e01e.ファスター・ザン・ライト

   ▼▼▼



「ご覧くださいまし」


 レーヤはスカートを持ち上げて、ゆらす。シールドが波を描いて全身を巡る。


「いくつもの組織を壊滅に追いやったその鎧を目指して、ようやく完成したんですのよ。新素材の筋繊維で織り上げたドレス、お目にかける機会に恵まれ、幸いですわ」

「ああ? だからなんだってんだ、オキャン」

「フ……フフフ」


 イヤそうにレーヤは眉をひそめる。


「まだわたくしをそのように呼ぶのですわね、


 今度はヴェローチェに鳥肌が立った。

 あー、やだやだ。


「はッ……オレのケツを追ってきた蓮っ葉が、今度はジョロウにケツを振ってるたぁな」

「わたくし、感謝しているんですのよ。あなたのそばにいられた一年八ヶ月と十三日プラス九時間に。――ええ、そうですわ!」


 ひとりでテンション上げるレーヤ。

 ドレスに埋まるジュエリーのひとつが輝いて、酒場いっぱいに立体映像が展開。

 うーわ。

 そこには昔のふたりが――アニメ調の粉飾まみれで。


銀河中心核外ギャラクティック・ステイメンの豪商の元に産まれ、幼気いたいけで無知な学生であったわたくしは、あの日! お姉さまとドラマティックな出逢いを果たしたのですわ! 学生旅行の最中、野蛮極まりない宇宙海賊に襲われた船内、懸命に生き延びようと短剣を握るわたくし……! 少女をいたぶろうと企む下品な男に風穴を開けたのは……そう! 凜々しきお姉さま!」


 だれだこいつ。

 ビュン、と謎の効果音と十文字の光とともに現れた黒い姿の……色男? オレなのか?

 そもそもお前は泣きべそかいてぶっ倒れてたろうが。


「苦境においても気高さを忘れないわたくしとお姉さまは、すぐに通じ合いましたわ! その決断は、たしかに衝動的なものでしたが、後悔の無い選択でしたの。わたくしは親も、友も、約束された未来も投げ打って、お姉さまに付き従うと決意したのです!」


 体が回復してからオレを探し出してきたんだろうが、家の経済力使ってよ。


「そして! 悪しき海賊を追って銀河外縁アウターテパルへの旅が始まったのですわ! 極小戦闘機マイクロファイターを操る不敵なお姉さまと、その背にしなだれるわたくし! 飛び込んだワープは数知れず! 海賊船を見つけては鮮やかに殴り込み! 迫り来る男どもをばったばったと薙ぎ倒すお姉さまと、ライフルで巧みに援護するわたくしの姿には、だれもが羨みましたわ!」


 お前はイードラを盾にしてむちゃくちゃに撃っていただけだろうがよ。


「銀河広しといえども、ふたりに傷を刻める者はいなかったでしょう! 異体同心を体現する絆は、嗚呼、二輪薔薇!」


 ただし、映像の中のイードラは、まるでカプセルみたいな宇宙船で。

 こいつは結局、モトステラに乗る理由を、理解しないままか。


「お姉さま」


 赤い花びらが舞って、映像が途絶える。その向こうでレーヤが手を差し伸べていた。


「ようやくお迎えできますわ、あなたを」

「は?」

「今度はわたくしがあなたを救うのです。ともに新たな人生を歩みましょう!」


 なにを言い出すかと思えば、ずいぶん素っ頓狂な勧誘。


「本気で言ってんのか」

「ジョロウグモとともにあれば、男におもねって生きることから永遠に解き放たれるのです。男がまとめる暴虐極まりない宇宙海賊、旧時代的な新銀河連合と戦って、銀河に新たな秩序を創りましょう! あなたとわたくしの力が合わさるとどうなるか……知らしめてやるのですわ!」

「あのなぁ」


 隣で呆気にとられている間抜けを指差す。


「こんなのにビビって寄り合ってるお前らの方が、よっぽどキュウジダイテキ意識持ってると思うがよ。くだらねぇ活動にオレを巻き込むじゃねぇ」

「か、活動ですって?」

「もっともオレが知るジョロウは、その程度の感性で海賊やってるようには見えなかったがな。落ちぶれたもんだぜ、あいつも。お前みたいなオキャンを登用するなんてよ」

「ジョロウを馬鹿にしないでくださいまし!」


 オンナどもの銃口が一斉に向く。


「あの方は、あなたに置き去りにされたわたくしを拾って、ここまで育ててくださったのですわ!」


 人聞きが悪ぃ。勝手にお前が着いてきて、勝手にどっか行っただけだろうが。


「いまや、巡洋艦十二隻と駆逐艦三〇隻を束ねる小艦隊の旗艦を任される身。ジョロウグモの未来を左右する重要な任務さえ、与えていただける位にまで昇り詰めたのですわ!」


 重要な任務ねぇ。


「すべて、ジョロウの支えあってこそ! 風来坊のあなたにはできないことですわ!」

「はッ……それが本音か?」

「わたくしは、あなたが好きですわ……いいえ、愛していると言ってもよいでしょう」


 とりまきが吐息を漏らす。なんなんだこいつら。


「その気概に心奪われたのです! ジョロウグモの一員としてともに歩んでいただけるのであれば、わたくしは――」


 これっぽっちもそそられない。

 カウンターに残していた酒をあおって、怯えるバーテンダーに支払いを済ませる。


 ヴェローチェのその様子に、レーヤは閉口していた。


「与太話は終わりだな。じゃ、オレは行くぜ」

「フ……フフフ、わかっていましたわ」


 絞り出すような声。


「わたくしの想いだけでは、あなたを誘い込むなんてできないことは。だからこそ……」


 盗難通知!

 鎧が知らせた通知は、無人のモトステラに手を出したバカがいるって意味だ!

 なにもせず去るつもりだったんだが、ふざけた真似しやがって!


「お前、オレの単車に手ぇ出したらどうなるか、よーく知ってんだろうが」


 周りのオンナよりも頭ひとつ分抜きん出たヴェローチェの凄みに、レーヤは涙目になりながらも真っ向から立ち塞がった。

 褒められた度胸じゃねぇ。


「だからこそ、ですわ。わたくしはあなたと――」

「見下げ果てたオンナだな」


 ハーフマスク展開。

 戦車砲のようなショルダータックルをカマした。



   ▼▼▼

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る