Episode 4. 探偵は問う
2月3日(土)。
順調に準備が進み、僕たちは節分事変当日を迎えた。
僕は赤鬼役をやるために真っ赤の全身タイツに虎柄パンツを履きお面をつけていた。
隣では青鬼役として生徒会から来た同じ1年生の和田くんが「何でこんなことを」を文句を垂れながらも青い全身タイツに着替えている。
もちろん、小中合わせ9年間ぼっちをやってきた僕に気の利いた会話ができるわけもなく、僕たち2人の間に会話がない。
着替え終えた僕たちは更衣室代わりに使っていた空き教室を出ると星に会う。
「へー、似合ってんじゃん」
「あんまり嬉しくねーな」
「どうも」
2人してドライな反応をする。
「まあまあお二人さん。今日は1日頑張りましょう」
星はそう言いながら、ジュースを僕たちに手渡してくる。
「もしかして、星の奢りか⁉︎」
「まさか。第二小の先生からの差し入れ」
「ありがとう」
「あ、ありがとうございます」
星からジュースを受け取って、妙に照れている和田くん。
「和田くん。他の生徒会の人にもこれ渡しておきたいんだけど、生徒会の人ってどこにいるかな」
「はい。確か受付ですので、校門の前だと思います」
「おっけー」
そう言って、星は来た方向へと戻っていく。
「では、体育館に向かいましょうか」
星の姿が見えなくなると、ちょっと頬を赤らめた和田くんが明るい声でそう言った。
あいつ、すごい天然たらしだな。
節分事変の参加者は一度体育館で謎解きのルール説明を受けて、校舎内に探索に行ってもらう。最後に体育館でグレイの解説とうんちくを聞いて、豆撒きだ。
体育館に着き、保護者用のパイプ椅子を準備していると西園寺が姿を表す。
「あれ、グレイは?」
「受付にいる生徒会の方にドリンクを届けに行きましたよ」
「ん? それは星が行ったはずだけど。ダブったな」
「いいえ。星さんは教室に問題を貼り忘れたとかでそちらに行かれてます。それで代わりにアリーが受付に」
なるほど。
そして程なくしてグレイもやってきた。
「もうすぐじゃな」
現在時刻は9時半ごろである。スタートは10時からだ。
「グレイ、峰!」
そんな時、名取が青ざめた表情でやってきて僕らの名前を呼んだ。
「ちょっと来い」
僕らは言われるがままに体育館を出る。
「豆撒き用の大豆が明日届くことになってる」
「何⁉︎」
本来なら前日に準備を済ませておくのが理想だったのだが、時間の関係で大豆の到着は最短で今日の午前だった。そして今頃10キロほどの大豆が届いているはずなのだが––––。
「何でそうなっておる⁉︎」
「オレが知るか。発注したのはお前らだ。何でも途中変更の電話があったって先方は言っている」
「誰がわざわざ明日に変更するんだよ」
「そんなことは今はどうでもいい。もうすぐ参加者が来るぞ」
「明日に延期はできないのか?」
「そんなの無理に決まってんだろ!」
「今からスーパーマーケットに豆を買いに行くとかはどうじゃ?」
「不可能じゃないが、この節分シーズンだ。豆を大量に買ってったら近隣住民にはいい迷惑だ。それに予算がない。向こうはキャンセル料を取るとまで言ってるんだ」
完全に詰んでいる。
「なら、ここはオサムの言う通り否が応でも、延期にするしかないじゃろ」
名取が項垂れる。
「……だな。お前も相当怒られるぞ」
「悪いのう。道連れにして」
「これも教師の役目だな」
名取は諦めたように呟いた。
「峰。お前は手伝ってくれたやつに明日に延期になったことを伝えて、校門の前に貼り紙でも書いておけ。オレとグレイは校長と第二小の先生方に謝罪しに行く」
「了解です」
名取とグレイは去って行き、僕だけが残った。
節分事変は翌日に延期となった。
* * *
2月4日(日)。
節分事変は無事終了した。
昨日、助っ人に来てくれた生徒会の人たちは、今日は予定があるということで来れないとのこと。それでも和田くんは来てくれた。
星と和田くんが受付係を務め、グレイは解説、僕は1人で鬼役をやった。
急な日程変更ということで、お客さんは想定の半分以下となったがそれでもよくやった方だと思う。
昨日はその後、『トラブル発生のため明日へ延期』といった貼り紙をし、直接足を運んでくださった方には精神誠意頭を下げた。流石に善意で手伝いに来てくれた生徒会の方たちに謝罪させることはできず帰ってもらい、対応は僕と西園寺だけでやった。
星はというとお腹が痛くてお花を摘みに行っていたそうだ。そこはデリケートな所なので特に言及はしていない。
そして今、僕たちは片付けを終えてひと段落と、部室で休憩をしていた。
「あー。疲れたー」
昨日のトラブルと今日の作業で肩肘張っていたためか、本音がつい口から溢れた。
「お疲れ」
グレイが正面から頬に冷たいコーラを当ててきた。
「そういうのは背後からやるもんじゃねーの?」
「せっかく儂が、吾が一生されないであろうラブコメシチュエーションをしてやったのに文句を言うでない」
「そうだよー。アリーちゃんにそれをやってもらえるなんて贅沢者だよ、峰くんは」
グレイがいきなり立ち上がった。
「佳代、薫子。今日は我々のために手伝ってくれて有難う」
グレイが2人に向かって頭を下げる、
「いいんですよ、そのくらい」
「そもそもあたしが頼んで始めたことだし、感謝する必要なんてないよ。こちらこそ、ありがとう」
「薫子、すまんかった。吾の夢を叶えてやれなくて」
「……謝らないでよ」
星は下を向いてボソッと呟いた。
「あっ。あたし、教室に忘れ物しちゃった。取ってくるね」
星は下を向いたまま教室を出る。その時の彼女の様子はまるで泣いているようにしか見えなかった。
「では、先に帰る支度でもしましょうか」
西園寺がそう言って、僕たちは帰り支度を始める。
僕の視界にグレイの横顔がチラッと入る。彼女の疲れ切った表情を見て僕は思った。
本当にこれで良かったのか?
グレイは本気で日本文化を探究・普及したくてこの部活に入ったのだ。そして、これが彼女にとって初めての真剣な部活動だった。しかし結局のところ、節分事変は失敗した。
そんな彼女の気持ちを踏み躙ったあいつを僕は許せるのか。
いや。許していいわけがない。
僕はさりげなく1人になれるように言葉を紡ぎだす。
「あー、悪い。ちょっとトイレに行ってくるよ」
西園寺が了承する言葉を聞いて僕は部室を後にする。
さてと––––。
そんな時、後ろから声がした。
「待て」
僕は振り返る。声の主はグレイだ。
「……怒っておるのか?」
「……そんなには怒ってないかな?」
「その……、あまり責めないでやってくれぬか? あやつも悪気があったわけじゃなかろう」
「……どうだろう」
「うむ。まあ、何故そのようなことをしたかはさっぱりじゃが」
「まあ、さすがに暴力はしないよ」
そう言って僕は目的地へと向かった。
* * *
何が「責めないで」だ。君は優しすぎるよ。
でも、ごめん。僕はそんなに優しくないんだ。
君が頑張ってしてきたことなのに、君に頭を下げさせたあいつに僕は腹が立っている。
ふらりふらりと探し回って僕はようやく目的地に辿り着いたようだった。
僕のクラスの隣のクラス、1年5組の教室だ。ここは今日、節分事変の謎解き問題の設置場所でもある。
「忘れ物は見つかったか?」
僕がそう言うと、同じ教室にいた彼女は振り返った。
「あはは。スカートのポケットに入ってたよ」
夕暮れの教室で2人きり。このシチュエーションにはデジャブを感じる。
「峰くんはどうしたの?」
そして、星薫子は問いかける。
「僕も忘れ物だよ」
「……ふーん、探すの手伝うよ。峰くんは一体、何を忘れたんだい?」
「君に––––、星に言い忘れたことがある」
腹が立っているからといって、何も言葉責めにしたいわけじゃない。白黒ははっきりしとくべきなんだ。僕らには誰がやったか知っておく義務がある。
だから、僕は問う。
「星がやったんだろ? 節分用の豆を今日に発注させたのは」
星の表情が自然と笑顔になる。
「なんだ。告白されるのかと思った」
「何でどいつも僕が告白好きみたいに言うんだ。いや、今言いたいのはそんな話じゃなく––––」
「あたしがやったよ」
星から一気に笑顔が消えた。
「ごめん。峰くんとアリーちゃん、佳代ちゃんには悪いことをしたと思ってるよ」
星の言葉を聞いて、どこか安心している自分がいた。
まあ、星のことは嫌いじゃなかったからな。これで悪気があったとか言い出そうものなら、怒り狂うところだ。
「よく分かったね。どうして分かったか教えてよ、名探偵くん」
彼女の煽りに少々イラッとはしているもののここは堪えることにする。そして、ついでに彼女の要求にも答えてあげよう。
「いいよ」
僕がこれから披露するものは推理なんて格好の良いものじゃない。他のパターンを考えようとせず、こうであれば説明がつくという願望だけを詰め込んだ気持ちの悪い妄想だ。
「まず、最初に星が僕ら『わぶ研』に節分事変をやって欲しいという依頼をしたことがおかしいと思った」
「それは、わぶ研が適任ってことで納得したじゃん」
「ああ。だけど結局、今日だって生徒会の連中が駆り出されている。こういう行事には生徒会が必要なんだろう?」
これは名取も言っていた事だ。
星は特に反論してこない。
「だから、星は生徒会の連中と顔を合わせたくないのだと思った。昨日、受付にジュースを渡すと言ったのにグレイに任せてたしな」
その受付にいた人物を避けていたかったんだろう。
「そして、星は僕と同じで節分が2月3日だと思い込んでいた」
「……それが?」
「君は節分事変を節分当日に行いたかった。理由は節分当日だと生徒会の『特定の誰か』が来ないから。節分当日に予定のあるやつなんて滅多にいない。それこそ、節分文化を大事にしているやつか節分で商売をしているやつの2択だ。しかし、僕たちは今どきの高校生だ。節分文化に興味はないし商売もしないのが一般的。けど、アルバイトはできる。そして僕が知る限り、羽沢高校の生徒が最もいるバイト先が羽沢駅前のコンビニだ。そこではクリスマスにも駅の改札前でクリスマスケーキを売っていた。きっと、今回もやってるんだろう。星が会いたくない『特定の誰か』とやらは節分当日、駅前で恵方巻でも売る予定があることを君は事前に知っていたんだ。星が避けている人物に関しては名取がヒントをくれたよ。どうやら名取の友人であるナベちゃんとやらは豆まきをしたことがないらしい。調べてみると、『ワタナベ』という苗字の人は豆撒きをしなくても良いそうなんだ。何でも渡辺綱たる武士が鬼を退治したという伝説があって、鬼がワタナベという苗字を嫌っているらしい」
あの後、家に帰ってスマホで調べたことだが、渡辺綱は平安時代の武将である。源頼光の家臣・頼光四天王の1人で、鬼退治の伝説は平家物語に記されている。
「僕は偶然、コンビニで働いている渡邉さんに会ったことがある。そして学校のホームページを見た際に生徒会副会長として書かれていた名前も渡邉だった。この渡邉の漢字はありふれた図形の『辺』の『渡辺』とは違う字だ。生徒数が少ないこの学校なら一人いるかいないかというくらいだと思う。ならどうして、星は渡邉さんを避けているのか。それは彼が星の彼氏であるからだと推測するのは難しくはなかった。彼氏だと避ければ向こうに不信感を持たれるから」
初めての節分は彼女と高校のイベント、と星が提案した『祭り』なら思い出にすることができ、節分事変を持ちかける動機には十分だろう。
「生徒会である彼氏に後ろめたいことをしたかった。星はフェンシング部に所属している。フェンシングは金のかかるスポーツで、どちらかといえばマイナースポーツ。ホームページでは部員数も載っていたよ。フェンシング部の部員は2名だった」
あの時、星が『一緒だね』と言ったのは華道部とわぶ研のことじゃない。華道部とフェンシング部のことだったんだ。
「部員が少ないと、来年度からは同好会に降格する。そうなれば部費はもらえない。金がかかるフェンシングでそれは困る。つまり、星はフェンシング部を存続させるために生徒会が召集されて彼氏が来ないイベントを開くことで生徒会室に侵入しやすくし、生徒会の印鑑のようなものを用いて同好会への降格を防ぎたかった。いや、今日、防いだんだろう?」
平日では生徒会の活動がある。しかし、休日にイベントを起こすとなると、「忙しい生徒会役員に頼まれて」と職員室で生徒会室の鍵を受け取る大義名分ができる。
僕が一通り話し終えると、星の作り笑いをした。
「すごいね。正直、峰くんのこと見縊ってたよ」
「合っていたのか?」
「ううん。半分正解で半分不正解ってとこかな」
これは最初に述べた通り、僕は探偵じゃないのだ。合っていなくとも悔しいなんて感情はない。
「……浮気してた」
星のボソリと呟いた言葉を僕は聞き返す。
「あいつ、浮気してた。生徒会の2年生と。……だから、あいつらを苦しめてやりたかった」
星はボロボロと涙をこぼしていた。その姿はまるで、アスファルトで転んだ赤ん坊のように。
それから僕は星の話をゆっくりと聞いた。
実際、渡邉さんが彼氏というところまで合っていたそうだ。間違っていたのは動機で、浮気の証拠写真を生徒会室に貼り付けたかったらしい。
面と向かって話すのは怖かったんだと星は言った。
「あたし、バカだよね。こんなことで多くの人を巻き込んじゃった」
「……実は僕は交際経験がないんだ。だから、恋人に裏切られた時の憎い気持ちなんてのは到底分からないけど、他人に裏切られるよりも絶対に憎たらしいのは確かだと思う。だからって、星の行動を肯定するつもりもないよ」
僕はこのどんよりと息が詰まるような空気をどうにかしたくて窓を開ける。
「節分っていうのは、厄を払う行事らしい。今年1年穏やかに過ごせるようにと。だから、これからみんなで豆でも撒かないか?」
「あたしに怒ってないの?」
「少しだけな。でも、せっかく仲良くなったんだ。ここで関係が終わるのは少し惜しい」
そう言うと、星は「プッ」と噴き出した。
「峰くん。今超格好良いよ」
「……うるせえ」
こうして僕と星は部室へと戻った。
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