Episode 3. バレンタインデー
放課後。僕は2人に自分の考えを告げた。
2人は納得し、言い出しっぺの僕がチョコレートを渡す役目を担うことにした。
話が終わり解散の流れになると、学校に残る僕がついでに部室の鍵を返すことになった。
職員室に着くと、僕は部室の鍵を顧問である名取に渡す。
「何だ。また何か始めるのか?」
「さあ。しばらくはまた元通りになると思いますけど」
「一体部室で何をしているのやら……。まさかナニか?」
「ちげーよ!」
「まあ、学校でそーゆーのは勘弁してくれよ」
「ヤらねえって!」
童貞の僕に何言ってんだ、こいつ。
「で、まだ何か用か?」
「ああ。これ」
そして、僕は例のチョコレートを差し出す。
「え、なに、お前俺に気が合ったの?」
「なわけあるか。てか、その顔やめろ」
名取はめちゃくちゃ嫌がっている表情を浮かべていた。
「じゃあ、誰からだ?」
「さあな。心当たりがあるんだろ? 女子中学生に」
「……」
僕は名取に事の発端について話した。グレイが見ず知らずの女の子からチョコレートを渡されたときからだ。
「なるほど。それで何故、その贈り主は女子中学生で、オレにチョコーレートを贈るとお前は思ったんだ?」
「グレイには知り合いが少ない。グレイを経由して行き着く相手は僕と西園寺と名取くらいしかいないんだ。それで、僕も西園寺も違うから––––」
贈り主がわざわざ校門でグレイを待ち伏せをしていたとなると、贈り主が渡したい相手が高嶺の花でなくグレイの近くの人間だと分かる。
そして、そもそも贈り主の贈りたい相手がこの学校の生徒というのが的外れだったんだ。
「オレか。消去法かよ。まあいい、続けろ」
「まず、グレイが会った女の子の制服がここら辺の高校でないことから、贈り主が中学生であると推測した」
グローバル的観点から見ると、欧米人に比べアジア人は若く見られやすい傾向がある。グレイもそれを分かった上で、贈り主を高校生と勘違いしたのだろう。ランドセルを背負った小学生ならまだしも、制服を着た中学3年生と高校1年生なんて判別が付きにくい。
「そして、贈り主が直接名取に渡さなかったのもまた一つ」
「別にそこは不思議じゃないだろう」
「ああ。仮に彼女が間接的に渡す選択肢を自ら選んでたらの話ならな」
「へー。まるでその子が選択を強いられたみたいな言い方をするんだな」
「ああ。彼女は間接的に渡せざる得なかったんだ。だって彼女は中学三年生なんだから」
高校入試の一週間前であるこの時期に、受験生とその受験生が受験する高校の教員が会っていたなんてことがあれば大問題である。
名取もその旨を感じ取り、再び問う。
「お前の推理は分かった。しかし何故だ? オレはいつ女子中学生と接点を持ったんだ?」
「節分事変だよ。あの場にいた引率の教員はお前だけだった。そこでその子はお前に一目惚れをして、グレイの顔を覚えた」
おそらく、いや、誰がどう見てもあの場で一番目立っていたのはグレイだった。ぱっちりと見開いた二重の目に高い鼻、そして褐色な肌。数日経っても再び会えば、絶対に再認識できる。
正直、自分で言っておきながら信じがたい話である。
名取の顔が不細工と言いたい訳ではない。
伸びっぱなしの無精髭にボサボサの頭と衛生面では酷いものだが、顔は整っている方だ。そして、名取は謎解きの答えを知っている訳でもないのに持ち前の知識で、来賓にヒントを出していたのであり得ない話でもない。
だが、もっと真っ先に思いついた2人の関係の形がある。成人した社会人男性と女子中学生、その他人同士が知り合いという事実から誰もが連想する四字熟語だ。
しかし、それを告げることは名取を侮辱することである。
僕は彼が教師として社会人として失格だと思っても、人としてクズだなんて思ったことは一度もない。節分事変の件からも見直してきたところだ。
だから、僕の中でその選択肢は除外された。
「受験生が呑気に節分イベントに来るか」
「これから行こうとする学校の行事だ。勉強の気分転換かモチベーション維持のためにでも行くだろう」
……自分で言っておいて何だが、受験まで1ヶ月切っておいてモチベーション維持で志望校に行くかは怪しいところだ。
「フッ」
名取が鼻で笑い出す。
「合ってたのか?」
