美月ちゃん
「いらっしゃいませー!」
今日も、美月ちゃんは元気いっぱいに客を出迎える。
「あ、ご新規さんですか。山本さん!ルー説いってきます!」
「はーい。」
彼女は半年前にうちでアルバイトを始めた大学生だ。
麻雀はまだまだ勉強中だが、元気でハツラツとした接客は客からの定評がある。
今では”きんたろう”の看板娘と言っても過言ではない。
小柄なショートカットが店内を小忙しく、行ったり来たり。
おじさんばかりの店内で唯一の癒しをもたらす存在だ。
「田中さんラス半だって。今ラス前。次、ご案内して」
俺は本走に入りながら、待ち席で接客中の美月ちゃんに指示を出す。
「了解でーす!」
カーテンの隙間から朝日がこぼれている。
もうすぐ交代の時間だ。引継ぎの作業を済ませておこう。
俺は事務作業のため椅子に腰掛ける。
美月ちゃんが雑務をこなしながら話しかけてきた。
「ふう、今日もつかれましたね。ご新規さん優しそうな方でしたね」
「そうだね。常連になってくれるとうれしいね。お疲れさん。」
当たり障りのないごく平凡な言葉を返す。
彼女は手を止めて俺のすぐそばに来た。
「はいっ、あの、山本さんちょっとご相談があるのですが」
俺も手を止めた。
「ん?どうしたの?」
「実は今月いっぱいで辞めようと思ってまして」
突然の話に驚きを隠せない。
「え、まじ?社長には話した?」
彼女はまるで台本でも用意していたかのようにさっと言葉を返す。
「いえ、まだなんですが、とりあえず同番の山本さんに先にお伝えしようと思いまして」
想定内の質問だったのだろう。
「そっか。寂しくなるね......。」
正直な感想だった。しかしその後の言葉につまる。
少し間を置いてから彼女は返事をした。
「はい......」
返事にいつもの元気はなかった。
「美月ちゃんこの春で4年生だっけ?就活?」
彼女は困り顔で少しうつむき加減で話す。
「そうなんです、就活もあるし卒論もあるし......手いっぱいで」
「なるほど、忙しそうだね。いろいろ大変だろうけど頑張ってね。たまには遊びにおいでよ。」
また、ごく平凡な言葉を返してしまった。
「はい、もちろんですっ!」
美月ちゃんは俺たちがこの世界に飛ばされたあの日の、数日前に店を辞めていた。
彼女が店にいた期間はわずか半年と短かった。しかしあの間、店には活気があった。
うちは男性客がほとんどだった。店員も全て男。タバコの煙が立ち込める店内では、牌の音とジジイ同士の下世話な会話ばかりが聞こえていた。
美月ちゃんはそれを変えた。ように思う。いや、実際は変わっていないのかも。
だが、若い女性が店に一人いるだけで、雰囲気は大きく違っていた。
雀荘にトラブルは付き物で、いさかいは頻繁に起こる。その大半は、麻雀の調子が悪い客の八つ当たりが原因だった。
しかし、美月ちゃんが入ってからは、そんな下らないいさかいも減っていたように感じる。
皆が美月ちゃんに癒され、元気をもらい、客の笑顔が増えていたように思う。
看板娘か......。
少し考えたあと返事をした。はっきりと。
「乗った。やりましょう。」
「まじ?否定されるかと思ってた」
タカさんは少し首を傾げた。
「毒を食らわば皿まで。負けた時はこの異国の地で潔く散りましょう。」
勢いのままに、思ってもいないことまで口走る。そうすることで、このふざけたギャンブルに挑む勇気を奮い立たせる。俺もただのギャンブル狂いなのかもしれない。
「え、そこまでの覚悟はないけど」
タカさんは少し肩を下げながら、眉をひそめて言った。
このおっさんはまったく……。
締まりは悪いが、結論は出た。
俺たちの様子を見て豚男が口を開いた。
「話は済んだようだな。始めよう。待ちくたびれた」
