俺とオッサンが異世界で雀荘を開くことになるとは
@ishinarabe
導入
今夜は大雨。傘を差したところで無意味なほどの強烈な雨が、窓に打ち付ける。
それでも出勤。毎日出勤。なぜなら客が来るから。
今日も天気を気にせず常連のジジイどもが集まっている。
こんな日くらいはギャンブルやめろよ。中毒者共。
平日深夜に大雨の中、ジジイ四人が角突き合わせて麻雀に勤しんでいる。
「ぜんっぜんあがれん!つめしぼ!」
「アイスアリアリ、まだあ?」
「あつ茶もくれや」
「あ、落点!拾ってー」
ジジイ共が偉そうに俺を呼んでいる。
店員を呼ぶにしても呼び方ってものがあるだろうが。
「はーい。ただいまー。」
抑揚のない口調で、声だけは張る。
アイスコーヒーとお茶を乗せたお盆に、冷蔵庫から取り出したおしぼりを乗せる。
それを片手にカウンターを出て、フロアを回る。
それぞれを届け終えたら、最後に点棒を落としたジジイのもとへ。
とりあえずジジイの斜め後ろでしゃがんで卓の下を確認してみる。
あった。
千点棒だ。落点は大体千点棒。リー棒出すときに興奮しすぎて手が震えるのかな?
どーでもいいけど、自分で拾えよ。
「足元失礼しますよ。」
ジジイの右側のサイドテーブルをどかし、点棒までの動線を確保する。
そのまま膝をつき、四つ這いで卓の下に潜り込んだ。
「お、すまんの~山本くん」
目の前にはジジイの足が、その奥に点棒が見えている。
すまんと思うなら、足どかせ、ジジイ。
「いえいえー。」
口だけの返事を返しておいた。
床の千点棒に手を伸ばす。
指先がかすめる。
あとちょっと、あとちょっとで届く。
もうひと伸びのために、グッと腰に力を入れた。
バゴォォォン!!!
大きな音がした。音圧で鼓膜が萎縮する。しばらく耳にその感覚が残るほどの轟音だった。
なんだ?落雷か?
すぐに目の前が真っ暗になった。
停電だろう。ただでさえ薄暗い卓の下、今は何も見えない。
一旦、点棒は放っておこう。
とりあえず状況の確認をしないと。
立ち上がりながら、客たちに話しかける。
「近くに落ちたんですかねー。びっくりしまーーー」
その最中、刹那的な恐怖にかられた。
脳で理解する前に、肌が体が異常事態を感じ取っている。
ーーー静かすぎる。
さっきの轟音で耳がやられたわけではない。自分の声は違和感なく聞こえていた。
客の声も、大雨の音もしない。
自分の浅い呼吸音だけが聞こえる。
おそるおそる周りを見渡す。暗闇に目が慣れる頃には状況の異常性に気が付いていた。
誰もいない。
ついさっきまでいたはずの常連のジジイ共がいない。
卓もイスもそのままの形なのに、そこにいたはずの人たちが消えている。
イスのクッションはまだ沈んだままで、寸前まで人が座っていたことを物語っている。
店の中からは全ての音が消え、光も消えていた。
静寂。8卓しかない店内がえらく広く感じる。
時間が止まったかのように、視界の中で動くものが何一つとしてない。
その静寂の中に自分も吸い込まれそうになる感覚に陥っていた。
「え!何!停電!?」
店の最奥、カウンターの裏にあるトイレの方から突然声がした。
聞き慣れた声だ。同僚で後輩のおっさん、タカさんだ。
静寂をぶち壊すそのしゃがれ声で、遠く行きかけていた意識を取り戻す。
硬直していた体に体温が戻る。
タカさんはどうやら、雷が落ちた時トイレにいたらしい。
トイレ側に振り向き、声を絞り出す。
「停電みたいですね。大丈夫ですか?」
ドア越しでも聞こえるよう少し声を張った。
「んー。大丈夫。なんも見えんけど」
タカさんの声がまた聞こえた。その声に安堵する。
すぐさま、トイレのタカさんに呼びかける。
「こっちの様子がおかしいんです。早く出てきてくださーい。」
この異常事態にとりあえず仲間が欲しい。独りぼっちは怖い。
ジュゴ~。
水を流す音とともにトイレのドアが開いた。
このおっさん手洗ったか?
トイレから出たタカさんはドアも閉めないまま静止した。
そのまま、体を動かさず、目だけを動かした。
「うわ......どうゆうこと......?」
店内を見回した後、俺に視線を寄越す。
「わからんすよ......。」
返す言葉がない。正直に答えた。
チ...チチチ...。
僅かな音と共に蛍光灯に明かりが灯った。
店の奥まで見通せるようになる。そこにはやはり誰もいない。
次に、常時回し続けている換気扇がまた動き始め、雀卓の明かりも灯った。
奥からは冷蔵庫のモーターの音も聞こえる。
「もどったみたいすね。電気。」
「うん、でも客は?どこいったん?」
タカさんは俺のほうを見ないまま問い返した。
「知らんすよ、気づいたら皆いなくて。」
これしか言えない。自然と声が小さくなった。
「なんじゃそれ」
タカさんはキョトンとしているが、怯えている様子はない。
一旦間を置く。あれこれ思考してみるが何も手がかりがない。筋の通る仮説の一つすら出てこない。
これはこの店の中だけの異変なのか?それとも、世界中で?
そんなこと考えたくもないが、まずは確認しないと。店の外の状況を。
「とりあえず外の様子見てきます。」
タカさんに告げて、窓に向かう。
「俺も」
タカさんも後ろから着いてきた。
窓は店の入り口付近、トイレとは真反対に位置する。
二人で窓に近づく。
店の窓は常に厚めのカーテンが閉めてある。雀荘あるあるだ。
カーテンに手を伸ばした際、異変に気付く。
カーテンの隙間から僅かに光が差し込んでいる。
……そんなはずはない。
今は夜中の2時だ。
明らかに感じる違和感に体は強張る。
湧き上がる恐怖を無理やり押さえつける。
窓の外に何があるのかは分からない。だが、それを見ないわけにはいかない。
カーテンを握った手にグッと力を入れ、勢いよく開けた。
「う、まぶしっ......。」
強い光で一瞬視界が奪われる。
反射で閉じた瞼をもう一度開き、窓の外に視線をもどす。
「「なんじゃこりゃ......」」
不本意にもハモってしまった。
しかし、それ以外言葉が出なかった。
次の言葉が口を動かすまでにはかなりの時間がかかった。
目の前の光景を脳が処理するために時間を要したのだ。
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