e02d.星間オフロード

   ▼▼▼



「なぁ、オンナライダー。取り引きといこうじゃないか」


 オンナライダー、ねぇ。


 ボンネビルの言葉に、ヴェローチェは腕組みで返す。

 オレは、近くの主観都市惑星アーティリアル・シティに行ければそれでいいんだがな。

 故にこちらの要求は変えない。

 だが重装輸送艇ガンシップを失えば、この星はお先真っ暗。

 格納庫での整備具合から、他機に比べ専用の部品や化学物質が揃っているのは一目瞭然。あの機体を使って他所からもらった支援物資を運んだり、弱小の違法業者を襲って物資を確保したり、惑星での治安維持に利用したり……組織の生命線である。


 はッ……よくやってるぜ。


 それがヴェローチェの、彼女らに対する評価だった。

 ジョロウグモは銀河外縁アウターテパルに持つ広大な支配領域を統治するために、二〇歳のオンナにさえ艦隊を任せている。NNNNクアットロ・エヌでヴェローチェを囲んだ三〇隻なんて、全艦隊の毛の先程度。

 いまいるMV98は、ジョロウグモ勢力圏の外れ。いつ目を付けられるかわからない宙域で、重装輸送艇ガンシップ一機で数千人の住人を飢えから守っているのだから、だれかが褒め言葉のひとつぐらい投げてやらなきゃあならない。


 だからボンネビルは、あの機体を手放さない。

 しかしここにいるのは、単独でも基地を壊滅させられるヴェローチェである。

 大女は虎の尾を踏まぬよう、取り引きに及ぶのだ。


「オレが取り引き? 人売りの極悪人とか?」

「こいつ!」

「やめな、デイトナ」


 背後、狭いオフィスの扉に立つ若い間抜けが小銃を構えた。引き金に指を掛けている。


「デイトナ」

「くっ……」


 銃を下ろす。


「オンナライダー、たしかにあたしは清きブラックユニオンにいた時、人攫いに手を貸していた。ただあれは――」

「昔話なんざ興味ねぇぞ」

「――ああ……ああ、そうだろうね。だけど、これだけは知っておいて欲しいんだよ。悪事に加担したのも、重装輸送艇ガンシップ乗りになったのも……こんな、こんな体になったのも……全部ユニオンに従うしかなかったからなのさ」

「ハァー」


 わかりやすく不快そうに溜め息を吐いておく。


「それがなんだってんだ。なぁ?」


 無意味にきんきらきんに同意を求めてみた。

 相変わらずヴェローチェを真っ直ぐな目で見上げている。


「…………」


 かろうが悪しかろうが語れるだけの過去があるなら上等だろ。わざわざひけらかすことはねぇ、昔の自分にデカい顔をさせるな。

 なぁ?

 こいつには、過去と呼べるほどの立派な経験があるとは思えない。名前すら言えないのだ。形だけ人間の真似をして、かっぴらいた目ん玉はオートマトンのカメラアイとまるで一緒で、なにを考えているのかなんて読めやしない。

 髪の毛むしられるだけの生き物。


 ただひとつ。

 ヴェローチェの前に立つだけの度胸は示してみせた。


 ――ああ、そうだな。認めてやろうとも。

 考えは読めないが、その目がちゃんと先を向いていることを。


 あの時のオレも――アー……うるせぇ。


「お前、ボスはなぁ!」


 後ろの間抜けが荒ぶる。


「黙っとけ間抜け」

「なんだと!」

「銀河にはな、自分の脳ミソ以外全部投げ打っちまうアホだっているんだよ。インダストリアル・コロニーの一部になってまでやることが、リズムよく電気信号を送るだけってな。生きてもいなけりゃ死んでもいない、AI未満さ」


 間抜けの血の気が引く。

 いまの話は、半分ウソ。


 本当は、人類の新しい姿を模索するマッドサイエンティストによって、脳幹はイカになった。宇宙を遊泳するイカに。しかしトロトロに溶けた神経はまともに機能せず、見境無く人間に襲いかかった。イカどもはヴェローチェの手で、マッドサイエンティストとともに葬った。


