東一局・東一局一本場
東一局。ドラは9ソウ。
皆が手なりで進めているようだ。偏った切りは見当たらない。
豚男の先ほどまでの騒がしさはなく、牌の音だけが響く静かな立ち上がりだった。
5巡目、俺はタンヤオのイーシャンテンになっていた。
手は安いが、鳴ける所は鳴いて、親を蹴ることに照準を定めよう。
次巡、タカさんが3ピンをツモ切った。
「チー」
すかさず鳴く。そして打5マン。
これでテンパイ。待ちは3-6マン。
1000点の手だが親を蹴る意義は大きい。
その2巡後、豚男が手の内から北を切る。
「ポン!」
ウサギは力み気味に発声した。
こちらも、俺と同じ考えだろうか。
その直後の豚男の手番。
ヤツは、ツモってきた牌を空中で90度曲げた。
「フガガッ、リーチ」
鼻で笑いながら卓上を確認した後、リーチを宣言した。
ツモ切りリーチ?
さっきの北切りですでにテンパイしていたのか。
即リーとはしなかったことに何か意味があるのだろうか?
次巡。
豚男は、その太い指でギュッと握りこむように盲牌をしてから、高く振り上げ、それを勢いよく卓に叩きつけた。
「ツモ!リー即ヅモチートイドラドラ。」
そのまま王牌に手を伸ばす。裏ドラをひっくり返さないまま、自分だけ確認し、元に戻す。
「裏ドラはサービスしてやるわい。6000通しの1枚だ」
東パツから大きなあがりがでた。開局早々の一撃に脳が揺れる。
考えないことで気を落ち着かせていたが、これはこっちの世界での生活を丸々賭けるような大勝負。もし負けたら、というイメージが脳内を走り回る。
落ち着け、今は考えるな。焦るにはまだ早すぎる。
豚男は余裕の表情で、おしぼりで手を拭いた後、牌をかき混ぜ始めた。
それにしても、あのツモ切りリーチは一体何だったのだろう。
しかも示し合わせたような一発ツモ。
あがり牌はドラの9ソウ。チートイツのドラ待ちは珍しいことではない。しかし、
一巡回すことに何か意味があったのだろうか?
東一局一本場。
良い配牌が入った。ドラが1枚、赤が1枚のサンシャンテン。一気通貫も狙える手だ。
タカさんは序盤からマンズとソウズの中張牌を連打している。ピンズの染め手か、国士か。どちらにせよ、大物手狙いだろう。
タカさんの麻雀は、窮地に陥ると大振りになりやすい。普段なら、親の跳満をツモられたくらいではそうはならないが、今は事情が事情だ。タカさんも平常心では打てないのだろう。
俺は8巡目にタカさんが切った牌をチーした。
9巡目にも立て続けにチー。
ダマで進めれば大きく育ちそうな手ではあるが、ここは親を落とすことを優先した。
待ちはペン3ソウ。一通ドラ赤、3900点のテンパイだ。
その2巡後、タカさんが切った8ピンをウサギがポン。
タンヤオの仕掛けだろうか?
その直後の豚男の手番。
「フガガガ!」
豚男はツモってきた牌を空中で90度曲げる。
またか。
「リーチ!」
2回続けてのツモ切りリーチ。
今回は一巡ではない、もっと前から豚男はツモ切りをしていた。どういうことだ?
場に緊張が走る。
また一発でツモる気なのだろうか。
タカさんは降りに回ったのだろう。安牌の1ソウを手の内から切った。
引けっ!3ソウ!俺は念じながら牌山に手を伸ばす。引いたのは9ピン。親のリーチに通っている牌ではない。
しかし俺もテンパイしている。降りるのは些か消極的過ぎるだろう。ウサギが8ピンをポンしたおかげで、9ピンがワンチャンスになっている。尚の事行きやすい。
俺は9ピンを叩き切った。
声はかからなかった。
ウサギは手の内から安牌を切り、豚男の手番となった。
リーチの一発目、皆が固唾を呑む。
豚男は欲望に満ち満ちた顔で、手を伸ばす。
そして、握りこむような盲牌をしたあと、それを河に捨てた。7マンだった。
一発ツモではなかったことに、俺は胸をなでおろす。
その3巡後、俺はまだあがれずにいた。
タカさんに差し込みを要求するべきだろうか?
