オーラス

オーラス、親はタカさん。


俺の期待に配牌が応えてくれた。


ドラの南が暗刻。しかしそれ以外の形は悪い。染め手も遠そうだ。


三倍満は無理でも、跳満は作れるかもしれない。


それを男からあがれば......!




事態は序盤から動いた。


タカさんが仕掛けたのだ。


俺が切った發をポン。


次巡にばあさんが切った北をポン。


一気にタカさんに注目が集まる。


親のタカさんはあがり続ける限り、逆転の可能性が消えない。


他家への牽制も含めた積極策だ。


上家のタカさんの仕掛けのおかげで、ツモ番を対面の男に回さないまま、俺のツモ番が増える。ありがたい。


タカさんの後押しもあり、6巡目にはイーシャンテンになっていた。


タカさんはピンズを1枚も切っていない。染め手と決まったわけではないが、タカさんの上家に座る男はピンズを切りづらい状況になるだろう。


8巡目には男が仕掛け始めた。


「チー」


ばあさんが切った8ピンを678で鳴く。


喰いタンだろう。


ドラの南も見えず、男の目にはタカさんの手がかなり高く見えているかもしれない。


降りに回ってもおかしくないこの状況で、仕掛けるということは、あがりがかなり近いはずだ。


男にあがらせるわけにはいかない。


2巡後、タカさんは手の内から8ピンを切った。いよいよテンパイか。


男は不要なピンズを引いた瞬間、降りに向かうだろう。


同巡、俺もテンパった。待望の赤を引き入れ、ダブ南ドラ4の跳満だ。


待ちは5-8・7ピン。ピンズが6778999の形だ。8ピンは今通ったところだが、ピンズが警戒されてる今、いい待ちとは言えないだろう。手牌の変化を待ちつつ、8ピンが対面から出ることを願おう。


河が三段目に差し掛かったところで、対面の男の眉が少し動いた。


男は小考の末、手の内から6ソウを切った。


不要なピンズを引いて降りに回ったか。




しかしその次巡、不可解なことが起こる。


男は4ソウを切るのだが、切る直前にタバコに火をつけたのだ。


素直に見ればただのカン5ソウ外しだ。


それまではタンヤオで張っていたが、危険なピンズを持って来たためテンパイを外した。


そこに違和感はない。


しかしなぜこのタイミングでタバコを?


河を見直す。男のイカサマが発覚してからは常に河を注視していた。


またそれをやったなら、河に変化があるはず。


変化は……ない。


河はタバコに火をつける前後で変わっていない。


男は河拾いをやっていない.......!




俺の仮説は崩れた。


尻尾を掴んだはずが、思い違いだったのか。


手からスルスルとヤツの尻尾が逃げていく。


単に、イカサマとは関係なくタバコを吸いたくなっただけの可能性もある。


しかし、そんなことをするだろうか?


男が、マッチ箱に魔法陣を仕込んでいるとしたら、できるだけそれには触れたくないはずだ。


男にとってマッチ箱はいわば凶器。


刺殺犯にとってのナイフ、毒殺犯にとっての毒物、絞殺犯にとってのロープ。


犯行を成功させるための必要不可欠な最重要アイテム。


それを無為に人目にさらすようなことは避けるはずだ。


人目に触れれば、誰かの記憶にマッチ箱が残る可能性が高まる。


この店の客のほとんどは無料で配られているこの雀荘のマッチを利用するだろう。


しかし、男は自前のマッチを使用している。


しかも、さっきそれをタカさんに貸すことを拒んでいる。


勘のいい人間ならこの行動に違和感を覚えるはずだ。


男からしたらそれは最も避けるべき事態。


その状況でイカサマとは関係なくマッチ箱に触れるとは考えにくい。


では、そもそも、あのマッチ箱はイカサマとは無関係なのか......?




男のこの局の行動を振り返る。


開始早々、親のタカさんが動き出しピンズの染め手の気配。


男は消極的になるかと思ったが、ばあさんの8ピンをチー。


可能な限りあがりを拾いにいく姿勢を見せた。


その後おそらくピンズを引いて、手を曲げる4-6ソウはずし。


その最中にタバコに火をつけた。




ーーーああ、ぬかった。


俺は一つ見落としをしていた。


あるじゃないか、変化が。




河拾いは古典的なイカサマだ。


河の中から有効牌をすり替え、自分の思うように手牌を組む。


一局の間に複数枚すり替えると、イカサマに気づかれるリスクが高まる。


河に多くの牌が並んでいる終盤に一枚だけすり替えるくらいなら、気づかれにくいだろう。


男はそれを徹底していた。局の序盤中盤ではすり替えを行わない。


男が犯行に及ぶのはいつだって終盤、13巡目以降。


そしてこの今も例に漏れない。


俺は、河に変化がないか注意深く探したが成果がなかった。


そりゃそうだ。この局、男は河からすり替えを行っていない。


河からすり替えを行わないからといって、すり替えができないわけではない。


あるじゃないか。男の右手側に。


副露牌だ。


今注目を集めているのは、2つ仕掛けをいれ、染め手のテンパイを匂わせている親のタカさんだ。


男が8巡目に晒した牌には注意が行きづらいだろう。


678で晒されたはずのピンズは567にすり替えられていた。


つまり、男は手牌の5ピンと副露牌の8ピンを入れ替えていた。


なぜそのようなことをしたのか。


理由は簡単だ。男は8ピンの関連牌を引いたからだ。


もしそれが6ピンなら、すり替える必要はない。56ピンで4-7待ちができるからだ。


それが7ピンなら、これもすり替えないだろう。待ちは悪いがカン6ピンでテンパイだ。5ピンと8ピンをすり替えたところで、方あがりの6-9ピン待ち。すり替える意味がない。


