Episode 4. 春が来る

 15:20。

 グレイが買ってきたケーキを頂いたところでお暇させて頂くことにした。

「じゃあ、お邪魔しました」

「またおいでっ」

 西園寺母の嬉しいお言葉を貰ったところで玄関で靴を履き替える。

「そうだ。アリー、オサムさんを駅まで送って差し上げたらどうです?」

「「え?」」

 僕とグレイの声がハモる。

「オサムさん、物凄い方向音痴ですしきっと迷ってしまいますよ」

「いや、大丈夫だよ」

「いや、吾の方向音痴っぷりは相当じゃからのう。送ってやる」

 くそっ、西園寺め。余計な気を利かせやがって。

 ここで断ると変な意識をしてしまってるみたいで嫌だったので了承することにする。

「オサムさん」

 靴を履き替え終わると西園寺が口を耳元に近づけて囁いた。

「ちなみにアリーのファン一号はワタクシですからね」

 囁いた後に彼女が見せた笑顔は、グレイと西園寺母に何かを匂わせた。

「あら、今日はお赤飯かしら」

「それもいいですね」

「ちょっと⁉︎ 誤解ですから!」

 どうやら西園寺は西園寺叔父と似た遺伝子を持っているらしい。


* * *


 帰り道。2人きりになってすぐにグレイが問いかける。

「儂がケーキ屋に行っている間、佳代と何を話していたんじゃ?」

「いや、別に大したことは話してないよ」

「本当に?」

「本当に」

「じゃあ、さっきは何を言われたんじゃ」

「グレイが好きだって」

「嘘つき」

「本当だって」

 それから適当な会話をしていると公園に植えてある1本の桜の木が見えてきた。

 枝には今にも開きそうな蕾がついていた。

 グレイは桜の木に魅了されているかのように、目の前まで足を運ぶ。

「咲くのが楽しみじゃのう」

「向こうには桜の木はないのか?」

「ニューヨークやワシントンにはあるみたいじゃが、儂は見たことがない」

 グレイが日本に来たのは去年の9月だから、今回が初桜になるわけだ。

 そこで僕はふと、あることを思いつく。

 そしてそれを言うタイミングが、今なのだと直感的に思い立った。

「あ、あのさ! も、もし良かったら何だけど、もし良かったら今度! 一緒に桜でも見に行かない、かい?」

 流石にまだ告白なんてものはできないけど。けれど、僕はグレイとの関係を少し近づけたいと思った。

 動悸、冷や汗、体が異常状態を示しながらも返事を待つ。

「ええのう、それ」

 その瞬間、僕は一気に緊張から解放される。

「お花見ってやつじゃろ。佳代も名取も誘って」

 ん、あれ?

 そういう意味で言ったんじゃないんだけどな〜。

 これは遠回しに断られてるのか? いや、グレイはそんなやつじゃない!

「オサム?」

 僕が少考していたせいか、グレイは心配そうに僕の顔を覗く。

「ああ、うん。いいかもね」

 うん。それはそれでありかもしれない。別に焦る必要はないのだ。

「どうせだったら、星も誘おうか」

「えっ⁉︎ あーそうじゃな、うむ」

 グレイの返事が少し濁っていたような気がするが、気のせいか。

 1年前の僕なら友達とお花見なんて考えられなかった。いや、そもそも友達と呼べる人ができるということが信じられないだろう。

 普段、放課後部室に一緒にいるグレイに時々遊びに来る西園寺、最近話すようになった星。僕は自信を持って彼女たちのことを友達をいうことができる。

 これも全てグレイと出会ったおかげだ。

 こんなどうしようもない僕を変えてくれた君を好きにならないはずがない。


 日本人は恋をすることを「春が来る」と表現する。

 しかし、現実世界では誰かの恋愛に関係なく季節は巡る。

 季節は景色を変えて、景色は文化を作り出す。

 僕たちが日本にいる限り、そんな日本文化とともに生きていくのだ。

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僕と異国少女の文化研究 @kawaiyuki

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