Episode 3. 西園寺家
12:00。
教員に感謝の言葉を受けながら、僕たちは第二小学校を出た。
「よし、じゃあ気をつけて帰れよ」
名取は駅とは逆方向に歩きながら、スーツの裏ポケットから愛用のスキットルを取り出し一口呑む。
あんな大人にはなりたくない。
「そうだ。オサムさん。この後のご予定はありますか?」
「いや、特にないけど」
積読のライトノベルでも読もうかと思っていたくらいだ。
「でしたら、ワタクシの家でお昼をご一緒しませんか?」
「え」
突然の西園寺の誘いに驚きつい声が出てしまった。
僕たちはとびきりマブダチというわけではないし、マブダチ並みに親しかったとしても異性の家に上がるのはハードルが高い。
隣ではグレイが驚愕の眼差しで西園寺のことを見ている。
「実はお昼、ちらし寿司なんです。今朝少し多めにご飯を炊いてしまったので良ければと思ったのですが」
ちらし寿司か。頻度としては、年に一度食べるか食べないか程度だ。
特段嫌いなわけではないし、断る理由もない。
「じゃあ、お言葉に甘えてご馳走になるよ」
* * *
12:18。
高校最寄駅の改札を通り、20分発の電車を待つ。
ここから西園寺の家の最寄駅まではたった一駅分しかない。
何故知っているのかというと、以前玄関前までなら行ったことがあるからだ。
「結局、オサムが会ったのは本当に横山蓮という生徒だったのかのう?」
「さあ。どうなんだろうな」
僕が話した少女のネームプレートには確かに横山蓮と書かれていた。
しかし、彼女が実際に横山蓮でなくてもそのネームプレートを付けることは可能だし、出席を取った後に参加することも可能である。
しかしそうなると、事前に参加者を募集したにも関わらず何故急に参加したくなったかという疑問が出てくる。
「でしたら、暇つぶしに考えてみませんか?」
「ええのう。『妄想力』が試されるわけじゃな」
推理でなく敢えて妄想というあたり完全に促されている気がする……。
まあいいか。どうせ、暇つぶし程度だ。
「いいかもな」
僕は今日得た記憶を順に辿っていく。脳みそをフル回転させ、自然な因果関係を結びつけていく–––。
「着きましたよ」
西園寺の声で僕の意識は現実世界へと向く。
目の前には以前見た西園寺家があった。
* * *
「かなり没頭してましたね」
「儂らの声が届かないほどにのう」
やばい。何か恥ずかしくなってきた。
こういうのは推理ものの名探偵がやるから格好いいのであって、僕がやったところで妄想に没頭している気持ちの悪い青年だ。
「……悪かったな」
「何も悪いことなんてないじゃないですか。謝る必要はありませんよ。さあさあ、どうぞ上がってください」
西園寺家は完全な日本家屋だ。
玄関先から見える大きな庭には、縁側と錦鯉が泳いでる池には鹿威し、そして迫力ある松の木が一本。
立地と敷地面積、そして豪華な家と庭を見て西園寺家は間違いなくお金持ちだと確信した。
グレイが「ただいま」と言いながら家に入っていく。その様子を見て、改めてグレイがここで暮らしていることを実感して心臓の鼓動が速くなる。
「お邪魔します」
恐る恐るそう言った後、靴を脱ぎ西園寺が出してくれたスリッパに履き替えた。
先導している西園寺に続き、僕とグレイは長い廊下を渡っていく。
そして、西園寺が1つの部屋の前で止まり襖を開けスリッパを脱ぎ中に入った。
「ただいま帰りました」
僕とグレイも続いて入っていく。
中には10人ほど座れる堀座卓が設置されており、床の間には掛け軸と豪華な雛人形が2セット置いてあった。そして上座には西園寺の父親らしき人が。
口髭が立派な随分と厳格そうな人で、より一層緊張する。
「お帰り。君がオサムくんだね。娘からいつも話を聞いているよ」
「はっ、はじめまして。羽沢高校1年のみみみ峰オサムと申します。このたびはお招き頂き大変––––」
「別に招いてはいないのだがね」
全身が一瞬でフリーズした。
怖っ。え、何? もしかして、自分の娘に悪影響を与えている悪い男とか思われてるのか。いや、確かにいい影響は与えていないから否定できないけどっ。
正直、何と言っていいのか分からず沈黙が続き冷や汗が湧き出る。
すると西園寺が、
「叔父様。オサムさんで揶揄うのはやめて下さいまし」
……ん、叔父様?
「いやぁー、一度やってみたかったんだよね。娘はやらんってやつ。あー、オサムくん。ごめんよ。座って座って」
「あの人は佳代の母親の弟、佳代の叔父じゃ」
少々混乱していると隣からご丁寧にグレイが解説をしてくれた。
「騙しやがったな!」
西園寺がツボに入ったのかふふふと笑っている。
「すみません。叔父は悪戯が好きなのは知っていましたが、正直これは予想外で」
グレイも先の僕の言動を思い出したのか、西園寺に吊られてクスクスを笑い出す。
「笑うなっ。マジでこういうの男は苦手なんだよ!」
その時、後ろの襖から40代くらいの小太りの女性が大きな桶を持ちながら入ってくる。
「はい、皆さん。ちらし寿司が出来上がりましたよー。あら、もしかしてオサムくん? どうもー佳代の母ですー。いつも娘がお世話になっております」
こんなことを言ってはいけないのだろうが、西園寺母はどこにでもいるおばちゃんって感じだ。
先ほどの失敗と西園寺母の近所のおばちゃん感が僕の緊張がほぐれていく。
「はい。峰オサムです。こちらこそ、娘さんとは仲良くさせてもらってます」
「あらー、しっかりしてるじゃない。今日はたくさん食べて帰ってね」
そう言って西園寺母が桶を開けると、海老やマグロ、サーモンといった海鮮丼のようなちらし寿司が顔を出す。
美味そう。
そうして、僕、グレイ、西園寺とその母とその弟は食卓を囲った。
* * *
食事をあらかた終え、片付けを手伝おうと立ち上がると、
「ゆっくりしていってね」
と西園寺母に釘を刺される。
雰囲気で悟られたのだろうか。
僕は床の間にあった2つの五段雛人形を目にする。
「ところで、これは何で2つあるんだ?」
「吾は儂の話を聞いておらんかったのか?」
じろっとグレイに睨まれる。
話って雛流しの演説のことだよな。聞いてたよ?
