Episode 2. 3人のキューピッド

 僕たちは僕と西園寺が所属する1年4組の教室に向かっていた。

「そういえば、西園寺と一緒に住んでいるのに登校は別々なのか?」

「佳代は今日、日直でのう。付き合わせるのは悪いと先に行ってしまったんじゃ」

 そうだったっけ?

 まあ、日直なんて自分の時以外は把握していないものか。

「そんなことより、佳代にそっちのはないと思うんじゃが」

「西園寺になくても、向こうが一方的にあるかもしれないだろう」

 そうじゃな、とグレイは納得し教室に着く。

 教室に着き、西園寺の席の前まで行くと向こうも気がついたようだ。

「あら。峰さんにアリー、ご機嫌よう」

 僕は適当に挨拶を交わす。

「単刀直入に聞こう。他校の生徒にチョコレートを貰う心当たりはあるか?」

 西園寺はグレイの質問に少考の末、答える。

「中学で友チョコを渡していた方が何人かいましたので、心当たりがないわけではありませんね」

「そいつらはグレイのことを知っているのか?」

 西園寺は顎に手を当てて考える。

「いいえ。しばらく疎遠になっているのでご存じないかと思います」

「西園寺の家が留学生を受け入れていることは?」

「アリーが初めてなのでいないとそちらも知らないと思いますよ?」

 僕の質問に疑問を持ったのかグレイは問う。

「今の質問に何の関係があるんじゃ?」

「贈り主はグレイのことを知っていた。もし西園寺の家が留学生を受け入れていることが知れ渡っているなら、有名人であるグレイが西園寺の家に住んでいると予想できるだろう」

 僕の知る限り、この学校に留学生はアリー・グレイただ1人しかいない。

「どうかされたんですか?」

 西園寺の問いにグレイはこれまでの経緯を話す。

「そうでしたか。しかし、渡した本人は託したという自覚がある以上、しっかりと受け取り主のところに届けないと可哀想ですね」

「そうなんじゃよ〜」

 どうやら彼女たちには、初対面の奴に頼み事をした奴の自業自得だ、という考えはないらしい。

「ワタクシも協力します! お力になれることがあれば何なりと申してください」

「有難う」

 グレイは西園寺の手を取り感謝の意を示す。そして、スイッチを切り替えたかのように真剣な表情になる。

「さて。では儂ら三人、『一日限定ウァレンティヌス』と行こうか」

 僕は思わず、グレイの口から出た聞いたこともないそのパワーワードを復唱する。

「恋のキューピッドってことじゃ」


* * *


 禁じられた恋を成就させることができる聖ウァレンティヌスはまさに恋のキューピッド、か……。上手い事言ったもんだ。

 朝のショートホームルーム中、担任教師が来週一週間、高校入試のおかげで休みである旨を伝え、生徒たちが心を躍らせている間、僕はそんなことを考えていた。

 とりあえず、4限が終わるまでの間、グレイには贈り主の特定に集中してもらうことになっている。

 具体的には近くの高校のホームページを開き、贈り主がどこの学校に通っていたかを見つけるためだ。学校ホームページには制服が載っている。グレイが他校の生徒と分かったのも制服を着ていたからだろう。あとは、単純に『本当にその人物と面識がないか』とひたすら自問自答してもらうだけだ。

 そして、最悪、贈り主が特定できなかった場合に備え、僕はチョコレートの受け取り主を探す役を任された。

 しかし、グレイには悪いが内心半分、諦めモードだ。

 だって、絶対無理じゃん。

 僕は前世の記憶を持った漫画主人公でもなければ、魔法が使える少女でもない。ただのモブキャラだ。

 そして、ましてや探偵でもないのだ。

 ちなみに僕の内心もう半分は、グレイのために頑張るかモードだ。ぶっちゃけ上げる腰は重たい。

 まあ、贈り主が分かるのが一番だ。

 ……だが、僕も一様頭を働かせてはみるとしよう。


* * *


 昼休みになった。

 部室集合、というグレイからのLINEメッセージを受け取り僕は教室を出ようと立ち上がると西園寺と目が合う。

 ワタクシも呼ばれました、と言いたげに西園寺は微笑みながら両手でスマホを掲げた。

 僕と西園寺は教室に出ると、隣の教室から出てきた星に会う。

「あ、お、おはよー。峰くん」

「お早くはないけどな。おはよう」

 僕たちが会うのは何気に節分事変以来だからか、緊張している様子だ。

「えーっと、これからどっか行くの?」

「ああ。ちょっと立て込んでてな」

「ふーん。忙しい?」

「まあ、急ぎではある」

 何せ、今日中に解決すべき事案だ。

「峰さん。急ぎますよー」

 横から西園寺の声がかかる。

「ってことで、また今度」

 そうして、僕は西園寺の後を追いかけた。

「薫子さんと何を話してたんですか?」

「何も。ただ挨拶して近況報告しただけだな」

「……そうですか。ところで受け取り主への見当はつきましたか?」

「正直、全くだよ」


* * *


 僕ら3人は弁当を開きながら、経過報告をしていた。

「で、見た制服はあったか?」

「それが……なかったんじゃ」

「どうしてでしょうか?」

 ない、というのは不自然な話である。贈り主は制服を着ていた。これはグレイにも確認をとって紛れもない事実だ。制服を着ていたということは登校の意志があったということ。そしてグレイの登校時刻から考えても、グレイが調べた高校がないのはおかしい。

「ただのコスプレだったりしてな」

「冗談はよさぬか。わざわざ、バレンタインデーに存在しない別の学校の制服を着て、第三者経由で渡す意味なんてないじゃろう」

 彼女の尤もな正論に僕は謝の旨を伝える。

「しかし、贈り主はどうして直接渡さなかったんだ? まあ緊張はするだろうが、見ず知らずのやつに普通頼むか?」

 今はLINEで告白するのが当たり前だからな。そうじゃなくても、下駄箱にラブレターとかは昔はあったらしいから、直接行かないのも不思議ではないか。

「ワタクシならに直接渡したいですね。その方が相手に誠意を持って伝えていることの意思表示にもなりますから」

 西園寺の意見に賛同し頷く。が、西園寺は続ける。

「しかし、無理してでも当日に伝えることで本気度合いを示したかったのかもしれません」

 西園寺はなぜかグレイに同意を求めるかのようにグレイを見つめている。一方、グレイはというとどこか気まずそうな空気を出していた。西園寺の言動が不自然に思った。

 それはさておき、本気度合いを示すという点においてはその通りだろう。チョコレートを渡すにしても今日渡すのと別の日に渡すのとでは意味合いが違ってくる。友達の誕生日なら、自分が忙しい時に前日もしくは後日祝うこともあるだろう。しかしそれが、夫や妻、恋人など家族以上の存在なら当日に祝うことが重要性をもつ。

