e02g.星間オフロード

   ▼▼▼



「警告 ジ・オーダー・オブ・ハイリー・コマンド ナンバー998-B-118より、接近中の中型機へ。

 当宙域は、ニュー・ギャラクティック・フェデレーション・スペース・コマンドによる銀定作戦領域に識別されています。ニュー・ギャラクティック・フェデレーション・スペース・コマンドによる作戦が進行しており、危険が伴います。よって、該当宙域への進入は認可できません。併せて、宙域内の惑星への降下も制限しています。

 ジ・オーダーの指示に従い、すみやかに当宙域より離脱してください。

 繰り返します。

 警告 ジ・オーダー・オブ・ハイリー・コマンド ナンバー998――」



   ▼▼▼



 冗長な『来るな』が繰り返される。


 こいつは平静をまだ保っているオフィサー級情報知性体。この星における作戦とやらに割り当てられただけの、下っ端に過ぎない。オフィサー級なんてのは旗艦を潰してしまえば、どれだけ戦力が残っていても尻尾を巻いて逃げる根性無しばかりだ。


「おい、なにぼけっとしてんだ! さっさと船奪いに行くぞ」


 銀翼からイードラを離したものの、後が着いてこない。

 ヴェローチェたちがワープアウトしたのは、救出目標である惑星の南天、高度五〇〇〇キロメートルほど。星の直径も五〇〇〇キロメートル程度で見かけ上は、手を伸ばした先に人の顔がある感覚。だがそいつは美形とは言えない。

 表面を覆う構造部は崩落していたり、数千メートルに及ぶ火炎を噴き出していたり、見るも無惨。星の輪郭はすでに赤く燃えている。新銀河連合軍の仕業だ。


「目ぇ覚ませコラ!」


 コクピット前までわざわざ出向いて窓を叩いてやる。波紋を広げるエネルギーシールドに阻まれた。

 パイロット二人……だけでなく後ろに構えるボンネビルも、揃って目をヒン剥いていやがる。きっと頭の中で大事にしていた使命感が、絶望に打ちのめされているに違いない。


「ボンネビル、このぐらいの火線は見慣れてんじゃねぇのか!」


 新銀河連合NGFとジョロウグモの両艦隊は、赤道面からやや南の軌道上で砲戦に夢中。恒星の光を鈍く反射させてうごめく様はアリ同士の戦。

 ボンネビルたちはこの遠景にすっかり目を奪われ放心状態だ。

 パクパク口を動かして、ようやく音を出す。


「だ……だけどね、これは……」


 ――宇宙戦争だよ。


 こんな頼りねぇか! へっぴり腰のお守りをするぐらいなら奪った方が早かったな!


「ああ……!」


 揃って弱々しく漏らしたのは、ひときわ目立つ薄緑のラインが戦場を切り裂いてから。

 二隻だ、あそこにいるジョロウグモの戦艦は。あれの主砲は、こんなちっぽけでシールドも貧弱な重装輸送艇ガンシップならスッと逝ける極太ビーム。

 ヴェローチェたちはそんなのが飛んでくる場所に飛び込んで、船を確保し、難民の元まで突っ切らねばならない。


「さっさと行かねぇと手を出せないぞ!」


 幸い戦場は南北に展開中。

 南半球側で張ってるジョロウグモ軍の背中を突ける形。戦場をひとっ走りした軍艦が、後方で補給と休息を設けているのが、鎧とイードラの長距離レーダーで見て取れる。

 急襲の大チャンスってワケだ。


「ま、待ってくれヴェローチェさん。これじゃ……こんなんじゃ生存者がいるかどうか」

「おいおい、三人仲良く一本の操縦桿こねくりまわしてんのかよ。ひとりぐらい状況を確認しやがれ!」

「ああ……わかった、そうだね、わか――」

「『口動かさずに』ってテンプレをオレから聞きてぇか?」


 ボンネビルがコクピットの座席を蹴り上げて、ようやくスラスターに火が点いた。

 ハァー、頼むぜ、おい。


「たすけに――……れたのか」


 ん?