「大体はな。最後の方だけ違うが。まあ、見事だ」
名取は話した。
どうやら数日前、駅のホームで貧血になり倒れそうになった少女を偶々近くにいた名取が助けたらしい。その時、名取は鞄の中に入っていたチョコレートをその子にあげたそうだ。そして、そこで自分が羽沢高校の教員であることを伝えた。
ここから名取の推測となる。羽沢高校のホームページの和国文化研究会の欄には名取とグレイの名が載っている。そこで少女はグレイを知った。外国人の生徒に当てずっぽうで「アリー・グレイさん」と言っても当たる確率は高いことだ。
「普通名乗るか? 名乗る程の者ではありませんって帰る方が格好いいだろ?」
「あの子の親が『なんていい人なの!』みたいな視線を送ってくるから、教育者として当たり前だと言ったまでだ。別に恩を売ろうだなんて思ってない」
「お前……。教育者としての自覚があったんだな」
「先生と呼べ。先生と」
名取は片手で僕の顔面覆い、全力で握り潰してくる。
痛いっ、痛い! この人、握力いくつあんだよっ。
「それはさておき。もし、オレがJ Cにチョコレート貰う心当たりがねーと言ったらどうしてたんだ?」
「……それは……、教師なんだから、持ち込み禁止で没収とかできるだろう? だからその大義名分を使った回収してもらうつもりだった」
実際のところ、僕は自分の考え出した妄想が的に擦りもしなかった時のことなんて考えてもいなかった。
そして、この時、僕は初めて気づいたのだ。
自分の考えた妄想が真実であると確信しているなんて、僕はなんて傲慢なんだろうと。
「バーカ。いつの時代設定だ。今は購買で菓子も売ってるし、スマホですら授業時間外なら使用が認められてんだぞ」
「な、なら、……、いや、何でもない」
何か適当な言い訳を考えようとしたが、いいものが思いつかず口をつぐむ。
「……まあ、今回は結果オーライってことで良かったじゃねーか。しっかり証拠もある見てーだし、安心しろ」
証拠? 何のことかわからず、僕は名取がピラピラとチラつかせている小さなメモ用紙を見る。
『先日はありがとうございました。チョコレート頂いてすみません。受験頑張ります。』
包装の中に名取が語った話と辻褄の合うメッセージが入っていたのだ。
最初から包装を破いていたらこんなに苦労することはなかったと後悔した。
* * *
僕が話したものは妄想であって推理ではない。直観的に思いついたことをパズルのごとく並べた気持ちの悪い創作物だ。だから、当然、妄想が真実に辿り着くことなんてできるはずがない。
僕はあらかじめグレイに『約束はできない』と断わっていたはずだ。
しかし、それでも罪悪感に抱かずにはいられなかったのだ。
職員室を出て、昇降口に向かうために僕は廊下を歩いていた。
「峰くん」
正面には星の姿がある。
「おう。奇遇だな、こんな所で会うなんて」
「奇遇じゃないよ、探してたんだから」
探してた? 何故、僕を?
星はスクールバックから何かを取り出し、視線を逸らしながらそれを僕に差し出してくる。
「はい。これ、この前のお礼。峰くんにはお世話になったし、迷惑もかけたから」
星が持っているのは包装された直方体の箱である。
僕は今日それと似たものさっきまで持っていた。
今日は2月14日。バレンタインデー。
こうして、僕は今、星が僕に何をくれようとしているのか、ようやく理解できたのだ。
「チョコ⁉︎」
僕は驚きと勘違いしまいと抑えていた嬉しさが漏れ出たせいで、それをガッシリと掴んでしまう。
「う、うん」
それを聞いて、僕は星から貰ったチョコレートを天井に掲げる。
「うおー、マジか⁉︎ マジだ!」
「ちょっと、勘違いしないでよ⁉︎ お礼だよ?」
「ああ、分かってるよ。でも、女子からバレンタインデーにチョコレートもらうのなんて初めてだからさ」
「え? マジで?」
「マジ」
ずっと、義理チョコでもいいから女子からバレンタインデーにチョコレートが欲しかった。
きっと、この喜びは16年間、義理チョコすらも貰ったことがない僕だからわかる喜びだ。
そして、何より、今年はチョコレートを買わなくて済んだのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます