e02e.星間オフロード

   ▼▼▼



「あー……なにか、ジョロウグモと因縁でもあるのかい?」


 ヴェローチェの渋い顔にボンネビルが困惑する。

 うーん、どう言ったもんか。

 悩みながら隣をちらり。きんきらきんと目が合う。

 見んじゃねぇ。


「そうだよね、あんたならジョロウグモに睨まれていてもおかしくないよね。だったら、ギン公どもの艦はどうだい」

「バカ言えボンネビル、不可能だ。お前、連合とやり合ったこと無いのか。ヤツらの艦隊は、情報知性体を頭に据えてまるごと一元化した無人統制艦隊だぞ。どれか一隻でも残っている限り、艦内を制圧できたとしても制御は奪えない。新銀河連合NGFとやり合うなら、殲滅が勝利条件だ、覚えておけ」

「なら、なんとか――」


 手のひらで制止する。


「待て。の前に話すことがあるだろうが」

「ああ……わかってる、わかってるよ」


 テーブルのホロモニターが投影され、反転。金額が提示される。

 その額、一〇〇万クレジット。

 隣のきんきらきんはいくらだったっけねぇ?


「カネでなんとかしようもんなら、あたしらにはこれが精一杯さ。見ての通りなんにもない星だからね。だから追加で、この基地での住居と食事は提供させてほしい。贅沢させてやれないのは容赦してもらいたいが」

「そりゃ素敵だ」

「ん」

「ハイハイ、ベリーミルクも飲み放題だな」


 きんきらきんめ。話はできないが、聞くことはできるんだよな。


「それと……あたしの重装輸送艇ガンシップは渡せない」

「知ってらぁな。お前の度胸を試しただけだよ」

「なんとか合格、か?」

「欲張りだな。図体に似合わねぇタマなくせに」


 ボンネビルの背後に立つ若い間抜けが額に青筋を立てる。が、言いつけ通り口は開かない。


「赤点ギリギリだよ。知ってるか『赤点』」

「……さぁ」

「人間が作った重力井戸の底だぜ」

「んん?」

「気にすんな。で、代わりにどうしようってんだ?」

「そこなんだがヴェローチェさん、あんたがいま困ってるのは、他の惑星への移動手段で……いいんだよな? その……」


 いぶかしげな視線がきんきらきんに。

 灰かぶり姫というには、ぼろ布の中身は煌びやかすぎる。金無垢の髪、鉱石のような冷たい白の肌、エナメルに似た質感のスーツをくらませるには、もしかしたら光学迷彩も役に立たないかもしれない。


「こいつはオレの戦利品だ」


 臆病者とはいえアウトロー、金目のモノと見りゃ手を出してくる。


「ああ……! いや、そうじゃないよ、そうじゃない。ただね、その、ジョロウグモとの因縁があるとしたら、その子なんじゃないかと思っただけさ」

「ボンネビル」


 迂闊なオンナ。よくもまあこんな口ぶりでカシラ張ってられるな。


「話は終わってねぇ」

「うん……そう、その通りだね」


 いいさ、この星を出るまでの仲だ。


「ウチの重装輸送艇ガンシップに目を付けたのは、あの機体ではワープできないからだろう? だから、避難民の移送が落ち着いてからにはなるが、あんたたちをどこにでも連れていくよ。それで……どうだい?」


 少しばかり段階を跳ばした『だから』であったが、ボンネビルの申し出は好都合。

 さっさとこの星からおさらばできりゃあ――。


「んーん」

「は?」


 飲み途中のカップを置いたきんきらきん。

 まんまるの目でこちらを見上げ、次にボンネビルに向いた。


「んーん」


 二度目は首を横に振ってまで意思表示してみせた。


「もとすてら」

「おいきんきらきん」

「その子、話せるのかい?」

「もとすてら、なおして」


 こいつ!


「モトステラ? それがヴェローチェさんの宇宙船か」

「宇宙じゃねぇ」

「おっと……いや、失礼したね。だけど、しかし……」


 ボンネビルは口を引きつらせて、明らかにたじろいでいた。ぱっちり開かれた金ピカの瞳に、真正面から見つめられて。

 不気味。

 そう感じている顔だ。


「無視していい、ボンネビル。ポンコツオートマトンとでも思っておけ」

「それは……うーん、だけどね……」


 金に射貫かれながら、テカテカで筋肉自慢の図体からボソボソ漏らす。


「それに、こんな砂だらけの星にオレの単車を直せるヤツがいるわけねぇからな」


 ぱっと、きんきらきんの視線がヴェローチェに移った。

 なんか文句あんのか、とにらみ返してやる。


「んーん、ひつよう」


 ハァー、またそれかよ。この星を出たら、まれに見る額で新銀河連合NGFに売り渡してやるからな。


「うむ、モトステラね……。初めて聞いた機種だけれど、ウチの技士に聞いてみるよ」

「だから無視しろって」

「軍艦一隻掻っ払ってもらうんだからね、それぐらいはさせてくれよ。それに、この星に流れてきた技士はワケありばっかりだが、腕は確かさ。オンボロばかり弄らせるのも忍びなくてね」

「ああ、そうかよ、好きにしてくれ。だが、コトが終わればオレたちの移送を優先しろよ」


 ズズッ。

 再びストローに口をつけるきんきらきん。

 満足か、おい。


「了解した。どうだろう、ヴェローチェさん? できることは多くないが、他に協力できそうな話があれば言ってくれ」

「いーだろう、ボンネビル。船一隻奪ってやろうじゃねぇか」


 またジョロウグモにちょっかいかけるが、NNNNクアットロ・エヌからは五〇〇〇光年離れている。オキャンが追ってくるなんてことはまずありえない。知り合いにはかち合わない。

