Episode 4. 責任のない妄想を

 何から説明し始めればいいか分からない時は、定義を最初に述べるべきだ。

 だから、僕はここで言う『定義』というやつを提示しておく。

「僕個人の見解として女性は同調圧力に弱い生き物だと思っている。みんなと一緒、みんながやっているから、みんなが持っているから私も、というのが小学生女子だ」

「偏見じゃな」

「僕個人の見解と前置きしただろ。……今日まず疑問に思ったことは横山蓮が所属する3組の参加率の高さだ」

 今回参加した第二小女子生徒16人のうち12人が3組の生徒である。クラスで言うならば女子生徒15人中12人となる。

「それが同調圧力ということですね」

「うん。一般的な人間は貴重な休日を潰してまで、半分お勉強的な学校の『ひな祭り』イベントに参加なんてしない。エビデンスはわぶ研だ。羽沢高校の生徒は何百人といるのに日本文化のお勉強をしたいやつはたったの2人しかいない」

「理解できぬ。何故彼女たちは興味もない雛流しに参加したんじゃ?」

「スクールカーストってあるだろ? それはこっちでも同じで1軍女子が言ったことは2軍、3軍が従わないといけないんだ」

 グレイは納得のいかない表情を浮かべながら「ふむ」と言っていた。

 正直なところ、グレイには理解なんてして欲しくない話だ。

「次に疑問に思ったことは横山蓮が僕に話しかけてきたことだ。横山蓮は友達が多いと言える人間ではないということは一眼で分かった。友達が多ければクラスメイト11人のうち誰かと一緒にいればいいからな。また、孤立している人間というのは目立つ行動を嫌う。だから、一人でいる彼女が僕に話しかけるなんていうのはおかしいと思った。だけど、その疑問は彼女自身によって払拭される。1軍女子が騒いでるのを見て横山蓮は言ったんだ––––」


『それでも私は彼女たちのことを子供だって思っちゃうんです。誰が誰を好きだとか、抜け駆けしたとか、そういうの全部どうでもいい』


「あんなに取り乱した様子を見るに盗み聞きでなく彼女自身が実際に1軍女子らと何かがあったんだと思った。だから、彼女は––––」

「ハブられたか、自ら孤立したというわけじゃな」

「違う。もしそうだとしたら1軍女子は今日来るように同調圧力はかけない。きっと自分の感情を隠してたんだよ。表面上だけ仲の良いふりをしてね」

 横山蓮は賢かった。一般的に頭の良さと世渡りの上手さは比例しないが、それでもたった少し話した仲ではあったが彼女なら上手くやれるのではないだろうか。

「折り紙を折っている間、僕たちは各々3組の生徒に話しかけられていた。僕は横山蓮を。グレイは4人。西園寺は5人。今日イベントに来た3組の生徒は12人だ。では、名簿にない横山蓮を除いた残り3人は一体どこにいったのか」

 2人の驚く声が漏れる。

「あの時、1組、2組の先生も生徒に付きっきりだった。よって、体育館全体を見ていた人物は誰一人いない。そして、トイレに行くために体育館を出入りする生徒は数人いた。つまり、生徒の入れ替わりは可能だったんだ。だから人数は一致していたのに名簿にいないはずの横山蓮はいることができた」

 グレイも西園寺も納得言ってない顔だ。それもそうだろう。このままでは何のために入れ替わったのかが分からない。

「今は卒業シーズンだ。小学校を卒業する時何をしたか覚えてるか?」

 僕は西園寺に問いかける。

「そうですね。卒業式、卒業アルバム制作、……あとは何でしょう?」

「タイムカプセルはやらなかったか?」

「やりませんでしたね」

 ……おっと、どうやらタイムカプセルっていうのは卒業の定番イベントじゃないらしい。

 ハズカシィ!

