Episode 2. 口が塞がらないパックンチョ

 グレイ先生の説明が終わり、折り紙で雛人形を作る時間となった。

 換気と称し、先ほどから体育館の出入り口がそこたら中に空いているため、配布時に折り紙が風で飛ばされないかと心配したが、杞憂だったらしい。

 先生方が扉を閉め始める。それに気づき、僕も近くの扉を閉めた。

 西園寺とグレイがそれぞれの生徒に2枚ずつ配り終え、生徒たちも各々作り始めた。

 ちなみになぜ2枚かというと、流し雛は男雛と女雛で1セットなのだ。

 友達と談笑しながら折る者が大半かと思いきや、先生やグレイ、西園寺に話しかけながら作業している生徒たちがチラホラといた。最近の子は友好的なんだなと、16にして思う僕である。特にグレイなんて大人気だ。

「あの–––」

 僕が体育館の端で背にもたれながら細々と座っていると、一人の少女が声をかけてくる。少女はスキニーにグレーのパーカーを着ており、ロングヘアを下ろしている。

「お兄さんは作らないんですか?」

 ……お兄さん、だと⁉︎

 こんなに小さい女の子に『お兄さん』呼ばわりされたことは初めてなことで、嬉しい反面何だかいけないことをしているような何ともむず痒い気持ちになった。

 そしてこれだけは断言しておくが、僕は決してロリコンじゃない。ただ、妹がいたらこんな感じなのかと想像してしまっただけだ。

 それに、彼女は後1ヶ月もすれば立派な中学生である。

「うん。僕はね、手伝いに来てるだけだから」

 正直、自分が小学生だったとき以来小学生相手に話したことがないので、どう話していいかが分からない。

「でも、暇なんですよね?」

 少女は淡々と興味なさげに問いかける。

「まあ、暇だけど」

「なら、1枚手伝ってください」

「いや、駄目だよ」

 せっかくの子供の学びの機会を僕が奪うわけにはいかない。

 僕が断ると、少女は西園寺の下へ行って戻ってくる。

「なら、一緒に作りましょう」

 少女は無表情に折り紙を2枚、僕に差し出した。


* * *


 果たして現代の高校生というものはどのくらい折り紙を折れるものなのだろうか。

 かくいう高校生の僕であるが、子供の頃の遊びといえばゲームか漫画くらいだったもので『鶴』すらまともに折ることができない。

 まして、生まれた時からスマホを扱っている僕らより若い世代なんて、折り紙なんて触ったことがあるのかすら疑問である。

 隣にいる少女はそれに当てはまるのか分からないが。

 少女改め横山蓮(服に留めてあるネームプレートから)は用紙を見ながら女雛を黙々と折っていく。

 何でこの子、僕のこと誘ったんだろう。

「よく折り紙で遊ぶの?」

「いいえ。お兄さんはよくやってたんですか?」

「全然。精々パックンチョが関の山だ」

「言葉が重複してますよ」

 『精々』と『関の山』のことを言っているのだろうか。

 随分と頭の良い子のようだ。

「……そだね」

「ところで、パックンチョって何ですか?」

「え? パックンチョ知らないの?」

「韓国俳優ですか?」

 パク・ムンチョ的な? 誰だよ。

「違うよ。こういう風に折って––––」

 僕は実際にパックンチョを折りながら説明する。

「で、ここに1から8の数字を書いてその裏にメッセージを書くんだ」

「どんな?」

「うーん。占いだからね。『今日は鳥のフンが頭に落ちてくるかも』的な?」

 実際、自分で作った占いを自分で試しても仕方がない。

 要するに友達のいなかった僕はパックンチョで遊んだことがないのだ。それでも作れるのは、友達ができた時に備えてか、あるいは一人で遊んでいたのか。記憶が定かでない。

「普通、例文としては『今日は良いことあるかも』が正解なんじゃないんですか? ネガティブです」

「……そだね」

 少女が威圧しているという訳ではないのだが、無表情で感情の起伏が分からないから怖い。

 そのまま会話もせず、折り続けていると5、6人くらいのグループがグレイとキャッキャと話している様子が僕たちの目に映った。

「くだらないですよね。周りの目なんか気にしないではしゃいじゃって。この間、ファミレスのドリンクバーで色んなものを混ぜて、それを飲んだ友人の反応を見て馬鹿騒ぎしている高校生を見たんです。集団でいるときに自分が強いって勘違いするからでしょうか。どうしてあそこまで恥を捨てらてるのか、謎です」

