e01f.ファスター・ザン・ライト

   ▼▼▼



「悪ぃな、マスター」


 詫び金をバーテンダーに払う。

 エネルギーシールド同士の衝突による衝撃波で、酒場をあらかた破壊してしまった。レーヤは扉の向こうに吹き飛んで、分厚い複合素材の壁を何枚か貫いていなくなった。取り巻きもみんな伸びてる。


 死んじゃいない。


 あの外装が、仮にもヴェローチェの鎧を目指したというなら、こんなものでは逝かない。取り巻きも優秀なポイントディフェンスシールドを持っていた。

 ジョロウグモぐらい巨大な海賊となれば、末端でも十分な個人装備は整っているものだ。


「まぁ、ちょっとスカッとしたよ。とても大きな声じゃ言えないが」


 カウンターの裏、瓦礫の下からバーテンダーが返してくる。


「カネはありがたいんだが、ちょっと多くないかな?」

「ああ、もっとぶっ壊すからな」

「え?」


 トラムの方向は……あっちか。

 NNNNクアットロ・エヌマップと透過スキャニングを元に、乗ってきたトラムレールを見つける。で一二〇メートル。途中の隔壁は二三枚、生体反応は七五。……他人を避けて突っ込んでも六秒ってとこか。


「おい……おい」


 壁際のひっくり返った机から這い出てきたのは、片腕と片目を破壊した間抜け。


「俺の修理代を払いやがれ……」

「あん? 五〇〇〇万もらってオンナに相手してもらえたんだ、喜べよ」


 片脚に力を込める。

 一蹴りで隔壁五枚だ。


「待ちやがれ!」

「あばよ」


 解放。


 肩と頭の二点で壁を突き破る。

 ただの壁だけじゃなく、元は船殻だったであろう一メートル近い隔壁もあったが、ヴェローチェの鎧は徹甲弾のように貫通。鎧が持つシールドは元々堅固だが、激突時の抵抗に合わせ弾性に似た性質も発揮する。


 そしてそれは、鼻から首元を覆うハーフマスク展開時――すなわち戦闘状態時により効果を強める。

 宇宙戦艦の装甲だろうが、デカいコロニーの構造体だろうが、バター同然。


 悲鳴が聞こえる。人は避けてるが、破片の被害まではケアしてない。


 そんなことよりオレの単車だ。


 オキャンはどうやって見つけた?

 あの騒動の時にオレがいたのを見て、NNNN全体をスキャンして回ったのか?

 それとも、あのポンコツが本当に通報しやがったのか?

 だとしたらたちの悪い冗談だぜ。


 トラムレールに通ずる側壁をぶち抜いて、奥にトラムのライトを確認。自分の脚で蹴り進んでもいいが、トラムをハッキングして最高速で向かう方が手っ取り早い。

 時速三〇〇キロで近付くトラムの進行方向へ、ジャンプ。

 正面の窓に脚から突入。

 ビビってる乗客を差し置いて、床下に見つけたコンピューターにアクセス。停車はすべてキャンセルさせ、最高速度は……止まれる必要は無ぇ、時速六〇〇キロ以上まで加速。


 どのみち目的地は終点だ。


 最初の通過駅で乗客全員を投げ捨ててから、イードラの状態を見る。

 ひどい振動を受けているものの、位置は変わっていない。サイドグラビティアンカーで空間座標が半固定されている上に、防犯で作動するシールドを破るには対艦砲でも足らない。

 恐らくは、シールドを囲んで持ち出すための下策を図っているに違いない。


 どいつもこいつも蹴散らしてやるから、ちょっと待ってろよ……。


 終端に突っ込んでぺちゃんこのトラムから抜け出したところで、鎧のレーダーが新たな動きを察知した。


 オキャンめ! 戦艦まで動かしやがった!



   ▼▼▼



 透けた白銀の球体が、ジョロウグモ艦のトラクタービームで持ち出される。

 全高数百メートルある船体側面に描かれた、巨大な蜘蛛のマークが離れていく。


 ふざけやがって。


 睨むヴェローチェの周りには整備ドローンどもの残骸が散っていた。ランディングパッドに入った途端に、大量のドローンが襲いかかってきたのだ。ジョロウグモの出すカネに目が眩んだのだろう……足止めする対象がどんな相手かも知らされずに。

 もちろん敵ではない。ないが、羽虫を潰すのに割いたほんの数秒で、モトステラを奪わせてしまった。


 どうする?


 ヴェローチェの鎧はすこぶる優秀だが、単独かつ高速で宇宙飛行する能力は残念ながら持っていなかった。

 それでも戦艦に辿り着かねーと。


 一瞬の思索の間に、離れた位置にもドローンの残骸が、身に余るレンチを抱えて転がっているのが見えた。

 駄賃をせびった、あのポンコツ。

 さて、どんな攻防があったか知らないが、ポンコツにはプラズマ弾の痕があるように見えた。


「はッ……馬鹿野郎が」


 制御盤を見つけ出し、いくつかのレバーを下ろす。

 緊急時用の強制排出機構。

 パッド内重力がカット。残骸や貨物、固定されていないあらゆる物体が浮く。

 音と赤色灯は偏向シールドの解除警告。

 ヴェローチェは程度の良い質量の貨物に、マグネットブーツで張り付いた。


 最後の音は、風船を割ったような。

 そして宇宙に手を引かれるままに……。


 無重量の中でジョロウグモ艦を見据えた。

 もしも。貨物を蹴って飛び込むベクトルを誤れば、宇宙の藻屑となって漂い続ける。オキャンに助け出されてしまえば立つ瀬が無い。


 ――だがな。


 他人ひとの単車に無礼を働くヤツを、オレは見過ごさねぇ。


「行くぜ!」


 ……待ってろよ、オレの単車!



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