e01g.ファスター・ザン・ライト

   ▼▼▼



「まったく、隕石よりも手酷いですわね」


 戦艦のシールドと艦殻を貫いて、火花を散らせて着地を決めたヴェローチェの前に、またもやレーヤが立ち塞がる。

 完全武装の、大勢の家来を連れて。


「オキャンがずいぶん偉くなったもんだぜ」


 穴の開いた天井に72。倉庫か格納庫の番号か。穴をジェルが埋めているから、そんなに深くは食い込んでいない。

 さてと、オキャンに構ってるヒマはねぇ。オレの単車は――。


 金色が差し込んだ。


 取り巻きどもの奥から、あのが押し出された。

 目をまんまるにかっぴらいて、両手両脚どころか首にも枷を嵌められて、内向シールドの檻の中で身動きひとつ取れないよう縛られている。

 金無垢の髪と、胸に抱くハンドガンがその存在を主張していた。

 いったい何のためにこいつを?


「おわかりになりませんか、お姉さま! お姉さま、再会は運命だったのです! あなたはいま、ここで、わたくしの前に膝を折るのですわ!」


 何人か、見慣れないライフルを携えた取り巻きがいる。銀色で、やたらとゴツい収斂機関と太いバレルがあって、まるで年代物。

 なんだか知らないが、下らないことに付き合うつもりはヴェローチェには無い。

 底をぶち抜いてやる。


「撃ちなさい!」


 間に合わねぇよ。

 が、脚が動かない。

 おいこいつぁなんだ!


 ヴェローチェの鎧に纏わり付いていたのは、金色の電撃。


「やりましたわ!」


 電撃音に混じってレーヤの歓喜が響いた。


「セリエオロ実効兵器第九号ネグローニ・ブリランテ、大成功ですわ! ああジョロウ……わたくし、ご恩に報いますわ」


 全身が動かせない、なにかに包まれているかのように。鎧の機能は無事だが、これは、エネルギーシールドが強制的なオーバーワーク。外部から過剰なエネルギーが注がれて……電撃か!

 電撃の発生源は、あの古臭く見えたライフル。

 マガジンとして差し込まれているのは、金の糸が浮いたカプセル。


 金の糸。

 きんきらきんの髪と同じ。


 この子ども、鎧に備わるセンサーでは捉えられない、未知のエネルギーを宿している。

 そんでもってレーヤ、いやジョロウグモはそれを活かした兵器を造っている。

 いけ好かないのは、その兵器がオレの鎧に通用することだ!


「セリエオロ実効兵器群は必ずや、ジョロウグモを銀河の覇者へと導くでしょう!」


 悦にいるオキャン。


「……そしてお姉さまは、わたくしのものに」

「オレが」


 ヴェローチェは立ち上がる。


他人ひとのモノに」


 胸を張って、レーヤを睨む。


「なるわけねぇだろうが!」

「そんな! ネグローニ一基でも戦闘機を止める出力ですのよ!」


 鎧のシールドパワーを下限まで下げてはみたが、それでも重荷には変わらなかった。全身の関節が錆び付いたボルトみたいに動かない。

 なんてこたねぇ、後は根性だ。


「誰がお前に膝を折るって?」

「フ……フフフ、それでこそお姉さまですわ!」


 レーヤが、背後に置いていた板状の塊を持ち上げ、展開した。

 中折れ式の、背丈を大きく超える姿はカノン砲。


「今度はどんなオモチャだよ?」

「セリエオロ実効兵器第三号アペロール・スプリッツ。携帯式対艦砲ですわ」

「へえ。試してみろよ」


 どちらにせよ逃げられねぇ。

 それに、オレを屈服させたいなら動きを止めるだけじゃ無駄だ。

 受けて、打破してやるよ。


「グラン・ソレラ! 本当にここで使うのですか!」

「艦内設備を犠牲にしてでも、お姉さまを得られるのであれば!」


 レーヤは取り巻きの抗議には耳を貸さず、片手をきんきらきんの檻に突っ込んだ。


 ――ぶち。ぶちり。


 開いた瞳孔が揺れる。

 ヴェローチェは見逃さなかった。


「セリエオロの力が、わたくしたちを導くのですわ! 皆さん、お下がりなさい! アペロール・スプリッツ照射後、ネグローニは解放なさい!」


 レーヤはむしった金無垢の束を、カノン砲のチャンバーにぶち込む。


「抽出開始」


 金のエネルギーが巡り、機関部から光が漏れる。

 ここまできても、エネルギーの正体を感知できない。対艦砲という名目、取り巻きどもが慌てて逃げ出していることから、生半可な威力ではないのは想像できる。

 いいだろう。


「レーヤ」


 久しぶりに、本当に久しぶりに名前を呼ぶ。


「な、なんですの? わたくしに――」

「撃てよ。もう酒呑める年なんだろ」


 はっと息を吸って、唇を噛む。歓びと悔しさがはっきり見て取れるぐらいに。

 ドレスのオンナは目いっぱいに涙を浮かべて、瞳の奥に過去を宿し、抱えた砲の引き金に指を掛けた。


「わたくしはあなたと一緒にいたいだけですのよ!」


 はッ……知らねぇよ。


 黄金の粒子が押し寄せる。

 鎧の胸を打ち、尚も進もうとする大波。


 ふと思い出す。

 初めてエネルギープロジェクターの艦砲ビームを受けた時を。

 並みの装甲服じゃあコンマ一秒と保たず消し炭。だから、やわなオンナを守る必要があった。天の川銀河で最も優れた鎧が艦砲射撃から守れるのは、オンナひとりが限界。

 恐ろしいのは破壊力だけじゃない。超高温のプラズマ故に、微細な粒子の振動が鎧の機能に作用して、一時的なダウンにまで追い込まれる。そうなれば、生き延びたとしても相手の思うがまま。

 こいつがオレの前に立って敵と向かい合い、オンナの強さを見せたのはあの時が最初で。

 いまとなっちゃ、手の付けられないおてんば娘だがな。

 カノン砲に真っ向から打ち克って叩き割ってやりたかったが、対艦砲を名乗るだけあって威力が凄まじい。このまま耐えていても周りが先に崩壊する。


 そうしている間に、オキャンは再び檻へ手を伸ばしていた。

 もし連射ができるとしたら。

 だったら――。


「ちょっと失礼するぜ」

「お姉さま!?」


 内向シールドの檻を破壊するのは容易い。


「すこし付き合ってくれよな」


 ハーフマスクのヴェローチェを真っ直ぐに見つめる、小脇に抱えたきんきらきんにウィンク。

 あの消える動きをせずだらりとしていて、言葉と仕草が通じているかも怪しいが、いまは人質になってもらう。


「返しなさい!」

「聞けねぇな! オンナの髪と単車に不埒なヤツの言葉はなぁ!」


 そのまま壁にタックル。

 進撃する。

 イードラが格納された方向へ。



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