 そうなると、このチョコレートはやはり本命と考えられるだろう。

「オサム、何か思いついたか?」

「全然。こうなれば全員で受け取るべき相手を探すか。アリー、クラスでチョコレートを多くもらってるやつをリストアップしてくれ」

「うむ」

「地道ですね」

 西園寺が何をするか察したのか、そうコメントした。

 これからやることは、聞きこみだ。

 他校の女子と関わりがあるか、グレイに似顔絵を描いてもらいこの人を知ってるか、をグレイの周りの人間にひたすら聞く。

「贈り主の似顔絵を頼む」

 そう言われて、グレイは絵を描くが一般人が描く人物画など誰か分からないのは承知のことだった。

 まあ、内心うまく描いてくれることを期待していたんだが。

「似顔絵での聞き込みは無理じゃな」

 本人がそう呟き、僕と西園寺は頷くしかなかった。


* * *


 グレイは聞き込みのため自分の教室に、西園寺は日直であるがゆえに次の化学の授業資料の運搬のため職員室に行った。

 一方、僕はというと聞き込みができないコミュ障故、暇を持て余していた。グレイたちへの建前としては、聞き込みがハズレた時の対策を考えるという名目でだ。

 昇降口近くの自動販売機からコーラを購入する。

「よっ、峰」

 突如として後ろから声がかかり、驚きのあまり少しだけ体が反応する。

 僕に声をかけるような野郎なんて心当たりがないのだが……。

 振り返れば、そこにはクラス一の人気者––––南翔太郎の姿があった。

 身長は僕よりも高く、茶色に染まった髪はワックスでカッコよく整えられている。    

 おまけにテニス部の実力者で影の薄い僕にこうして挨拶までしてくれる友好的な性格。そりゃ、人気者だわ。

 そんな南がおしゃれな紙袋を左手に、僕の後ろに並んでいた。

「お、おう」

「峰もここの自販機よく使うのか?」

 普段、話さない仲であるにも関わらず自然と話しかけてくる南。

「いや、たまたま炭酸が飲みたい気分だったんだ」

「分かる。あるよなー、そういう時」

 そう言って南が選択したのは『暖かレモン汁』だった。

 炭酸じゃないのかよ。

「峰は今日、チョコレート貰った?」

 自販機の正面から真横に場所を移しレモンジュースを飲み始めた彼は僕にそんなことを問いかけた。

 何でお前にそんなこと話さなければならないんだ、という怒りが一瞬沸き起こったがチョコレートの数でマウントをとりたいのだと把握する。

 ここは大人の僕が煽ててやるとしよう。

「悲しくも誰からも貰ってないよ」

「てっきり留学生の子からは貰ってるんだと思ってたよ。でも、佐々木や大林からは貰っただろ?」

 佐々木? 大林?

 僕がそんな訳のわからそうな表情をしていたのか、南は焦って説明してくれる。

「同じクラスの女子だよ。クラスメイト全員に配ってたよ」

 え。何それ、僕存在忘れられてる?

 一瞬ショックに思ったものの、僕の方とて彼女たちの名前も顔も覚えてなかったので何も言えまい。

「もしかして貰ってなかった? オレ、伝えてくるよ」

「惨めになるからやめてくれ」

 そんな僕の言葉に何と声を掛ければいいかと、戸惑った彼は僕に謝罪の意を告げる。

「ごめん」

「いいって。で、そっちはいくつ貰ったんだ?」

「5個かな、多分全部義理だけどね」

 くっそ、多いな。1つくらい分けろ。あと、『多分』っていうのがムカつく。

 そんなことを考えていると、南が持っている紙袋に視線がいく。

「それもか?」

「いやあ、これはオレがこれから渡すやつなんだ」

「ふーん。そっちも苦労してんだな」

 こんな人気者でも誰かに渡すよう頼まれたりするんだな、と今の僕の状況と重なり一気に親近感が湧く。

 まあでも、渡す相手がわかるだけマシだな。

「苦労なんてしてないよ。好きでやってるだけだし」

「優しすぎだろっ」

 いくら何でもお人好しが過ぎると思ったが、そんな風に罵倒できるほどの仲ではない。

「どこが? 今どき珍しくもないと思うけど」

 ん。何か話が噛み合っていない気がしてならない。

「誰かに頼まれたんだろ?」

 そんな僕の問いに南は少考し、ようやく僕の言っていることを理解したようだった。

「違う違う。これはオレから先輩に渡すものだよ」

「へー……。えぇーーー⁉︎」

 僕は驚きのあまりつい大きな声をあげてしまう。

「つまり、逆チョコってことか?」

「そうなるね。中3からの片思いなんだ」

 はえー。すげー。

 口には出さず感心していると、南は残ったレモンジュースを一気飲みしそれをゴミ箱に捨てる。

「他の奴には言うなよ」

「お、おう」

 安心しろ。そもそも話す奴がいない。

 そう言って南は去っていく。僕はそんな彼の背中を見ながら、不服にも南翔太郎はどこかアリー・グレイと似ているところがあるかもしれないと思ってしまった。


* * *


 5時限目の始まりを知らせるチャイムが鳴った頃、グレイからグループチャットで、『収穫なし』という一報を頂いた。

 それに伴い、僕と西園寺は励ましのスタンプを送る。

 本格的に参ってきた。

 放課後には生徒が一斉に下校してしまう。そうなれば、今日中にあのチョコレートは受け取るべき相手に届けることができない。

 考えなければならない。どうして贈り主の制服が近辺の高校のものに該当しなかったのか、どうしてグレイのクラスにも受け取る心当たりのある者はいなかったのか。

 後者に関しては、受け取るべき相手が高嶺の花のような存在だと贈り主と受け取る人に認識がない可能性がある。

 引き続き僕は思考を巡らせる。

 そして、ようやく–––。


 6限目の終わりを知らせるチャイムが鳴り、僕はすぐにグループチャットに書き込む。

『SHR後、すぐに部室集合。収穫あり』

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