交渉

「フガガ!フガガガガ!全員飛びか!まさにパーフェクトゲーム。もう少しやる連中かと思ったがのう。思い違いじゃったわい!」


豚男は、唾をまき散らしながら大笑いしている。諸手を挙げ今にも踊りだしそうな勢いだ。


俺たちはヤツに負けた。もう、煮るなり焼くなり......。


「いや、まだだ」


タカさんが呟いた。


「まだ終わっていない」


何を言ってる。俺たちは飛んで......。


「誰が1半荘勝負と言った。ウサギ!次の半荘の準備をしてくれ!」


タカさんは徐々に語気を強めながら言い放った。


「何を言っておる?貴様らの負け額は約一千万ゴールド。そんな金、持ち合わせているのか?このゲームの精算が終わらぬままでは、次は無い」


豚男の言う通りだ。精算が済んでいないまま、次の半荘に入るバカはいない。


相手が金を持っていなさそうな風体ならなおさらだ。


「金はない。だが、これがある」


タカさんはそういうと、ズボンのポケットから懐中時計を取り出した。


「それは。」


思わず口が動く。サファイア色の懐中時計。見覚えがある。


魔法使いの男がサイドテーブルに置いていた代物だ。


「これを支払いに充てる」


タカさんは、豚男に見えない角度で俺にウィンクした後、胸を張って懐中時計を突き出した。


このおっさん、手癖が悪い......。きっとどさくさに紛れてくすねていたのだろう。


「ん?それは国立魔法学院で修了記念に配られる懐中時計。優秀な魔法使いのみが持つことができる、知識と技の修練の証。なぜ貴様がそれをもっている?」


豚男は少しうろたえた様に見える。この懐中時計に十分な価値がある証拠だ。


「拾ったんだよ。別にいいだろそんなこと。お前にはこれの価値がわかるな?なら勝負だ」


このままの勢いで丸め込みたいようだ。一気にまくし立てた。


「レートは今の倍。1000点200000ゴールド。卓も、席順も同じで構わない。どうだ?やるだろ?」


タカさんは挑発的な目で豚男を睨んでいる。


倍のレート。タカさんの思考が読めた。


次で全部取り返す。少女たちも頂く。至って簡潔、そして豪快な提案。単純明快、実にタカさんらしい考えだ。


「フッ......。」


思わず吹き出してしまった。


幸い誰にも気づかれていないようだ。皆、豚男の返答に注目していた。


「その懐中時計には確かに価値がある。だが、倍のレートには釣り合わない。貴様らが負けた場合、負け額の合計は2千万ゴールドを優に超えることになる。それだけでは到底補いきれない」


この懐中時計の価値が具体的にいくらくらいなのかは想像できない。しかし、豚男の言っていることに嘘は無いように感じた。ヤツは大量の金や宝石を体中に身に纏っている。モノを見る目はあるのだろう。


「ならば店も賭ける。俺たちの店だ」


タカさんはとうとう口にしてしまった。俺たち唯一の財産”きんたろう”。


俺はさっきの半荘に臨む前から、もし負けて支払いができなくなったら、店を手放す覚悟はしていた。しかし、それは俺とタカさんの間だけの共通認識。豚男にとっては初耳だ。


「店?」


「ああ、麻雀屋だよ。


俺たちの店には全自動卓がある。牌山を積む必要も、配牌を取る必要もない。


そんな卓、見たことないだろ?


俺たちはこの世界ではない遠いところからやってきた。店ごと一緒にな。


どうだ、興味があるだろう?」


ライオンはカウンターの中からこちらを眺めていたが、タカさんのこのセリフに反応したように見えた。俺たちが異世界から来たことに興味があるのだろうか?それとも、全自動卓か?


「そんな卓がうちには8台もある。他にも、火も魔法も使わない照明器具や調理器具、水が無限に湧き出る管もある。こっちの世界にはない代物が目白押しだ」


そうだ。たしかに、蛍光灯も水道も大きなアピールポイントだ。なぜうちの店だけが、電気もガスも水道も使えるのかは分からないままだが、そんなこと今はどうでもいい。


ヤツに店を高く売り込む。それだけが狙いだ。


豚男は少し考えた後、ゆっくり語りだした。


「ふむ。異世界の麻雀卓か。おもしろい。わしも一人の麻雀打ち。興味が惹かれてしかたがない。


他にも異世界の道具で溢れた貴様らの店、この世界にない代物にいくらほどの価値を見出せばいいかは分からぬ。しかし、その時計と貴様らの店で、この勝負、釣り合いが取れているとしてやろう」


交渉は成功したようだ。


半ば強引で詐欺師まがいのやり口。


タカさんは、”きんたろう”のカードを切る時期を見定めていた。


一千万負ける可能性がある試合の前より、二千万負ける可能性がある試合の前の方が、それの価値をより高く見せられる。


最も効果的なタイミングで、その価値を最大限に引き上げる物言いで、それを見せつけた。


ヤツはそんな隠し玉があることに驚いただろう。


少ないカードで次の半荘の挑戦権を勝ち取った。


今は、おっさんの話術に素直に感嘆する。




だが、勝算はあるのだろうか?


ヤツの手口は未だ見破れていない。このまま再戦しても意味がない。負け額が膨らむだけだろう。


しかし、タカさんが何の目論見もなく、俺たちの全てを差し出すギャンブルを提案するとは思えない。


タカさんは何かに気づいているのか......?




「話は決まりだな。その前にちょっとトイレ」


タカさんは俺に、お前も来い、と手で合図する。


「じゃ、俺も。」


俺たちは入り口入って左奥にあるトイレに向かった。


カウンターの前を横切った際、ライオンが俺たちの足を止めた。


「お前たちに聞きたいことがある。勝負の後で構わない。時間をくれないか?」


聞きたいことがあるのはこちらも同じだ。この店の成り立ち、この世界の麻雀事情、他世界から来た人々に関する情報。当初の主目的はそっちだった。それを忘れるほど、勝負の世界に入り込んでいた。


ライオンもその気なら丁度いい。


「ええ。こちらにも伺いたいことがあります。後で時間を取りましょう。」


「わかった。今日来たばかりなのに、こんな無茶なギャンブルに付き合わせてしまって、申し訳ない。武運を祈っている」


ライオンは、淡々と話し終えると、視線を俺達から逸らした。もう行け、という意味だろう。


ここで長話をしていると豚男に怪しまれる。俺たちは、すぐにカウンターを離れ、トイレに入った。


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