 後ろからではない、雑音だらけの通信。


「つながった! 聞こえるか! あたしたちは――」


 どうやら救出相手は無事なようだ。生存者のいるポイントも共有される。


「ヴェローチェさん! ギン公が、従わないなら長距離砲撃を加えるって警告してきたよ!」

「ああ? ジョロウグモの小艦隊を二個も相手にしながらこっちを狙撃できるわけないだろうが、無視しろ! それよりももっと速度上げろって!」

「無理だよ! 長距離ワープで燃料が減っていて、減速も含めたら……」


 イードラのヴェロシティ・レンジを3まで上げたところで、重装輸送艇ガンシップとの速度が合わなくなった。秒速一・五キロから加速が鈍い。

 もっと事前に情報が揃っていたなら、燃費のいい遷光速航法でより近い場所まで行けたのだが。戦場との距離が一〇〇〇キロを下回っている以上、ここで改めて遷光速に移行しても、あっという間に通り過ぎてしまう。


 宇宙ってのは三〇万キロより、たった一〇〇〇キロの方がもんだ。


「ん」

「なんだよ」

「ん」


 しがみついていたきんきらきんが、ヴェローチェの左ももをペチペチ叩く。

 きんきらきんから強制的にあずかったハンドガンを吸着させてあった。


「わたしのつかって」

「いーや、使わない。ここまで来て、また五〇〇〇光年気楽にぶっ飛ばされちゃかなわねぇからな」

「んーん」

「もうお前のわがままは一個聞いてやってんだぜ?」

「でも、くる」

「はッ……良い目だ。わかってるなら黙ってオレに掴まっておけ。――ボンネビル! エンデューロだ……ちゃんとオレのケツにぴったり着いてこい!」

「エ、エン、なんだって?」


 爆発。

 球状に広がるブルーの衝撃波が、いくつも。


「うわぁ!」

「焦るな、こっちだこっち」


 秒速一・五キロは宇宙においてはあくびが出るほど遅いが、重装輸送艇ガンシップのティルトスラスターは急激な方向転換に何度も耐えられそうにない。

 膨れる衝撃波そのものは低速。乗り越えやすい球体を選択しつつ、滑らかなS字を書いて避けていく。


「ショックウェーブチャージ! ……ああ、当たる!」

「正解だ! ジョロウグモ艦隊がオレたちの接近に気付いて撃ち込んできやがったのさ。オレの単車は屁でも無いがよ、そっちが食らったらその薄い両翼はボッキリいっちまうな。翼の次は胴体に深々と亀裂が入って、姿勢を崩すと同時に――」

「やめてくれ! ……うわっ近い!」

「だから、オレのケツから……あー」


 そういえば後ろに人を乗せているんだった。


「金ピカのつぶらな瞳がよーく見える位置から離れるな!」


 イードラの側面を太ももで押して機体を倒しつつ、金無垢の瞳に振り向く。

 教えた通り宇宙でも変わらず、まぶたはぱちくり機敏に反復してる。


「おいきんきらきん。後ろのドンガメがちゃあんと着いてきているか、見張っていてくれよな。頼むぜ」


 伝えて、左目をぱちり。


「……ん」


 よーし。これで運転に集中できる。

 重装輸送艇ガンシップの進行方向やモーメントは鎧も把握しているから見張りなど不要で、うまくきんきらきんの意識だけを逸らせた。

 前方二隻、ジョロウグモの駆逐艦が回頭、艦首をこちらに向ける。

 戦場まで五〇〇キロを切り、艦砲射撃も加わる。

 ヴェローチェは回避と、時折シールドでビームを打ち払いながら先鋒を切った。



   ▼▼▼



 重装輸送艇ガンシップのコクピットにいる三人は艦砲射撃に慌てて舵を取る。


 金無垢のウィンクに、少しばかり魅入られていたせいで。



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