「雛人形は代わりに厄を取り込んでもらうものですから1人につき1つ必要なんですよ」
「全部じゃなくて、女雛1体じゃダメなのか?」
「雛人形は皇室の婚礼の様子を表しています。結婚というのは男女が一心同体になるというもの。女雛1人では意味をなさなくなってしまうのです」
僕は男雛と女雛の下の段に目を向ける。
下から順に3人の男、2人の男と食べ物、5人の男、3人の女が置いてあった。
「こちらの方たちは?」
グレイからは「何故敬語?」というツッコミが飛んでくる。
「一段目から仕丁、随身、五人囃子、官女ですね」
ん? 分からん。そういえば、官女についてはグレイも話していたな。
「あ、雛霰食う?」
すると、食べ終わってから寝転んでスマホを見ながらポテチ感覚で雛霰を食べていた西園寺叔父が、袋ごと差し出してきた。
「結構です」
西園寺の叔父さんはまたスマホに目を向ける。
西園寺には悪いが、この人や名取を見ていると大人って歳を重ねただけじゃなれないものなのだということが分かった気がする。
こんな大人たちのようにはなりたくない。
そして、西園寺叔父は西園寺母に仕事を手伝うよう連行された。
「悪いが彼らの肩書きを現代語に訳してくれ」
「仕丁というのは単なる下僕です。随身は大臣たち、五人囃子は謡や笛、太鼓で結婚を祝ってくれる方で、官女はメイドです」
仕丁と官女の言い方⁉︎ いや、分かりやすいけどっ。
「雛祭りについては儂よりも知っていることが多かったからのう。佳代には勉強させてもらったんじゃ」
まあ、こんな家で暮らしていたら日本文化について詳しくなりそうではあるな。
突如、西園寺が何か思い出したかのようにハッとする。
「そうでした。ワタクシったら申し訳ございません。今、お茶入れてきますね」
「儂が入れてくるぞ」
「いいえ。アリーは座ってて下さい。緑茶、抹茶、ほうじ茶、麦茶、紅茶がありますが、いかがなさいますか?」
「選択肢の豊富さがすごいな」
「お茶しかありませんけどね」
「儂は緑茶で頼む」
「じゃあ、僕は麦茶で」
そうして、西園寺も立ち去り僕とグレイは二人きりになった。
部室で二人きりなんていうのはよくあることだが、学校の外となると妙に気まずいものだ。
「西園寺の叔父さんはよく来るのか?」
「んー。正月に家族連れて来て以来じゃな」
「ってことは西園寺には従兄弟がいるのか」
「オサムにはいないのか」
「悲しくも、親戚に年の近しい人は誰一人いないな」
「この家は正月に老若男女集まってすごく賑やかになるぞ」
「どうして追い討ちをかけるんだよっ⁉︎」
その後も適当に会話のキャッチボールを続けていると、西園寺がお盆に湯呑みとピンク色の何かを皿に乗せてやってきた。
頭の中で想像してた麦茶は冷たかったのだが、持って来させて文句を言うのは失礼すぎるのでそのまま頂くことにする。
「もしかして、これが菱餅ってやつか」
「おー。さては吾、儂の演説を聞いておったな」
「だから、聞いてたって」
菱餅とは上からピンク、白、緑の3つの層がある菱形のお餅だ。ピンクは厄除け、白は子孫繁栄、緑は健康を表しているそうだ。
「さて、それではお待ちかねの暇つぶしタイムといきましょうか」
「そうじゃな。では、オサムや。頼むぞ」
「ちょっと待て。こういうのっていつも僕ばかりじゃないか。たまには僕も違う人の妄想を聞きたいんだが」
そういうと黙り込む2人。
「ワ、ワタクシのはお粗末で人様に聞かせることができないというか」
「わ、儂も自分の妄想は矛盾だらけでちょっと……」
2人の様子で僕はすぐさま察した。
「さては君たち、最初から考えてなかったな」
表情が青ざめる2人。
「すみません」
「すまぬ」
「要するに僕は場を盛り上げるピエロに使われたってわけか」
僕はわざとガッカリとした雰囲気を醸し出す。
「違いますよっ。オサムさんの話が聞きたかったんです!」
「そうじゃ。オサムの妄想には毎度感心しておる。……気を悪くさせたなら悪かった」
正直そこまで根に持ってないのでこんなに必死に弁解されると、罪悪感が……。
「分かったよ。じゃあ、お披露目の時間といこうか」
そして、僕は語り始める。
暇潰し程度に考えた主観的観測、すなわち妄想を。
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