Episode 3. 角の生えた黄色いブルドッグ

 1月29日(月)。

 結局、鰯祭りが却下されたため節分事変では『謎解き鬼退治』というものをすることがLINEで決定した。

 謎解き鬼退治とは、その名の通り昨今の謎解きブームに乗っ取り、学校中に散りばめられた謎を解きながら鬼の恐ろしいさを知ってもらい、最後に豆撒きをして締めるものとなる。難易度は小学生から大人まで楽しめるよう、3通りの問題を作ることになった。初級はグレイと星、中級は僕と西園寺、上級はグレイが担当する。

 そこで、僕たちはいつものようにわぶ研の部室に集まっていた。

 画用紙に各々が土日2日かけて考えた問題を書いていく。

「佳代よ。今日は華道部の日じゃなかったか?」

 グレイがハッと思い出したかのように問いた。

「ええ。そうですが、参加は毎回任意ですので大丈夫ですよ。それに最近は誰も来ないですから」

「元々、部員は何人だったんだ?」

 僕が興味本位で問いてみると、

「2人です」

 予想以上の少なさに僕は愕然とする。

「誰も来ないとか言うからもっといるのかと思ったよ」

「あらあら。それはすみませんでした」

「へー、じゃあ一緒じゃん」

 星が画用紙に絵を描きながらそう言う。同じとは人数のことだろう。

 確かにわぶ研は僕とグレイ以外に誰もいない。

「そうですね。ですから、華道部も来年度から同好会になるそうですよ」

 他人事にそんなことを言う西園寺。

「部と同好会の違いは何じゃ?」

「学校から部費が支給されるか、されないか。ですね」

「ちなみにいくらくらい出るんじゃ」

「去年は5万円でした」

「「5万⁉︎」」

 僕とグレイの声がハモった。

「もしわぶ研が部に昇格して5万円貰ったらどうするの?」

 星はそんな夢物語を僕たちに問う。

 この部室を見渡す限り、設備は充実してるし特に買いたいものはないが、

「遠征費じゃな」

 はたまた考えもしなかった答えがグレイの口から出た。

「……どこに?」

「それはもちろん京都じゃ。あれほど綺麗な街は他にないからのう」

 グレイが京都を想像して幸せそうな表情を浮かべている。

 そんなに?

「でも修学旅行で行くじゃん」

「ふっ。たった3泊じゃ物足りぬ」

 あー。確か去年の2年生は京都3泊4日だったけか。よく覚えてるな、こいつら。

「えー。あたしなら北海道か沖縄かな」

「何じゃ。吾、わぶ研に入る気でおるのか?」

 冗談めかしくグレイは問う。

「まさか。あたしはフェンシング一筋」

 自信満々に言った後、どこか薄暗い表情を浮かべる星。

「ところで薫子。それは何を描いておる?」

「うーん? 分かんない? 黄鬼だよ」

「わからぬ」

 会話を聞いて、僕も星の絵を見ようと歩み寄る。

 すると、そこにはユニコーンのようにツノが生えたブルドッグがいた。


* * *


「早急にやらなきゃいけないことがあったな」

 そう発言したのは僕だ。

 しかし、僕の言葉に対しグレイと星は首を傾げる。

「宣伝用ポスターですね」

 西園寺が僕の代わりに言ってくれた。

「忘れておった。小学校にも宣伝してもらうんじゃ。急がねばならぬ」

「しかし、誰が絵を描く? 星だけは絶対にないが」

「ちょっと⁉︎  あたし別に下手じゃないから⁉︎  普通だから!」

「そんなことより小学校への連絡が先じゃ。向こう先生方に宣伝の許可を貰う必要がある」

「それは名取がやってくれてるんじゃないのか?」

「あの名取じゃぞ?」

「やってないな」

 そんな時、部室のドアが開く。

「おーい。第二小の先生方が広告はあるかって連絡が来たぞ」

 タイミング良く来てタイミングの良いことを言ったのは名取だった。

「有難う、名取。そしてすまね」

「ありがとう、名取。そして、ごめん」

 僕とグレイは名取に向けてお礼と謝罪を告げる。正直、こんなにも名取に心の底から感謝をしたのは初めてだった。

「な、なんだ、お前ら? あと、先生をつけろ」

「うむ」

「ったく。それで、広告はあるのか? ないなら早急に作れ」

「ないよ。しかし、早急っていっても絵を描くのだって時間がかかるだろう?」

「ん? 何で絵を描くんだ?」

「だって、ポスターだろ?」

「そうだ。まさかこのI T時代に手描きのポスターとか言い出すんじゃないだろうな?」

 あ。冷静に考えればそうだよな。別に絵がなくても文字だけでポスターなんてできるし。

「じゃあ、なる早で持ってこいよ」

 そう言って、名取は去っていった。

 あいつが「なる早」とか言うのすごく違和感があるな。

「オサムよ。頼めるか」

「僕はアナログ人間だからパソコンは使えないよ」

「何じゃ。オタクはみんなパソコンが使えると聞いたのじゃが」

 僕は隠れオタなんだからここでそういうこと言わないでよっ。

「へー。峰くんオタクなんだ〜」

 ニヤニヤとする星。

 漫画やアニメといったサブカルチャーを嗜む人口が多くいる現在においても、自身がオタクということを隠している者たちがいる。僕もそのうちの1人だ。

 これが恥ずべきことじゃないのは分かっている。というか自分の好きなことを恥じるとか、制作関係者に対して不誠実だ。

 しかし、それでも僕がオタクであることを隠すのは、やはりまだ少なからず偏見の眼差しでオタクを見る人がいるからだろう。だが、そんなのは自分の弱さを正当化するだけの言い訳に過ぎない。

「だったら、何だよ」

「別に。あ、あたしも漫画とか、たまーーに読むからさっ」

 オタクであることを揶揄われるのかとばかり思っていたが、意外な返答に驚きを隠せなかった。

「ち、ちなみに好きな漫画は?」

 そう聞くと彼女の口からは、僕が最近ハマっているクセの強い有名な青年向け漫画のタイトルが出てきた。

「マジで⁉︎ 僕もそれめっちゃ好きなんだよ」

「えー、嘘っ⁉︎」

 僕たちが互いに好きな漫画の話に花を咲かしていると、隣から咳払いの音が聞こえてきた。

「仕事の話に戻るぞ。儂は多少パソコンを使えるから、儂がポスターを作る。峰は校閲係じゃ。コンピュータ室に行くぞ」

 そう言って、グレイは足速に教室を去っていく。

 何だよ、急に。いきなり態度が変えやがって。まあ、あと一週間もないのに宣伝用ポスターが完成してないとなると焦るのも当然か。

 というか、僕より君の方が日本語が上手いんだから校閲係はいらんだろ。

 色々思うところがありながらも、僕はグレイの後をついて行った。


* * *


 グレイがポスターを作り終え、僕たちはポスターのデータが入ったU S Bを持って職員室に来ていた。

「ついでに学校のホームページに掲載することもできるか?」

「元からそのつもりだったが」

「どうしたんだ? 今日のお前は。様子がおかしいぞ。どこかに頭とかぶつけたのか?」

「ぶつけてねー。というか、先生に向かってお前とか言うな」

 名取は僕に手刀を放った。痛いです。

「じゃあ、何じゃ? 節分がそんなに好きなのか?」

「別に。お前らが真面目に取り組んでるようだから協力しているだけだ。これでも一様、顧問だしな」

 確かに、今回わぶ研が自発的に何かをやるというのは初めてだ。

 いつも、溜まり場というくらいに話をしたりボードゲームをするだけだったからな。

 正直、僕は名取のことを過小評価していたのかもしれない。

「タバコ吸いてぇー。吸いに行っていい?」

「名取先生、生徒の前ですよ」

 隣に座ってる他の先生に注意される。

 ちょっと見直したと思ったらこれなので、僕たちは少し安心した。


* * *


 翌日の放課後。名取が学校のホームページで宣伝してくれたということで、僕たち4人は部室のノートパソコンにて学校のホームページを開いていた。

「「おおー」」

 『お知らせ』という欄の一番上には『節分事変開催のお知らせ』と書かれていた。

 名前、そのまま採用されたのかよ。

 最初は少しかっこいいとは思ったが、こうして全国に発信されると思うと厨二臭くて恥ずかしい。

 またそこをクリックすれば、グレイの作ったポスターがPDFとして見れた。

「いいじゃん!」

「さすがアリー」

 賞賛の声に唇を尖らせながら照れるグレイ。

 素直に喜べよ。

「『前日に知っておこう』って、当日開催じゃん?」

 そんな時、星が妙なことを言い出した。

 ポスターには、『節分前日に謎解きをし節分のことを知っておこう』と書かれている。

「当日開催じゃないぞ」

「あれ、節分事変は3日って言ってなかった?」

「ああ、3日は節分の前日じゃろ?」

「……えーっと、節分の日って3日じゃなかったっけ?」

 おっ。やっぱり知らないのは僕だけじゃなかったな。ちょっと安心する。

「オサムと同じことを言うておるぞ。節分の日は毎年変わる。もしかして、予定が入っておったか」

「……、ううん。大丈夫だよ」

「さあ。仕事に戻るぞ」

 グレイは切り替えて仕事をするように促した。

 3人が仕事に戻ろうとしていたが、僕はふと学校のホームページを見てみたくなったためマウスを動かす。こういう時でないと中々見る機会もない。

 僕は委員会、部活動のページを見る。そこには生徒会執行部メンバーの全員の名前と各委員長、部長の名前が書かれいた。

 うわー、個人情報保護の時代にこんなことやってていいのかよ。あっ、グレイの名前もある。

 和国文化研究会の文字の下には顧問である名取の名前と部長であるグレイの名前が書かれていた。ちなみにグレイの名前は英語表記である。

「オサムー。仕事せんか」

 グレイの注意を受けて、僕はノートパソコンを閉じた。


* * *


 1月30日(火)。

 僕と名取は学校のあらゆる掲示板にポスターを貼りに廊下に出ていた。

「当日は生徒会の連中も何人か協力してくれるそうだから、事前に打ち合わせとかしといてくれ」

「ありがとな。わざわざ、助っ人まで募ってもらって」

「いや、募ってねーよ。何かイベントごとをやる際に生徒会執行部のやつがいなきゃいけないのが決まりなんだ」

「……感謝して損した」

「お前はどうしてそう捻くれてんだ?」

 僕がポスターを押さえている間に名取が角に画鋲を刺していく。

「なあ、何か節分の豆知識みたいなのって持ってないか?」

「何でそんなことを聞く?」

「いつもグレイに教えてもらってばかりだからな。たまにはギャフンと言わせたい」

 節分の日が3日だと勘違いするような僕がグレイも知らない節分の豆知識を披露すれば、あいつも驚くだろう。

「けっ。いいねー、青春していて」

「ばっか。……そんなんじゃねーよ」

 どいつもこいつもすぐに恋愛に繋げるのは何でなんだ?

「1つだけある」

 名取が豆知識を教えてくれるらしい。

「どんなの?」

「オレの学生時代、友人にナベちゃんってやつがいたんだ。そいつは運動もできて頭も良かった。あと、エコ活動を熱心に取り組んでいたな。んで、そいつがある時言ってたんだ。自分は豆撒きをしたことがないんだと」

 ……。それ以上名取は何も言ってこない。

「えっと、何の話だそれ?」

「オレが出したのはヒントだけだ。若いやつの青春のスパイスになるのは御免だからな」

 だから、そんなんじゃねーって。

 結局、その日僕は名取がどんな節分の豆知識を言っていたのか分からなかった。

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