考えられる牌は一つ。8ピンだ。


つまり男は6ソウを切ったときには5ピンを、4ソウ切ったときには8ピンを引いたことになる。


今、男の手牌には8ピンが2枚ある。


それを踏まえて考えられる待ちは、8ピンと何かのシャンポン待ち。


もしくは複合形。ピンズ以外で暗刻とリャンメンターツがくっついた形をもっている。この可能性が高いだろう。


男の河から手牌を探る。男の上家に座るばあさんの河も照らし合わせることで、かなり待ちが絞れる。




計画を立てる。


俺はテンパイしてからというもの、有効牌を引けずに、ツモ切りを続けていた。


しかし、これは好都合。いける。


ヤツの待ちが読めた今こそが反逆の好機。


ーーーやるしかないか。


目には目を歯には歯を、イカサマにはイカサマを。


俺は元雀荘店員だ。接客中の麻雀でイカサマなどもちろん一度もしたことがない。


正々堂々と、麻雀に臨んでいる。


しかし、ある程度麻雀に慣れ親しんだ人の中には、遊びでイカサマをしてみたことがある人も多いはずだ。麻雀漫画やVシネマに憧れて。


俺もその口だ。


以前、タカさんとその話をしたことがある。




「山本君は雀龍みたことある?梅井章二のやつ」


「あー、ありますよ。あれに憧れて友達と通しの練習したこともありましたね。」


「やったねぇ〜。懐かしい。今の若い子も同じことやってるんだね。おじさん、感心」


何に感心してるんだよ、このおっさん。


立場忘れるなよ?雀荘店員だぞ?




タカさんの手番。俺はタカさんに目で合図を送る。


そして卓上の右手の人差し指と中指で、卓を小さく2回叩く。


7ピンを切れ、の通しだ。


タカさんが雀龍のドラマを覚えていれば、伝わるはずだ。


タカさんは目を丸くしたが、俺の顔から自信があるのを察したのだろう。


小さく頷くと7ピンをそっと切った。


なんだかんだで頼りになるおっさんだ。


本来なら7ピンは俺のあがり牌。しかし、今はそうしない。


「チー。」


俺は間を置かずに鳴いた。


そして手牌の6・8ピン晒し、2枚ある7ピンのうち1枚を右手で握りこむ。


そのまますぐに、自分が前巡にツモ切った河の西の表面を指で隠し、軽く持ち上げ、強めに叩く。


右手を引く際に、自山の端から2番目の牌を手中の7ピンと入れ替える。


自山から持ってきた不要牌は右手に握ったままにしておく。




……できた。


他家の目には俺は西を切ったように映る。


山に仕込んだ7ピンは次に対面の男がツモる牌だ。


通し、見損切り、送り込み。イカサマのオンパレードだ。


ずいぶん久しぶりにやったが、成功した。




俺が仕込んだ7ピンを引いた男は俺の待ちを推理するだろう。


俺の河には既に4ピンが捨ててある。


4-7ピンはない。


8ピンは男の手に2枚、タカさんの河に1枚、そして俺の副露牌に1枚。


男の目には全ての8ピンが見えたことになる。


つまりカン7ピン・ペン7ピンもありえない。


シャンポン待ちならどうか。


7ピンは男の副露牌と俺の副露牌に1枚ずつ見えている。これもない。


残すは単騎待ちのみ。


俺が7ピン単騎だとしたら、チーをする前は西単騎で張っていたことになる。


それは不自然だ。西は4枚目の牌。単騎待ちでわざわざ持っている理由がない。


つまり、今切られ、俺がチーがした7ピンは盲点になる。


あたるはずが無いと考えるはずだ。


しかし、俺の待ちは7999の形の7・8ピン。




ヤツの尻尾を手繰り寄せ、今では首根っこを掴んでいる。


もう逃げられない。


男がイカサマをしてくれたおかげで、手牌を読むことができた。


そしてそれを逆手に利用した。


相手を見誤ったな。俺の勝ちだ。




下家のばあさんはツモ切りをして、そして対面の男のツモ番。


それはあっさり切られた。


「ロン。ダブ南ドラ4、12000」


男は動かない、固まっている。


まさかそんなはずはない、といった表情だ。


この男にもこんな顔ができるんだな。


ヤツが固まっている隙に立ち上がり、俺のとは対角線上に置かれたサイドテーブルに手をのばす。


「あ!」


男は声をあげるがもう遅い。


俺を止めようと男が動くが、卓に足をぶつけた。その衝撃で、卓上の牌が少し崩れる。


俺は既に左手に移していた不要牌をその中に紛れ込ませる。


そして、右手のマッチ箱を男に突きつける。


「やっぱりか、小賢しいことしいやがって。」

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