 ドラジェリーって組織も、足が付くジョロウグモ艦を鹵獲しようだなんて考えちゃいないはず。難民の移送に使って、ポイ。

 手早く終わらせて、そうだな、銀河内縁インナーテパル新銀河連合NGF軍の基地がある星系にでも連れて行ってもらうとするか。


「ありがとう! あんたが味方なら失敗はないね。よろしく頼むよ」

「ああ? 握手はしねぇぞ。ぼた餅食うのはそっちなんだぜ」

「う……ああ、わかってるよ、わかってる」


 なんてことはない、ヴェローチェにとっては、旅途中の寄り道みたいなもの。

 結局のところ、つまらなくなければそれでいい。


「で? 救出作戦はすぐに始めんのか」

「ああ……しばらく休憩していてくれ。すぐに仲間を集めて作戦会議するよ。デイトナ、ウチの腕っこきどもを――」


 は? いまから?


 場合によっては、寄り道を途中で辞める必要もあるかもしれない。



   ▼▼▼



「昼飯とコーヒーをくれ」

「わかりました」


 給養員が案内してくれた部屋は、支援者や町長が来訪した際に使われる客室。この基地においては、リーダーであるボンネビルの部屋よりも上等。

 照明は弱いし、鉄板が剥き出しで、窓も無いが。

 砂が絡まっていないラグや、そこそこ使えそうなPC、コンパクトだが整えられているベッド、水の使用が制限されていない水場……なるほど、悪すぎはしない。良く言えばインダストリアル。

 暇つぶしに使えそうな、こぢんまりとした本棚に並ぶのは、ジャンルはもちろん発行年も発行星もチグハグな本ばかり。装飾ではなく中身のある本で、ホコリは被っていないものの変色がひどい。


 ごとり。

 きんきらきんがテーブルに、ベリーミルクタンクを置く。


「オレをピンチに追いやったエネルギーの正体は、甘いジュースかっつーの。――ん?」


 カップに注ぎながら、きんきらきんが頭を振った。

 この基地に着いた時も同じ身振りをしていた。布が邪魔なのか?


「おい、こっち向け」


 従うきんきらきんの前で片膝をつき、グルグル巻きにしたぼろ布を取ってやる。


「お前はこの部屋で留守番な。難民のお守りがあるってのに、お前までは見てられねぇからよ」

「んーん」

「黙れ、留守番だ。……ほら、これでもう邪魔じゃないだろ」


 金無垢の輝きが満ちる。

 膝立ちでちょうど、きんきらきんの頭がアゴに当たるぐらいの身長差。ヴェローチェが実家を抜け出して、イードラにまたがった頃と同じ身長である。

 鎧を身に纏って、おふくろと大ゲンカの末、飛び出したあの頃と。

 似たような度胸はきんきらきんも持っている。ただし、昔からがさつで粗暴な様が顔と仕草に出ているヴェローチェとは異なって、がんぜないきょとんとした顔付きと、艶のある瞳が――。


「ん?」


 筋?


「お前、これは……」


 チラチラと調光する瞳に、微細な筋がある。鎧が認識しなければ気付けない小さな傷が、角膜に無数に入っていた。

 頬を掴んでまぶたを裏返してみればすぐに傷の原因がわかった。

 細砂。

 まぶたをこれっぽっちも動かさないから、空気中を漂う砂塵にさらされ続けてしまったのだ。


「ちょっと待ってろ」


 水に不純物が含まれていないのを確認してから、そっときんきらきんの目に流す。

 違和感に口元を歪めた。


「いたい」

「我慢しろ。……よし。これでどうだ?」


 きれいさっぱりではないが、まぶたの裏に入り込んだ砂は洗い流せたようだ。


「お前、まつげがなんで付いてるか、教わってないみたいだな」


 子どもの割に長いまつげをなぞる。くるりと丸く、金無垢の髪よりはやや暗い色。

 ぴくりともしない。


「ぱっちりおめめが可愛いのはわかったから、瞬きを覚えろ。ゴミや砂から守るためにな。ほら、こうやって」


 きんきらきんの手を取って、自分の目元に近付けた。

 が、エネルギーシールドに阻まれて触らせてやれない。


「わかるか?」


 小さな爪とやわらかい指がヴェローチェのまつげに触れる。外向きに伸びる、硬いまつげに。

 久しぶりだった、シールドを完全にオフにしたのは。


「こうやって何かが当たれば瞬きするもんだ。そうでなくても、人間はずっと目を開きっぱなしにはしない。お前の目がどういう機能を持ってるのか知らねぇが、人の形を真似るんならな、瞬きぐらい自然にしろ」


 ぱちり。


「そうだ、それでいい」


 何度か瞬きをさせてから瞳孔を確認すると、無数にあった細かな傷が減っていた。自己修復機能だ。


「はッ……おいオレのタイミングに合わせんじゃねぇ」


 昼食として届けられたペーストとナッツを、脚をぶらぶらさせて食う姿は、昨日よりもいくらか人間らしく見えた。

 発明者ママ製造者パパが見たら、こいつは変だと目を丸くするだろうぜ。

 もしもヴェローチェがその場に居合わせたなら。


 ――オンナの見た目に仕立てた責任ぐらい取れ、とキレてやろう。



   ▼▼▼

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る