東一局三本場

東一局三本場。ドラは4ソウ。


豚男は、今までガン牌に頼った麻雀を打っていた。それを利用するために、局の進行、手組を計画していた。それが封じられた今、ヤツの本来の麻雀を見ることができる。お手並み拝見だ。


現在の点棒状況を振り返る。


豚男63,700 タカさん12,100 俺12,100 ウサギ121,00


点差も問題だが、各々の残り点棒も問題だ。俺は親のマンガンや子のハネマンで飛ぶ点棒しか持っていない。そしてそれは、タカさんとウサギにも共通する。


逆転のためにガンガン攻めて向かいたいところではあるが、出どころや守備も意識しなくてはならない。器用な麻雀が求められるだろう。


卓を変えて早々、俺に勝負手が入った。


役役ホンイツのリャンシャンテン。喰ってもマンガンが見える。


これからの反逆劇を応援するかのような好配牌。


いける。この手ならスピード負けもしないだろう。


対する豚男は、マンズとピンズのみを河に並べていた。


一色手か。


現時点での大きな点差に胡坐をかいているだろう。


超大物手を狙いながらの高みの見物。


舐めたプレイだ。




4巡目、タカさんが中を切った。


「ポン。」


すかさず鳴く。


同巡、ウサギが8マンを切った。


「ポン!」


今度はタカさんだ。タカさんも前局同様速攻を仕掛ける気だろう。


その2巡後、西を引いて暗刻になった。


これでテンパイ。待ちは6-9ピンだ。


7899の形、俗に言う亜リャンメンだ。6-9ピンのどちらで上がってもマンガンの手。


不要になった2ピンを切る。


「チ、チー」


ウサギが鳴いた。ウサギの構えも変わらないのだろう。


子方の3人は尻に火が着いた状態だ。これ以上差を広げられるわけにはいかない。


今の最優先事項は豚男の親を蹴ること、それは共通認識として揺るがないだろう。


3人が速攻に走れば、親が落ちる可能性は高い。平で打つ豚男の雀力がどれほどのものかは分からないが、このスピードに対応するのは難しいはずだ。


その直後、山から牌を引いた豚男の手が空中で止まった。


まさか。そんなはずは......!


豚男はその位置で牌を90度を曲げ、河に切った。


「リーチ!!!」


何度も見たツモ切りリーチ。


もう起こるはずはないと思っていた事象が、目の前で再現される。


積み上げた理論が根底から否定される。


どういうことだ。思考しようにも、脳の伝達回路にラグが生じる。


今起こっていることは、全くの想定外。ヤツのイカサマはもうやりようがないと安心しきっていた。


衝撃による一時的なダウン。冷静な推理のために、頭を回転させようとするが、思考の歯車は空転する。




ヤツのイカサマは封じたはずだ。


ガン牌を使えないなら、ツモ筋の調整も、そのための数巡回しも必要ない。


テンパイ即リーチでいいはずだ。


ヤツはもうツモ切りリーチをかける必要はない。


なら、何故。


そもそもガン牌など仕組んでいないのか?


「おい」


じゃあ、ヤツのあがりのカラクリは……。


「おい、お前の番だぞ」


その声で、深海にダイブしていた意識を取り戻す。


視線を正面に向けると豚男が嫌らしく笑みを浮かべている。


「フガガガ!戦意喪失か?小賢しい企みも潰えたか、フガガガ!」


そうだ、正気を失ってる場合ではない。


推理は振り出しに戻ってしまったが、できることはある。ヤツはツモ切りリーチの後、必ず数巡以内でツモあがる。ツモ筋を調整していることは間違いないだろう。


ならば、そのツモ筋をずらしてやればいい。


「チー!」


タカさんが切っていた7ピンを鳴いた。


これまでは、ヤツのイカサマの種が判明していないが故に、自分の手を崩してまで無理に鳴く必要はないと考えていた。しかしもう、そう言える状況ではない。


ヤツはきっとソウズの一色手。ドラは4ソウであるため、かなりの高打点が想定される。


自分のあがりを捨ててまでも、豚男のあがりを潰さなくてはならない。そうしなければ、待っているのは死。やれることは、全部やる。たとえ、それが無駄な足掻きだったとしても。


7ピンを鳴き、西を切る。街は6-9ピンからカン8ピンに変化した。待ちは悪くなったが、致し方ない。背に腹は代えられない。




豚男のツモ順。ヤツは握りこむような盲牌の後、3マンをツモ切った。


一発は逃れた。しかし、一息つく暇はなかった。


「ポン」


これに声が掛かった。ウサギだった。


まずい、これでは意味がない。


さっきの俺のチーで豚男のツモ筋は、1つ前にずれている。


しかし、ウサギのポンで1つ後ろに戻された。


つまり、次に豚男がツモる牌は、リーチ後一発目にツモる予定だった牌そのもの。


ウサギがこれから切る牌が鳴ける牌であることを祈るしかない。


手の内から出てきた牌は中。ポンカスだった。




豚男は欲望に溺れ切った醜穢な表情で、牌山に手を伸ばした。


そして、時間をかけてねっとりと盲牌をした後、その手を大きく振り上げた。


それは己の絶対的な力を見せつけるように、そして己の勝利を宣言するように。


ヤツはその手を勢いよく振り下ろし、牌を叩きつけた。


「ツモ!!リーヅモ清一色一通ドラ1。12000は12300通しだ!!」


目の前が真っ暗になった。




終わった。全てが終わった。


人生を丸々賭けた一世一代の大博打は大敗に終わった。


ヤツがイカサマをしていることは間違いない。


しかし、その種を見破れなかった。


それについて今更考えても、もう遅い。


俺もタカさんも飛び。負け額の合計は、一千万ゴールド近くになる。


払えるはずがない。タカさんは、負けたら店を売ればいいと言っていたが、それで足りるだろうか。


もしも借金を抱えることになったら。


お世辞にも治安が良いとは言えないこの世界。弱い者は強い者に貢ぎ、騙され、搾取される社会システム。持たざる者は淘汰される優勝劣敗の世論の潮流。


逃げることはできないだろう。


これから俺たちはどうなるのだろう......。


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