚破損に済ませておこうと思ったが、このままじゃ無意味なガキのいじめみたいだ。
「おいジョロウグモ、いまの内に降伏しておけ。三〇ミリソリッドレーザー砲でバラバラになりたくなきゃな」
コクピットのひとりと目が合った。
「お前たち、銃を下ろしな」
スピーカーから発せられた声に、若い間抜けと兵士たち、狼狽える。
▼▼▼
重力リフトで降りてきたのは、マッチョな大男……、
「まさか、こんなところでまた、オンナライダーと出会うとはね」
かと思ったが、アンチ・エクトモーフ手術を受けた女だ。人工重力がまだ存在しなかった宇宙開拓時代の、人体改造技術。男女関係なく、後天的に筋肉量が増えやすく、かつ低下しにくい肉体に骨格から変える。
デメリットは、男か女か見分けがつかなくなるのと、性機能障害。
ふぅん、五一世紀にやる人間がいるなんてな。
しかしヴェローチェの興味は、大女が言った『また』だ。
「知ってるんですか、ボス」
「ああ」
「筋肉ダルマに知り合いはいねぇけど」
「ジョロウグモめ! ボスになんて口を!」
「待ちな、デイトナ。お前たちも銃を下ろしな。この女はジョロウグモじゃない。だから、ぜったいにケンカを売るんじゃないよ」
ヴェローチェの太ももくらいはありそうな太い腕を器用に組んで、二メートル近い身長を利用して見下ろしてくる。
しかし態度とは裏腹に、大女の額には汗が浮かんで、砂が張り付いていた。向けられた目には、猛獣を相手にするような恐れと不安が浮かんでいる。
軽く睨み返して気付く。
「その焼き印」
「思い出したかい」
肩に五芒星。焼かれてから年月が経ち、痕を軸に周りの皮膚を巻き込んでしわくちゃになっている。
「清きブラックユニオン」
「あー、たしかそんな胡散臭い名前だったな」
「十年前、ギン公軍とあんたが組んで滅ぼした、小さい海賊の寄り合いさ」
まだ十七歳で、新銀河連合の報酬が良いもんだから、カネに釣られて小規模海賊の根絶やしに奔走していた頃だ。標的にした組織のひとつに、その清きなんちゃらがあったと思う。
「よく覚えているよ、あの戦場であんたを見た。その鎧……その黒髪……忘れられるもんか。二・二Gの戦場で、一〇〇メートルもジャンプしてあたしのガンシップの翼を叩き折っていったんだからね……」
周囲の兵士たちがぎょっと目を剥いて、半歩、身を引いた。
「ギン公軍の攻撃も苛烈だったがね、あんたはほとんどひとりでユニオンの防御陣地を潰して、そこの機体に颯爽とまたがって次の戦場へ飛んでいった、涼しい顔してな。だからオンナライダーなのさ」
「その『だから』は意味わかんねぇけど、あの作戦で潰した海賊はみんな人攫いやってたゴミ集団だ。そこの生き残りってんなら、新銀河連合に突き出すだけだぜ」
ボスがひょっこり顔を出したとて、ヴェローチェがやることは結局、拳で解決、だ。
昔話に付き合う気はヴェローチェには無い。
大女の瞳に怯えがはっきり浮かぶ。
「待て!」
若い間抜けが割って入った。
「待ってくれ!」
小銃を投げ捨てる。
「ボスは……俺たちドラジェリーは人攫いなんかしちゃいない!」
「ドラジェリー?」
「そうだよ、この星に逃げ込んだ住人の世話をしてんだ、俺たちは! 人を攫ってきたり、他所へ売ったりなんかしてねぇ! ワルをまったくしてないとは言わねぇが、全部生かすためだ! ボスはな! ギン公にも海賊にもいられない人たちをなぁ!」
大女の前じゃ若い間抜けは小動物みたいだったが、必死にヴェローチェの前に立ち塞がっていた。
はッ……この兵士どもの練度じゃあ、人攫いなんて大仕事できるわけもねぇ。自警団って見立ては間違いじゃなかったな。
そこは問題じゃないし、大女を連合に突き出してもらえる賞金も高が知れている。必要なのは、ワープできる船だ。
「ボスは……ボスは……」
「なぁあんた」
深く息を吐いた大女が、べそまでかきはじめた間抜けをどかして目の前まで来る。
「なにか困ってるんだろう。じゃなきゃ、こんなへんぴな星にやってくるはずがないよ。街で大立ち回りをする前に、あたしたちが手助けできるかもしれない。住人や部下があんたをジョロウグモと誤認した……その非礼も詫びたいんだよ」
たしかにオーディエンスが増えているし、大女を心配する声も漏れ聞こえている。
「それに、その子」
大女の視線が、ヴェローチェの足元に。
「ワケありなのは理解するよ。だからこそ、あたしたちのアジトに来ないかい」
こつこつ、と太ももの辺りを叩かれる。
睨み合ってる間に戻ってきていたきんきらきんに視線を落とせば、両手にドリンクボトル。
「ん」
「おいこらお前」
「アジトにはベリーミルクもたくさんあるよ」
「ん」
言って、きんきらきんは一歩、ヴェローチェの前に出た。
「ん、じゃねぇよ……ったく」
大女が巨体を歪めてきんきらきんに視線を合わせる。
「あたしはボンネビルってんだ、きれいなお嬢ちゃん」
まんまるの目は大女を、次にヴェローチェを見上げ、
「いこ」
と一言、再び大女に戻った。
こいつが度胸を発揮するタイミングがイマイチわからねぇ。
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