e01b.ファスター・ザン・ライト

   ▼▼▼



 つけてきてやがるな。


 ヴェローチェの鎧に備わるモーショントラッカーが、明らかに尾行している光点を明滅させていた。


 人数はふたり……酒場にいたやつか。


 なんかヘンなこと言ったっけか……と酒場での記憶を呼び起こすが、たった十分前までいた場所のはずなのにこれっぽっちもよみがえってこない。

 グラス満杯のグラッパを二杯もあおれば、いくら呑み慣れているといえど泥酔は避けられない。そこらの飲兵衛なら酒場でくだを巻いて、機械音鳴り響く柱状工場都市に放り出されるのがオチ。


 そこは鎧がなんとかしてくれていた。

 マイクロ秒以下で常に視界が補正されるのも、駆動制御による力強い歩みも、意識がもうろうとせずに済んでいるのも、ぜーんぶ鎧の能力任せだった。


 だから、オンナを追跡するなんて蛮行に及ぶ輩も、鎧のパワーで打ちのめしてやる。


 ヴェローチェはしたたかに酔っていた。


「おい、こっちだろ」

「こんな通路に入っていくなんて……気付かれたんじゃ」


 間抜けオトコがふたり、ヴェローチェの眼前を過ぎる。

 身なりは技術都市らしい質実なつなぎ服だが、その顔つきはそこらの腰抜けとは違う。頬の熱傷は工業用プラズマカッターではなく、プラズマライフルによるもの。先導する方は両腕が機械化されている。これも業務用ではなく、エネルギー兵器や対人ナイフが仕込まれている、戦闘用。


 はッ……どこにでもごろつきは忍び込むもんだ。


 ヴェローチェの背を探す二人組の、真後ろに。


「やっぱりいない。どうするよ。マズい相手なんじゃ」

「あのオンナが本当に超小型FTLを持ってるなら、そいつで借金を返せるんだ。儲けも出りゃ最高だろ。探すぞ」

「へえ、オレの単車に用があるってか」


 光音迷彩クロークモード解除。

 と同時に、へっぴり腰の方をぶん殴った。きれいに水平に吹っ飛んで、壁にべちんと激突してからべちゃりと落ちた。


「は? え、あ?」


 動かなくなった相棒を見て、無様にへたり込むもうひとりのオトコ。


「あー……死んじゃいねぇだろ。イったとしても首の骨ぐらいだぜ」


 酔っ払ってるとはいえ、対人用に力はセーブされている……はず。


「ほら言えよ。FTLがどーのこーのってよ」

「あんた一体何者なんだ」

「んなのがなにに関係あんだよ」

「ひぃ」


 腑抜けが反撃してきた。

 両腕前腕部が割れ、プラズマガンが露出。一撃で人の肉を焼くプラズマ弾は、鎧のエネルギーシールドをそっと撫でて霧散。


「く、くそっ」


 後ずさりながら一秒後、フルチャージのプラズマガンが発射。携行シールド程度ならパワーダウンさせられる威力だが、もちろん、効かない。


「そんな」

「うるせぇ。FTLをどうするつもりか言えっての」

「ま、待ってくれ! うぐっ」


 胸を踏みにじり、睨めつける。

 カッターモードにしたプラズマガンで足掻いてきやがった。


「言い逃れもできねぇか、腑抜けが」

「ぅがぁ! お、おれの腕が! ァ、あぁ……」


 いい加減うざったいので、銃口に手を被せてそのまま握り潰す。放電が体を貫いたようで、大人しくなってくれた。

 なってくれたはいいが、気絶してしまってはどうしようもない。


 超小型FTLで儲けがなんちゃら、って言ってたっけか?

 儲けということは売るって意味だ。

 売れるってことはどこかに流通するって意味だ。


 つーことは、だ。


 壊れたFTL機関の代わりが見つかるんじゃねーのか?


 ヴェローチェは気を失った腑抜けのこめかみに触れ、ウキウキでチップをハッキングした。



   ▼▼▼



 NNNNクアットロ・エヌ


 FTL機関を違法にやり取りするアウトポストのひとつ、らしい。


 本来の名前は、ノーネームナンバーN4993TT6――と更に識別番号が三十字並ぶ。長ったらしいので略称NNNN。公的な開発の手が入らない放棄された宙域にある。

 そんな放棄宙域は銀河外縁に多いが、中でも星系名すら与えられないものがノーネームナンバー。そして、こういった宙域が宇宙海賊やらバウンティハンターやら、裏社会に生きる奴らの居場所と化す。


 FTL機関が取引される理由はひとつ。

 高性能な機関がもう生産されていないからだ。


 銀河中に人類があふれて、スペースハイウェイなんかの交通ネットワークが整備されると、宇宙大航海時代は終焉を迎えた。一度のワープ距離が一〇〇〇光年を超えるような大出力機関は無用になったのだ。

 だがお尋ね者の船舶はそうも言ってられない。


「なんだこりゃ。ずいぶんでけぇな」


 アウトポスト、というにはかなり大規模の宇宙基地に辿り着いた。

 主星から一八億キロ離れたガス惑星、そのリングの中にある。元は軍から隠れるためのアステロイド基地だったのが、見つからないからと調子に乗って増築に増築を重ねた違法建築基地の様相。いまもそこかしこで工事の光がチラついている。


 大型宇宙戦闘艦キャピタルシップクラスの大型艦が接舷できるスターポートまでも整備されているらしく、実際、一隻の戦艦がいた。

 角錐の船体に描かれるマークは、蜘蛛の脚に抱かれた頭蓋骨――。


 宇宙海賊ジョロウグモ。


「はッ、アクたれオンナどもの縄張りか」


 ジョロウグモがFTL機関の取引、もっと言うと超小型FTL機関の売買に手を出しているかどうかはわからない。既に多数の戦闘艦を持っていて、さらに機関が必要だとは考えられなかった。

 だからといって奴らの縄張りで、バレずに取引をやりたがるアホもいないだろう。


 クモの巣から一発ちょろまかしてやるぜ。


 ヴェローチェはごろつきから拝借した中型宇宙戦闘機ミドルファイターを、できるだけ端のランディングパッドへ向けた。



   ▼▼▼

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る