「ぼ、僕の小学校ではやってたんだ」

「で、タイムカプセルが何なんじゃ?」

 僕は咳払いをした。

「筋書きはこうだ。1軍女子たちは仲良し六人組だった。ある日、とある女子Aがとある男子に恋をしたという噂がクラスでは流れていた。1軍女子のBもまた同じ男子が好きだったのだ。Aがタイムカプセルに恋愛絡みの事柄を手紙に書いたと聞いたBは他の1軍5人と結託しタイムカプセルを掘り起こし真相を確かめることにした。しかしおそらく成人男性が掘ったであろう穴を小学生女子が掘り起こすのは一苦労だ。だから交代交代掘り起こすことにした。一斉に集まれば目立つし、平日には先生の目がある。普段の休日なら学校には入れない。だから今日決行した。一軍女子らは入れ替わるためのカモフラージュに同じクラスの生徒に協力を仰いだ。よって、残り3人の役割としては穴掘り役1名に他クラスに紛れて先生を引きつける役が2名ってとこだ。他クラスの生徒と取り組みことは禁止されていなかったからな。つまり、横山蓮が最初と最後の出席時の穴掘り役でそれ以外は人数でバレないようその時の穴掘り役の代わりだったんだ。以上が俺の妄想だ」


* * *


 語り終えて暫くの沈黙。2人共何やら考えているようだった。

「タイムカプセルはどこから出てきたんじゃ?」

 そしてグレイが沈黙を破る。

「最初、間違えて裏門に行った時、花壇の横から穴を掘った形跡があったんだよ。そういえば僕の学校でも花壇の横というかそういう目印が分かりやすい場所に埋めたなって」

「あの筋書きの話は、完全にオサムさんのオリジナルですか?」

「いや、一様さっきも話したが横山蓮が言ってたことだ。誰が誰を好きだとかどうでもいいって」

 もし彼女の言葉を全て信じるのなら、せっかくのわぶ研協力イベントに集中できなくてさぞ腹が立ってたことだろう。

「さすがオサムじゃな」

「お見事です」

「だから、今話したのはただの妄想だからな」

「分かっておる」

 僕は麦茶を啜る。少し熱かったのが今では少し温めになっていた。

「ああ、何だか和菓子を食べたら洋菓子が食べたくなってきましたね。アリー、近くのケーキ屋まで何か買ってきてくれませんか?」

 突然の展開に僕は驚いてグレイに顔を向けるとグレイもまた不思議そうに西園寺を見ている。

「別に構わんが珍しいのう……。何が良い?」

「ワタクシはモンブランで。オサムさんは?」

「じゃ、じゃあ苺ショートで」

「可愛らしいですね」

「じゃな」

「ほっとけ」

「アリーも好きなものを買ってきてください」

 そう言って、起立したグレイに西園寺は1万円札を手渡す。

「千円もあれば充分じゃが?」

「お釣りは結構ですよ」

 そう言って可愛らしい西園寺の笑顔に不気味さを憶えながらもグレイは家を出ていった。

 二人きりになり気まずい空気が流れ、僕は菱餅を食べ始める。お茶菓子というより普通に餅だ。

「ワタクシのこと性格悪いと思いましたか?」

「いや。……こんなこと言うと自意識過剰みたいだけど、元々今日僕に用があったんだろう?」

「どうしてそう思うのですか?」

「ちらし寿司の量が多めだったからかな。急に来ることになった割には用意周到すぎるし、おばちゃんも連絡なしに来たのに普通に接してきたからな」

「ちらし寿司の方は叔父がいつも唐突に来るので多めに用意しただけですし、お母さんの方はオサムさんが考え込んでる間に連絡しました。って言ったらどうしますか?」

「って言うってことは、当たりか?」

「はい。そうですね」

 そして、再び沈黙。

「いや、だから用は何なんだよ⁉︎」

「あ、はい。そうでしたね」

 西園寺はあたふたとし始める。意外に天然入ってるよな。

 そして、真剣な表情をして僕に問う。

「本題の前に1つだけよろしいでしょうか。オサムさんは横山さんが1軍女子と呼ばれる方たちにハブられてるでもなく孤立しているわけでもなく仲を取り繕っているとおっしゃいましたよね。……抵抗できず強制的にやらされていた、とういうことも有りうると思うのですが何故そこをとばしたのですか」

