東一局二本場

東一局二本場。


この局も3人は速攻に出た。


「ポン!」


「チー。」


「チ、チー」


各々が喰い仕掛け、強引に手を進める。


しかし間に合わなかった。


「リーチ!」


またも一巡回してからのリーチ。


ウサギがチーをした直後のツモ切りリーチだった。


「ツモ!リーヅモドラドラ。4000は4200通し」


待ちは5-8ピン。リーチをかけて2巡後にツモあがった。




俺はガン牌を疑っていた。


この局は特に目を凝らし、牌を観察したが、異変はなかった。


牌はどれも一様で、目立つキズがあるものはない。牌の僅かな使用感の違いや、色味の違いにも気を配ったがそれもない。


牌はどれも精巧に作られ、俺が元いた世界のそれと違いはない。


しかし、1つ気になる点があった。


豚男の指が必要以上に濡れていたのだ。


指が乾燥すると、牌を掴むときによく滑る。それを嫌い、しきりにおしぼりで指を湿らす客はよく見かけた。特に年寄りに多かった。


豚男の指、特に親指は、雫が滴るほどに濡れていた。


そこまで湿らす必要はないだろう。ただの癖ならいいが。




牌山を積みながら思案に暮れていると、豚男の後ろに座る少女のうちの姉が、俺に何やらジェスチャーを送っていることに気が付いた。


少女はまっすぐ俺を見つめたまま、片手の人差し指の腹を頬に付け、角度を変えながら何度も鼻を指さしている。


この少女は豚男のイカサマの種を知っているのかもしれない。


俺を助けようと何かヒントをくれようとしているのか。


鼻?


豚男の顔を見る。鼻孔は正面を向き、突き出ている。いかにも豚らしい大きな鼻だ。


そういえば、以前テレビで見たことがある。


豚の嗅覚は犬よりも優れており、キノコを探すために豚を使うこともあると。


ーーーそうか、そういうことか。


少女のおかげで種が分かった。


匂いだ。


豚男の嗅覚は豚と同じように優れているのだろう。


ヤツはそれをガン牌に利用した。


サイドテーブルに置かれた香水瓶には薄められた香水が入っているのだろう。人間の鼻ではかぎ分けられないほどに薄められた香水が。


それを事前におしぼりに染み込ませておく。


牌山を崩すときにおしぼりで手を湿らせ、目当ての牌に指を擦り付け、マーキングをする。


豚男の指が濡れていた理由はこれだ。


それを東パツから利用できたのは、ゴブリンたちと打っていたときから、仕込みを始めていたからだろう。卓も牌もその時と変わっていない。通常、卓が割れた際には卓と牌の清掃をするものだが、俺たちを案内する前にその時間はなかった。牌は前に使われた状態そのままで俺たちに引き継がれたていた。ヤツにとってはうれしい誤算だろう。


ガン牌は、牌に付けた目印を他家に気づかれてはいけない。しかし、この方法では牌の見た目は変わらない。鼻の良い豚男だからできるガン牌だ。




俺は少女に感謝しながら静かに頷きを返す。


種がかわってしまえば、対策は簡単だ。


東一局三本場が始まろうとするそのとき、俺は動いた。


茶を飲むフリをして、それを卓にぶちまけた。




「おっと、すみません。すみません。つい手が滑ってしまって。」


俺はペコペコと謝る演技をする。


タカさんは俺の意図には気づいていない。しかし、何の意図もなく俺がこのようなことをするはずがない、と考えてくれるはずだ。俺たちの信頼関係は大きい。


タカさんはおしぼりで服に飛び散った茶を拭きながら、少しわざとらしく物申した。


「あちゃ、こりゃ酷いね。卓ごと移動せにゃあかんだろうね」


あわせてくれた。やはり頼りになるおっさんだ。


「おお、やってくれたのお。牌がぐしゃぐしゃじゃないか」


豚男は不機嫌そうに言い放った。


「い、今別卓を準備します......」


ウサギはそう言い残すと代わりのおしぼりをタカさんに手渡した後、ライオンの下へ走っていった。




「どうした?何か気づいたのか?」


タカさんは豚男に聞こえないように、囁く。


「ガン牌ですよ。匂いの。」


「匂い?どおりで気づけねえわけだ」


タカさんも豚男のあがりに対して、何かおかしいとは思っていたのだろう。その種を知って目を丸くしている。


「これで種は潰しました。反撃に出ましょう。」


「おう」


タカさんはそう返事をしたが、何か考え込んでいる表情だ。何かに引っかかっているのだろうか。




ウサギが戻ってきた。


今いる卓の隣の卓で再開するようだ。


各々のサイドテーブルを移動させている。


「何やら小細工をしようとしているのか?だがもう遅い。わしとお前達の点差は絶大。諦めも肝心だぞお、若いの」


豚男は不吉な笑みを浮かべながら語りかける。


よく言うよ。小細工しているのはそっちだろうが。


しかし、これでヤツはもうガン牌は使えない。ようやく平で勝負ができる。


ヤツの言うように現在の点差は大きい。最後のあがりで点差は5万点を超えていた。しかし、まだ東一局。俺とタカさんならなんとかできるはずだ。いざとなったら、こちらも技を使うしかない。さっきの男の時と同じように。




「で、ではこちらに」


ウサギはおどおどと声をあげる。


準備ができたようだ。


これまでと同じ席順で卓に着く。


牌山を積みながら確認する。


牌は比較的新しいように見える。使用感や経年による色褪せも感じられない。


綺麗に磨かれていて、指紋一つない。これならば即席のガン牌もできないだろう。


「では始めるぞ、もう待ったはないぞ」


そう言うと、豚男が賽を振り対局が再開した。

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