 分かるっ。公共の場でグループでガヤガヤとやっているのマジで迷惑。もう少し周りのことを考えろって思う。けど––––。

「けど、そうやって馬鹿になってはしゃげるやつがいるっていうのは幸せなことだよな。大人だって酒飲んだら馬鹿なことで笑えるらしいし。そういうのがきっと彼らにとって特別なときで心安らぐときなんだと思うよ。肯定はしないけどね」

 ……なんかすごいクサいこと言ったな、僕。

「それでも私は彼女たちのことを子供だって思っちゃうんです。誰が誰を好きだとか、抜け駆けしたとか、そういうの全部どうでもいい」

 彼女の言葉には怒りが込められていた。

 一瞬、何というべきかと思考を回したがすぐに止めた。

 これは彼女の独白だ。

 きっと同意して求めているわけじゃない。

 同世代の友人は当たり前として、親や先生にこんなことを言ったらハブられているのかと心配されかねない。どこかに溜まっている鬱憤をどこの誰とも分からないやつに話して晴らしたかったのだろう。

 ここで何かあったのかなんて訊ねるのは野暮なことだ。

 だから、僕は適当に話題を替える。

「君はどうして今日ここに来ようと思ったの?」

 聞いた後にこのタイミングだと少し皮肉めいてる気がして後悔する。

 当たり前だが、そんなつもりは毛頭ない。

「羽沢高校の豆撒きの謎解きが楽しかったから、今回来るのも羽沢高校の生徒だって聞いて」

「見事大当たりってわけか」

 グレイの容姿は印象的だ。節分事変でも壇上に居たグレイを見て同じ連中と察しているだろう。

「お姉さんの話、面白かった」

「僕もそう思う」

「どうして、お兄さんたちはこんなことしてるんですか?」

「どうしてって、部活だから」

「そうじゃなくて。……じゃあ、どうしてこの部活に入ったんですか?」

 理由なんて単純だ。

「当時の先輩に勧誘されたから」

「意志が弱いんですね。日本文化を伝承する使命感とかは?」

「そんなもんあるわけがないだろ。まあ、今の部長はそれを持ってるけど」

「……こんなことして意味なんてあるんでしょうか。世の中はジェンダーレスでいつかは雛祭りもなくなるかもしれないのに……。無駄だとは思わないんか?」

 話題は社会問題へと移っていく。

「思わないかな。いくら性差別や性格差が少なくなろうと、性別というものは絶対になくなることはない。だから、グレ––––、あのお姉さんが話したようにこれからも雛祭り文化は変化して時代に適合したものになるだけなんだよ」

 雛祭りだって元は流し雛が発展していったものなのだ。

 雛祭りがなくなるとしたらそれはきっと、日本人が消滅した時だろう。

「まあ、未来なんて生きていけば答えは分かりますね」

「だな」

 そして、僕が折っていた男雛が完成する。

「ヘタクソですね」

「ほっとけ」

 僕は手先が器用な方ではないのだ。


* * *


 11:00。

 折り紙で作った雛人形を流しに帷子川へ行くため、僕ら第二小一行は列を作っていた。

 校庭で人数確認をしたのち出発する。

 先頭で中年小太りの男性教員が学生を先導し、中間ではもう二十代の女性教員、最後尾に僕とグレイと西園寺がついていた。

「オサムや。さっきは随分とJ Sと仲睦まじく話しておったのう」

「言っとくけど、僕から話しかけたわけじゃないからな」

「あらあら、逆ナンだなんて。峰さんも隅に置けませんね」

 西園寺が揶揄うように上品な笑みを浮かべて言う。

「そういう西園寺だって所謂一軍女子みたいなグループにやたら人気があったじゃないか」

「ただの雑談ですよ。彼女たちは高校がどんな所か興味あるようでしたね」

 グレイは頷いた。

 小学生からすれば中学生も高校生も制服を着てるし同じようなものだと思うのだろう。そしてこれから行く中学校とどんな違いがあるのか興味があるということか。

 僕は適当な相槌を打ちながら悴んだ手をポケットに突っ込むと、先ほど作ったパックンチョに触れる。

「そうだ。これなーんだ?」

 僕は小学生が問題をふっかけるようにグレイに問う。

「む。Fortune tellerじゃな」

「あれ、知ってんの?」

 あと、何て言った?