「……そうだな。思い付かなかったなんて言うつもりはないよ。ただ、それを言ってしまうとグレイは何が何でも解決しようと言い出すと思う。でももうすぐ彼女たちは卒業だし、中学に行って部活でも入れば新しい交友関係ができる。今、事を大きくして解決することは本人ですら望まない。でも1番の理由は横山蓮がいじめられていない確証がなかったからだ。そして全ての話は僕の妄想だ。いじめられている確証もない。ただ、僕の勘だと彼女はいじめられてないと思うよ。年上の男の僕にズバズバと言ってたから、もしいじめられてたらそう言う意思表示が出来る子だと思ってる」

「そうですね。すみません、深く考え過ぎました」

「……無責任かな?」

 以前のバレンタインデーでも思ったことがある。

 妄想によって行動し、それで誤ってしまったとき責任を取れるかと。

 僕の考え出した妄想は当たることが多いが、勿論外れることだってある。

「いえ。元々は暇つぶしに考えた妄想です。責任なんてありませんよ。第一ワタクシたちは部外者ですから」

「そう言ってくれると、気楽になれるよ」

 僕はまた麦茶を啜った。

「さて、本題ですが、オサムさんバレンタインデーにアリーからチョコレートを貰いましたか?」

「チョコ? 貰ってないけど」

「そうでしたか。……ならきっと他の誰かにあげたんですね」

「えっ⁉︎ マジ?」

「はい。作ってましたから」

 思わず深いため息が漏れた。

 ショックと同時に自分の鈍感さと無力さに怒りが湧いてくる。

「オサムさん、アリーのこと好きなんですよね?」

 図星を突かれ、心臓がドキッと鳴った。

「うん」

「いいんですか? アリーが誰かに取られても?」

「よくはないけど、僕と付き合ってもグレイには害でしかないから」

「どういう意味ですか?」

「僕は芯が強くて真っ直ぐな彼女が好きなんだ。さっきみたいに都合の悪いことを隠すような、性根の腐った僕なんかと居ても彼女に悪い影響しか与えられない。だったらずっとファン一号でいいと思った」

「要するに振られるのが怖いんですね?」

「僕の話聞いてた?」

 ふと西園寺に視線を向けると、今まで見たことのないような表情を彼女はしていた。

「だって、アリーを強いと信じているならオサムさんごときで弱くなるわけがないじゃないですか?」

「……そうだね。でも僕と彼女じゃ釣り合わないよ」

「劣等感ですか」

「違うよ。自己嫌悪かな」

 僕はアリー・グレイが好きだ。常に彼女を楽しませてあげたいし、辛い時は助けてあげたい。そして何よりずっと彼女の側にいたい。

 しかし、僕には何の能力もない。ただの陰キャぼっち。面白い話はできないし、メンタルは脆い。付き合えたとして後に僕の弱さを知り離れていくのが怖いのだ。

 そうなったら、そんな自分を心底嫌いになるだろう。

「……オサムさんは自己評価が低すぎますよ。あまり低く見ているとオサムさんの周りにいる人間が馬鹿みたいじゃないですか」

 西園寺が鬱憤を晴らすかのように言葉を吐く。

 僕はずっと友達が欲しかった。

 高校に入って『何か』を変えたくて部活に入った。でも自分を過信している陽キャ馬鹿みたいにはなりたくないと思っていたら、結局何も変わらなかった。

 謙遜することが誰も傷つけず不快にならないことだと思っていた。

 だから、自分の些細な言動が人を傷つけるなんて今まで考えもしてなかったのだ。

「ごめん」

「アリーはオサムさんを肯定しています。もちろん、ワタクシも。だから釣り合わないなんてもう言わないでください」

「うん」

 そして、西園寺が両手をパンと音を立て合わせた。

「そうと決まれば行動あるのみです」

「えー」

「ご存じないのですか? 気持ちって相手に伝えようとしないと伝わらないんですよ」

 そんな当たり前の言葉に感心しているとグレイが「ただいま」と言いながら玄関の戸を閉じる音が聞こえてきた。

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