いや、俺の待ち3ソウは親のリーチの現物ではない。ダブロンの可能性がある。それはできない。
両脇の2人は完全に撤退したようだった。
俺と豚男の一騎打ちになる。負けるわけにはいかない。
しかし、軍配は豚男にあがる。
「ツモ!リーヅモ。お、裏1。2600は2700通しの1枚だ。」
くっ、引き負けたか。豚男の待ちはカン5マン。俺と大差のない待ちじゃないか。
勝負の神を恨むしかない。
豚男はおしぼりで手を拭いた後、牌山を崩した。
皆もそれに続く。
しかし、引っかかる。
2回続けてのツモ切りリーチ。
理由がないわけがない。
何かあるはずだ。きっとそこには簡単には見破れない"何か"が。
牌山を積みながら考える。
前の卓で、魔法使いの男はイカサマをしていた。魔法を使った巧妙なイカサマだった。
それに対する、ライオンの対応は冷静で、こなれていた。
こっちの世界ではよくあることなのだろうか。
俺が雀荘店員を始めてから数年が経つ。
しかし、イカサマを目の当たりにしたことは一度もなかった。
同僚や客との世間話で、遠い他店や、昔に起きた事件が話題に上がることはあった。
が、そんなことが話題の種になるくらいには、それは滅多にお目にかかれるモノではなかった。
雀荘でイカサマをしようなど馬鹿げた話だ。
雀荘のフリーで打つ麻雀は友達間でワイワイゆるくやるそれとは違う。
それぞれが真剣に考え、勝負し、常に卓上の牌を凝視している。
その後ろではメンバーが立ち番で目を光らせており、怪しい動きは咎められる。
イカサマをさせないためのルール・マナーが店ごとに明記されており、初遊戯の前にそれを説明されるのが一般的だ。
こっちの世界ではそれがないのだろうか。
新規の客である俺とタカさんは何の説明もなく通された。
店を見渡しても、ルールやマナーに関する注意を促す表示はない。
誰でも不満なく遊べるように決めごとを作るのではなく、麻雀に不正は付き物とし、不正を見抜けなかった方が悪いというスタンスなのだろうか。
この店に入ったときに感じた、殺伐とした雰囲気はそれのせいなのかもしれない。
もし、この豚男がイカサマをしているとしたら、その種は何だ?
東一局ヤツは、テンパイ即リーはせず、一巡回した後にツモ切りリーチをかけた。そして一発ツモ。
次局では数巡回した後にツモ切りリーチをかけた。一発ではなかったが、4巡後にツモあがり。
これだけから考えるならば、ガン牌だろうか。
これも古からある技で、トリック自体は極単純なものだ。
牌に他家が分からないような目印を付け、それを利用する。
目印はキズだったり、汚れだったり、仕掛けた本人のみが識別できるものであれば何でもよい。
豚男は牌に何らかの目印をつけて牌を見分けていたとしよう。
まず、牌山の中から目印がついた牌を見つける。そしてそれが当たり牌になるように手を組む。
自分が目印をつけた当たり牌を引くためには、そのツモ筋に自分がいなければならない。そのための一巡、もしくは数巡の回し。
他家に鳴かせ、ツモ筋を操作する。目当ての牌のツモ筋に自分が来たらリーチをかける。
これで目当ての牌を引くことができる。
では、2回目のあがりが一発ツモではなかった理由は何だろうか?
例えば、同じ目印をつけたガン牌が複数あるとしたら。自分のツモ筋にガン牌がいくつかあるが、それらがどの牌であるかは正確には分からない。
一つ目が欲しい牌ではなかったとしても、二つ目が当たり牌かもしれない。
正確に牌を見分けられなくても、数種類に絞り込めるだけで大きなアドバンテージを得られるだろう。
この理屈なら筋が通る。
ならば牌につけた目印は一体なんだ?
ゴブリンたちと打っていた時は、全て東場で終わったと言っていた。
俺たちが別卓で1半荘打っている間に、こっちでは数半荘終わっていたようだ。
東場の、それもかなり早い段階で誰かが飛び、ゲームが終了しつづけたということになる。
それならば、ヤツは必ず次も仕掛けてくる。
ヤツがイカサマをしていると確定したわけではない。
しかし、ヤツの挙動、表情、牌、全てを警戒して注視しなければならないだろう。
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