 あれを潰した感触は口にはしたくない。

 オレの単車――愛機に起きるトラブルはいくらでも受け入れられるが、人間のトラブルはそうすんなりいかねぇもんだ。


「肉体増強ぐらいがなんだってんだ」

「でも、ボスは……」

「おい、


 呼びかけに、大女ははっと顔を上げる。


「ここには間抜けと腰抜けしかいねぇのか?」

「なんだと、偉そうにしやがって!」

「よしな、デイトナ」

「だけど!」

「それ以上なにか言ったら追い出すよ」


 ぐっと黙る。


「悪かったね。あんたの名前を聞いていなかったよ」

「はッ……そうだ。ようやく席に着けるぜ」


 他人を勝手なニックネームで呼び立てて虚勢を張ろうってヤツと取引なんて、ヴェローチェはまっぴらごめんだった。


「オレはヴェローチェだ、よろしく頼むぜ? あとこいつに約束のベリーミルクな」


 腕組みを解いてソファにどっしり腰掛けたヴェローチェを真似るように、きんきらきんもソファに深く埋まる。


「ん」



   ▼▼▼



「ん」

「おかわりだとよ、ボンネビル」

「わかった、わかったよ。今度はピッチャーで用意させる」

「それで、ダムだって?」

「ああ。ノーネームナンバーSV650P55――長いからSV65としようか。この星系にあるダムにも、ウチと同じように身寄りの無い人間が集まっていてね。ここでギン公とジョロウグモが最近になって小競り合いを始めちまって――」


 追加のベリーミルクがやってくる間にうだうだ語っていたが、ボンネビルの要求はつまり、こうだ。


『自分の組織は華奢な少女ほどの力しかないから、仲間の救援のためにヴェローチェの手を借りたい』


 オレを用心棒にしよう、って魂胆があるわけだが。


「――SV65を仕切ってるヤツと、銀河内縁インナーテパルの支援者からあたしに依頼があったんだよ」

「連合とジョロウグモがダムなんかを取り合うのか? それもド田舎の」


 もしそうなら両者とも殴り合わなきゃいけなくなる。

 しんどいしめんどい役目。


「一〇〇〇年も前に造られたシステムに用なんて無いよ」


 じゃなんで廃星同然の星で小競り合いなんぞ。


「システムには、ね」

「あ? もったいぶんな」

「ああ……わかってる、わかってるよ。ジョロウグモは最近、かなり強気にギン公軍にケンカを売ってるみたいでね。造船所への輸送船が増えている上に、これまで見たことがない……光り輝く兵器を使ってるってウワサもある」

「光り輝く、ねぇ」


 エネルギー源が隣でのんきにストロー吸ってるがな。


「その流れだとは思うんだが、SV65に、ジョロウグモが前線基地を築いているって話さ。ダム施設を解体、再利用してね。ギン公軍も見過ごせないから、前線基地破壊に躍起になってるみたいなんだけど、いまのところ互角。問題は、ギン公軍がダムまで破壊したがってる点さ」


 遺跡みたいな施設を求めているのではなくて、バラしたいのか。


「そいつぁ難民にとっちゃ災難だな」


 どちらかが勝利しても住処を追われる。


「小競り合いと言ったが、正確には小競り合いってとこだね。いまのままだと近い内に、星系を巻き込んだ大きな戦闘になる。そうなる前に、難民たちをこのMV98に移送したい」

「は? 重装輸送艇ガンシップで何往復する気だ?」


 新銀河連合NGFとジョロウグモが睨み合ってる脇を、難民のピストン輸送のためにすり抜けるのか? それでもし攻撃を受けたら、作戦完了までオレに出張ってろってのか?


「そんなの無茶だよ。だから、ヴェローチェさん、あんたの出番」

「『だから』の意味がわからねぇ」

「ジョロウグモ艦を奪って欲しい」


 ……この話、降りよっかな。



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