「占いする道具じゃろ。小学校時代に流行っておったわ」

 ……へー。アメリがにも存在するとは。

「それ、ヨーロッパ発祥でココットっていうらしいですよ」

 マジか。てっきり、折り紙で作るもんだから日本発祥かと思ってた。

「よくそんなことまで知ってんな」

「調べましたから」

 西園寺を自身のスマホをウィキペディアのページを開きながら見せつける。

 さすがなのは、文明の利器と人類の叡智だったか。


* * *


 帷子川に到着した僕らは無事、各々で作った雛人形を流し『雛流し』は終了した。

 最後の校長先生の有難いお言葉を学校で聴き終えたら終了する。

 ……何をそんなに話すことがあるんだか。

 そして、全てが終わり小学生が解散した。

 11:52。

 僕らわぶ研は後片付けをしていた。

「どうだった、お前ら。小学生と接する機会なんて中々ないからいい経験になっただろう?」

 パイプ椅子を運びながら、名取が問う。

「小学生と接する経験が何の役に立つだよ?」

 そりゃあ、将来教師を目指すならまだしも、生憎今の僕にそういったプランはない。

「たとえ人生経験が少ない子供でも、たくさんのやつと話すことがお前の価値観の糧になるってことだ」

「それは吾が実体験から学んだことか?」

「いいや。古い知り合いの受け売りさ」

 名取はどこか儚げにそう答えた。

「そう言うことでしたら、オサムさんは一人の女子生徒と熱心にコミュニケーションを取られていましたよ」

「えーマジで。誰よ? クール系? お茶目系?」

 名取が、男子中学生が恋バナするようなノリで揶揄ってくる。うざい。

「吾、ロリコンか。さすがにキモいぞ」

「その言い方だと誤解されますよ」

「あー、わりぃ。そう言う事じゃねえんだ。で、どんな子だった?」

「ロリコンじゃねーか」

 注意した上での二度目の問題発言。場の空気が凍り始める。

「だから、そうじゃねーって! どいつがどんな風にお前らと接したか、今日休んだ担任に報告しなきゃいけねーからその情報をくれって事だよ!」

「何じゃ。そういうことか」

「それなら、その場にいた教員に聞けばいいじゃないか」

「他の先生方に聞いたら、『3組の生徒とは羽沢高校の生徒さんが面倒見てましたよ』って言うからお前らに直接聞いてんだ」

「儂はお洒落な4人組と話しておった。名前までは覚えておらん。話してたのは儂の出身地とか彼女たちの恋バナとかじゃな」

「ワタクシは3人組と2人組の生徒の間を行ったり来たりしてました。3人組の方は熱心に高校のことを聞いていた小松さんが印象に残っています。2人組の方は田村さんと村上さんですね。中学で入る部活動の相談を受けました」

 名取はグレイと西園寺が話したことを手帳にメモしている。

「僕は横山って子と話していた。内容としては友人とか文化とか哲学的なことだ。頭の良い子だと思ったよ」

 名取は僕の言葉をメモった後、「ちょっと待てよ」と言いながら雛流しの参加名簿を見る。

「お前と話していた子は本当に『横山』だったか?」

「そうだけど」

 ネームプレートに書かれていたのだから間違いない。

 しかし、名取は何でそうんなことを聞くんだ?

「ないな。横山なんて生徒はこの行事に参加していない」

 名取は参加名簿を僕らに見せる。

 それは、僕らが朝に見た3枚目の名簿を印刷したもののようだ。

「そんな馬鹿な⁉︎」

「当日になって急に参加したんじゃろ?」

「いや、最初にしっかりと出席はとってある。急な欠席者も参加者もいないはずだ」

 なら、僕が話してた子は誰なんだ?

「ところで何故横山さんの名前を聞いただけで疑問に思ったのですか?」

「あー。オレは記憶力がいいんだよ。何十人って生徒見てきてんだ。12人の名前くらいなら一瞬で覚えられる」

 そんな名取の自慢げな話に僕は相槌を打つ余裕もなかった。

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