豚男は意地の悪い笑みを浮かべながら、こちらに手招きをした。
ヤツを負かして、少女らをもらう。4人で”きんたろう”を再オープンさせる。そして、この世界で豊かに、余裕のある生活を送る。
でたらめな計画かもしれない。それでもいい、その方がいい。
俺たちが賭けるのは金ではない。人生そのものだ。負ければ破滅。そこからは逃れられない。
その分、勝った時の報酬には夢をありったけ上乗せしたい。それでやっと、互いの賭け値がイーブンになる。
ギャンブルには慣れているつもりだった。だが今だけは浮き足立ってしまう。
負けることは考えるな。勝つことだけに集中しろ。
自分に言い聞かせ、足を前に動かした。
「負けても面倒見ないからな」
ライオンは呆れながらそう吐き捨て、踵を返した。
「じゃ、じゃあこちらへ」
ウサギが準備のために、駆け足で卓に向かった。
「美月ちゃんかわいかったな~。」
俺は席に案内される最中、独り言のつもりで小さく呟いた。
が、タカさんが間髪入れずに突っ込んできた。このおっさん耳が良い。
「どうした急に。めずらしい」
「あ、さっきの看板娘の話で思い出しまして。」
タカさんは目を細めて、からかうような笑みを作る。
「山本君のお気に入りだったもんな」
「いや、みんなのお気に入りでしょ。」
「確かに」
即答だった。それほど美月ちゃんは皆に愛される存在だった。
彼女は間違いなく”きんたろう”に必要な人材だった。
俺は、豚男が連れている少女たちに彼女の影を重ねたわけではない。
少女に救けを求めるような目で見つめられたからでもない。
ただ、自分たちに足りないモノを補うためには、この勝負に乗るしかないと考えたから。
そう考えたから、牌を握るんだ。
決して情に流された訳ではない。
俺は豚男の対面に、タカさんは豚男の下家に座った。空いた席にはゴブリンたちの時と同様、ウサギが入った。
豚男が賽を振る。起家は豚男だ。
「では、よろしく」
「「よろしくお願いします。」」
またハモった。ハモるのはメンバーの性か。なぜだろう、他のメンバーとハモってもどうにも思わないのに、このおっさんとだけは少しイラっときてしまう。
「よ、よろしくお願いします......」
最後にウサギが挨拶をして対局が始まった。
俺たちの人生を丸々賭けた、一世一代の大博打が始まってしまった。
「わしの出親か。さっきの連中は、みな東場で飛びおったぞ。連中よりは骨太であることを願うぞ!フガガガガ!」
豚鼻を鳴らしながら男は笑う。
その脇には首輪をされた少女たちが床に座っている。
歳はハタチ前後に見える。ぼろい布一枚だけを身にまとい、靴も履いてない。
足には擦り傷が目立ち、肌は砂をかぶっている。
妹は俯いたままで表情は見えないが、頬に大きな痣が見える。コイツに殴られたのだろう。
姉は妹の手を握ったまま、じっとこちらを見つめている。
『大丈夫、救けるよ。』
俺は目で語りかける。
姉はゆっくりと頷いた。
豚男はもう一度賽を振り、配牌を取り始める。
豚男の手は大きく、丸々としていた。
指は太くて短い。大きな宝石が付いた指輪をいくつも嵌めている。
いかにもな成金趣味だ。
サイドテーブルには金ピカの腕時計と、繊細なガラス細工が施された香水瓶、そして蛇皮の大きな財布が置いてある。
これみよがしに見せつけるように置かれたそれらは、顕示欲の表れだろう。
俺の対面のウサギは終始小刻みに震えており、何かに怯えているようだった。
その様子で大丈夫なのだろうかと、心配していたが、それは無用だと気づく。
配牌を取る動作はスムーズで、怯えを感じさせない。
メンバーの矜持だろうか。牌に触れると、ウサギの顔が引き締まった。
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