e02f.星間オフロード
▼▼▼
「降りろ」
「んーん」
十二時間後。
初めてのベッドを堪能するきんきらきんを簀巻きにしてから駐機場に行くと、先にイードラにまたがるきんきらきんがいた。
「いーや、降りろ」
「んーん」
周囲がざわついている、『あの子、急に現れたぞ』と。宇宙船を惑わすロムボイドウェーブのような、宇宙に隠れ潜むアノマリーに出くわした顔。あの瞬間移動に似た動きで、ヴェローチェより先回りしてきたのだ。
「留守番だって言ったろうが」
「んーん、いっしょにいく」
「『わかりました』以外の言葉は聞きたくねぇトコだがな。また気まぐれにワープされちゃシャレになんねぇんだよ。わかったな?」
「んーん」
四度目はねぇぜ。
首根っこを掴みにいくと、きんきらきんの姿がブレた。手が握るのは残像。
移動先はほんの少し、リアシートから前に移っただけ。
「フゥー、オレの不意打ちをかわすたぁ……やるな。で、満足したか?」
「んーん、もとすてらのる」
「こいつの乗り心地が気に入ったか? 悪くない感性だが、お前を連れていったところでな、またジョロウグモとやりあう以上良いことは無い」
まんまるの目をぱちくりさせる。
まばたきを覚えて、ひとの話を聞いている姿勢は出てきた。
「いいか? オレが守ってくれるなんて考えてるなら大間違いだ。お前がもう一度ジョロウグモに捕まろうが、宇宙のど真ん中で落っこちようが、オレには関係ない」
「ん」
短い『ん』と小さな首肯。
「邪魔だって言ってるんだ」
「んーん。こっちがいい」
置いてけぼりにされるつもりは元より無し、とばかりにリアシートに戻る。
「あっちはいや」
「はッ……よっぽどオレの単車が気に入ったってか」
根性だけならそこらの海賊以上。
ヴェローチェもイードラにまたがった。腰布がきんきらきんに引っかからないよう寄せ、鎧のシールドを拡張する。ジョロウグモ艦から脱した時に教えた通り、きんきらきんは片手をバーに、もう片方で腰を掴む。
「二言は認めねぇ。振り落とされんなよ」
「ん」
電源を入れ、ジェネレーター始動。
そっと、体が寄せられる。
へぇ、もう慣れたか。
イードラを浮かせ、銀翼の背に機体を吸着させる。
「ボンネビル、オレはいつでもいいぜ」
取り決めた周波数で声を飛ばす。たいして強い暗号化ではないし、このままでは傍受上等ってぐらい脆弱な通信だ。積んである通信機は、イードラ以上の骨董品かもしれない。
「本当にこっちに乗っていかなくていいのかい?」
「そうだな、大船に乗ったつもりでいろよ」
通信を切って、
「こんなニブチンだけじゃ袋叩きに遭うっつーの。なぁ?」
「ん」
「オレが前に出てやらなきゃあな」
なにげなく、シールドに包まれた髪を掻き上げた。
後ろで金無垢も舞う。
「目的地は一〇〇光年以上先。遠くはないが、
出撃前の機体に寄りすがる、若い間抜けの姿が見えた。
「ボス! ボス、やっぱり俺も連れていってくれ!」
エンジン音に混ざった切実な声。
「おいきんきらきん、お前と似たようなのが下にもいるぞ」
しかし興味なさげ。
言い合いが聞こえたと思えば、間抜けが樽みたいに転がっていった。怒り肩のボンネビルが「言うこと聞きな!」と声を張る。
「もしもの時はあんたがこの基地の面倒を見るんだよ!」
「だけどよぉ!」
……泣ける忠誠心だぜ。いやぁ、あんまりバカにもできないか?
ヴェローチェが現れなければ決死行だったはず。それをあのオンナが決断できたかは怪しい。
戻るボンネビルがこちらに気付く。見下ろしているせいか睨まれていると勘違いしたボンネビルは、慌ててイヤーパッドを叩いた。
「ああ……悪いね、待たせた。すぐに出発するよ」
「そうしてくれ」
ヴェローチェを伴ったところで、行く先が死地には変わりない。
恨めしげな視線を向けてくるのは、殴られた頬を労る若い間抜け。
そう。
この作戦を決行させたのはヴェローチェでもある。
だから?
逆恨みは間抜けの特権だな。
▼▼▼
横降りの光点と、アルクビエレ・ドライブが産む空間の歪みからシールドが守る。さらにその内側でエアポケットテントを展開して、ヴェローチェときんきらきんは昼時を過ごす。
ミニフードプリントクッカーが印刷したパン、チーズ、ハム、レタスに軽く火を通して食べる質素なサンドイッチは、銀河のどんなペースト飯よりも美味い。
『驚いたね……ワープ中にそんなのんびりできるなんて』
『羨ましいだろ?』
最初のワープでボンネビルは相当面食らっていた。
プチプチ、と光点の集団が衝突する。
きんきらきんは小さな手のひらでひとつのサンドイッチを包んで、食べるか、取り囲む景色に気を取られるか、忙しない。
この光景が美しいかと言われると、どうだろう。
ハイパースペース空間でわずかにエネルギーを高めた光量子がシールドを切り裂いてできた筋は、ガラス細工に見える。
あるいは、緑豊かな惑星を飛び回った時に蚊柱を横切ってしまったような、羽虫の血が車体を汚した様にも見える。
イードラの側面についた青い筋を掃除してからというというもの、虫が思い起こされて嫌だ。
――その点、光の滝に囲まれた、金無垢のヘアラインに沿うきんきらきんの作ったワープは、……そうだな、これよりも遙かに見た目が良いとは、断言してやろうじゃないか。
「いいか、ジョロウグモ艦に突入したら、オレから離れるな。あの瞬間移動みたいな動きを使って、ぴったりついてくるんだ」
「ん」
「もしもオレを見失ったら、単車に戻れ。こいつのシールドは並の個人火器じゃ抜けねぇ」
「ん」
「お前のお仲間がいたらその限りじゃねぇがな。オキャンが使った、エネルギーシールドをオーバーワークさせるあの武器があるとしたら、すこしばかり骨が折れる。ま、オレは二度目は食らわねぇ」
「いない」
「わかるってか」
「ん」
「そりゃ頼もしい」
何らかの超空間ソーシャル・ネットワークにでも属しているのか? それとも、粘菌の細胞体みたいな集団なのか? 急に増殖したり、『我々は個にして全、全にして個』なんて言い出したりしないだろうな?
きんきらきんがうじゃうじゃいる様子を想像して鳥肌が。
「お前たち! もうすぐワープアウトだよ!」
ボンネビルが発破をかける。
「到着次第作戦開始! 制圧予定のジョロウグモ艦は、SV65の味方が目星を付けてくれている。あたしたちの任務はブリッジの掌握。艦内の敵兵はヴェローチェさんに任せて、真っ直ぐブリッジに進め! 船を手に入れて、苦しんでる仲間たちを全員砂場に案内してやんな!」
鬨の声が通信に乗る。
「そら、クッカーは仕舞うぞ。美味かったか?」
「ん」
「激しい機動を取るかもしれんが、吐くなよ」
「ん」
「よし」
光点の雨の先にアドベントポイント――黒い靄が発生。だんだん大きく膨れる靄に、イードラを背中に張り付けた
通常空間に戻り最初に見えたのは、燃える星。
ダムが。
ダム惑星が燃えていた。
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