episode 02
e02a.星間オフロード
▼▼▼
「なんでこんな星に連れてきたか、もういっぺん言ってみろ」
布を巻いたり被せたりして、きんきらきんの姿がなるべく露出しないよう試みた――そらぁ、金ピカってだけで金目のモンに見えるから――のだが、うまくいっているかどうかは微妙。夜道じゃ、顔からライトを照らす化け物みたいだ。
テーブルを挟んできんきらきんは真顔。
まんまるの目は一点に吸われている。
「ん」
空になったグラスが、ざりざりと砂を擦って差し出される。
人間か機械かわからないが飲食はできるみたいで、買ってやったベリーミルクはすっかり飲み干した。
「なんだよ」
「ん」
瞳だけがヴェローチェとグラスを行き来。
もう一杯ってか。
「飲んだらちゃんとした理由を言ってくれんのか?」
「ん」
返事じゃなく、催促の『ん』。
「ったくよ。……店主! こいつに同じのもう一杯やってくれ」
「え? え、ええ、わかりました」
ビクビクした酒場の店主は、奥から二杯目を運んでくる。
狙いの正確な対空砲みたいな目つきでグラスを追っていたきんきらきんは、さっとストローに口をつける。
「あの……よろしいので?」
「あん? ああ、カネなら心配するな」
ベリーミルクは酒よりも高い、それも数倍。
ここは産業が何もない、全球砂漠の星。
どこかの博愛心あふれる活動家の配給、もしくは、秘密の人脈と輸入ルートを持つ調達屋からでなければ、食料品の確保ができない土地。そして住民の貧しい暮らしに寄り添えるのは、腐りやすいミルクよりも酒……。
「ん」
「おい、はえぇよ!」
ヴェローチェが質の悪い酒に舌を痺れさせている間に、きんきらきんは一杯飲みきってしまった。
「そいつを気に入ったみたいだがな、オレはお前が気に食わねぇ。自分の名前や製造番号、具体的な機能ぐらいな、やっすい家電でも言えるぜ。クモの巣から抜け出せても、こんな砂まみれでスターポートも無い星に寄越されちゃあどうしようもねぇ」
包み込むようにグラスを握っていたきんきらきんは、今度は上目遣いでヴェローチェを見つめる。
「ひつようのほし」
ぼそりと。
「だから、それはさっきも聞いたんだよ。なにがどう『必要』なのか言ってみろよ」
「……ひつよう」
それしか言わない。
嘆息して脚を組み替える。
あの金のワープゲートは、間違いなく時空をまたいだ。お伽噺みたいに別空間に辿り着いたのでもなく、流行のSF映画みたいに別宇宙に連れ去られたのでもない。
たしかにワープしやがった。
しかも五〇〇〇光年以上もの距離を。
砂漠の星は
ありえない。
一〇〇〇光年を超えるワープが可能なFTL機関は、
――ハイウェイポータルは全長も直径も五キロある寸胴。
それがこんな、身長一三〇センチのちびっこが?
超長距離ワープ?
仰天ってのはこのことかよ。
「お前は……いや、お前らはなんでジョロウグモと一緒にいたんだ?」
「…………」
「ヤツらに造られたのか?」
「…………」
だんまり。
しかしジョロウグモ製ってのは考えられないか。そんな技術力があるなら、きんきらきんを活かした兵器なんてわざわざ造る必要がない。
新銀河連合製。順当に考えれば……あとは人類の被造物と仮定すれば、だ。
ジョロウグモは
だったら。
「『必要』だかなんだか知らねぇが、もっとマシな星に連れてけ。砂場遊びは趣味じゃねぇんだ」
大金ふっかけてきんきらきんを新銀河連合に引き渡せばいい。
いくらとんでもない距離をワープするといっても、毎回見知らぬ星系に放り出されるオミクジワープなんじゃ、命がいくつあっても足らない。
きんきらきんを引き渡す代わりに、イードラに合うFTL機関を連合に探させるってのもアリだな。
「オレに『必要』なのはな、まともに動くFTLなんだよ。いいか、ジュースに満足したら、もう一度ワープゲートを開くんだ。オレも、お前も、満足できる星を指定してやるからよ」
「……んーん」
外に停めてあるイードラに目を逸らして、首を振る。
なんつー強情っぷり。
売り渡すにしても、この星を脱出できなければにっちもさっちもいかない。スターポートが無いから貨物船の行き来も掴めない。そもそも総人口数千人の惑星の流通経路なんてあってないようなもの。
「ん」
三杯目の催促。
子どものご機嫌取りなんてやってられるかっつーの。
マズい酒を飲み干す。喉奥がザラつく……そのくせに値も張る。若干のハーブ風味も気にくわない。
こんな酒で満足してたら、いつまで経っても貧乏から抜け出せねぇぜ。
「ハァー」
しゃーねぇ、オレも二杯目もらうか。気が乗らないしハーフでいいや。
「店……主?」
鎧が、目の前から発せられた通信を傍受。
「おい店主」
「あっ、は、はい! なんでしょうか、おかわりお持ちしましょうか」
「こいつぁなんだ?」
ホログラムで見せつけた通信の内容は、
『怪しい二人組。女。ジョロウグモかもしれない』
「へぇっ。それは。どうして、あっいや、なんでしょうかね」
「焦るなよ、間抜けめ。誰宛だ、教えろ」
短波信号自体は緊急通報で、送り先はこの街の通信塔。さらに適切な送信先に届けられる。
だがこれは、何らかの事態に際し対処能力を持つ組織がこの星にあるって意味になる。さしずめ自警団といったところ。
「これは。なんといいますか。あの、お客さんのことではなくて」
「んなわけあるか」
遠巻きに座っていた常連らしい数人の客は呆然として、いきなり立ち上がって難癖つけるヴェローチェに釘付け。逃げた方がいいのか悩んで脚が動かない、そんな顔。
荒事には不慣れか。
「なぁ、店主」
カウンターに肘を突いて視線を下げてやり、努めて冷静に語りかける。ほんの少しの女々しい甘え声もスパイスに。
一八〇センチ強の鎧を纏ったヴェローチェでもこうすれば、威圧感が優男並には和らぐ。
「へ、はい……」
「オレたち困ってんだよ。この星での仕事は終えたんだが、出る手段が見当たらなくてね。それを知ってそうな連中、教えてくれよ。店主の優しい接客が見えれば、快く上に報告できるってもんさ」
「う、うえ、というのは、その」
「ああ、そうだなぁ。ジョロウグモかもしれないし、新銀河連合かもしれないし、どちらでもないかもしれない」
「う……」
「どう転がろうとな、店を守るのは魅力的な接客だぜ」
「そ、その――」
「待て」
鎧のレーダーに反応。
マッハ2で物体が圏内に侵入した。地上を走る速度じゃない。意外だ、てっきりビークルでのんびりやってくるもんだと高をくくっていたのだが。
九〇秒で到着する。
はッ……いいだろう。
「ほらよ、迷惑料込みだ」
直接尋ねてやるぜ。
「出るぞきんきらきん!」
「ん」
了承じゃなく、催促の『ん』。
「おいふざけんな、オレに従え」
「ん」
「ハァー。店主、もう一杯用意してくれ、テイクアウトでな」
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「おい! ジョロウグモがこんな僻地くんだりになんの用だ! どんな理由があろうと、この星を知っちまった以上、仲間の元へは帰れないと思え!」
二機の
最後に出てきた一人は、若い間抜け。
「武器を捨て、俺たちに降れ!」
ズズッズッ。
返事はベリーミルクを飲み終えた音だった。
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