東場

東一局一本場、終盤に差し掛かったところで、対面の男が動いた。


「リーチ」


男はタバコに火をつけてから、リーチを宣言した。


5ソウ切りリーチ。


男の河には序盤に切った1ソウとこの5ソウ以外にソウズは切られていない。


他の色はまばらに切られている。


3-6ソウや4-7ソウあたりが本線だろうか?


他の牌が当たる可能性ももちろんあるが、ソウズは切りづらい河だ。


タカさんは、男のリーチには一切リアクションをくれず、牌山に手を伸ばした。


そして小考の後、3マンを切った。


5巡目に切られた6マンの筋を追ったのだろう。それがリーチに刺さった。待ちはカン3マン。


「ロン」


男はタバコを口に咥えたまま言った。


「メンタンソク赤、8000は8300の2枚」


さっと裏ドラをめくり、まるで予定調和のように点数申告を行う。


「はい」


タカさんはすぐに点棒と金を渡したが、顔は少し歪んでいるように見えた。悔しかったのだろうか。




対面の男はすぐに手配と牌山を崩し、洗牌を促す。他の3人も後に続く。


「手積みなんていつぶりだろう。」


牌をかき混ぜながらつぶやく。


「俺は学生ぶりだなあ」


タカさんが少し上を見つめる。昔を思い出しているのだろう。


それぞれが牌を裏返しながら17枚を手元に集め横一列にする。それをもう一度繰り返し二段の牌山を作る。


かなり久しぶりにやったが思ったより手が覚えているものだ。


牌山を崩すことなく自分の分をやり終えた。


最後にばあさんの分が出揃った後、東二局が始まった。ばあさんの親だ。賽の目は8。俺は自山を右から8枚目で区切ってやった。


「どうも」


ばあさんが微笑みながら配牌を取り始める。




気づけば後ろにいたライオンは居なくなっていた。俺とタカさんの所作を見て、麻雀に慣れた客だと判断したのだろう。


今は、入口すぐのカウンターでウサギに対して何やら説教をしている。


客前でやるなよと思いつつも、この世界で自分の常識を振りかざすのは間違いだということは既に学習している。


ウサギが不憫に見えたがそっとしておこう。




ドラは發。


8巡目、イーシャンテンの俺は受け入れを最大にするために、發を手放した。


「ポン」


男が仕掛けた。


卓上の空気が一気に張り詰める。


ばあさんはその後、安牌を連打していた。


奥ゆかしいばあさんだ。好感が持てる。


しかし15巡目、ばあさんが小考に入った。


安牌がなくなったのだろう。


対面の男は暇を感じたのか、新しいタバコに火をつけた。


ばあさんは、男の河をじっと見つめた後1ピンを切った。


2巡目に男が切った2ピンの外側の牌だ。


セオリー的には当たりにくい。


「ロン」


対面の男は流れるように点数申告を行う。


「發ドラ3。8000点」


待ちは1-4ピンであった。


ばあさんはあっけにとられた様子だったが、すぐに点棒を支払った。


この男なかなかやる。さっきのカン3マンといい、序盤に手牌の形を固定してしまう癖があるのだろうか?




東三局が始まろうとしたところで、店のドアが開いた。


豚頭の大柄な男と、貧相な姿をした人間の娘2人が入ってきた。


豚男は大量の装飾品で身を固めている。いかにもな金持ち風だ。


2人の少女には首輪がされており、その手綱は豚男が握っている。


顔がよく似ている。姉妹だろうか。


豚男はライオンと少々の会話を交わした後、店の一番奥の卓に座った。


するとすぐにもう一度店のドアが開かれた。


次に入店してきたのは屈強そうな男2人組だ。肌は赤黒く、岩のようにごつごつとした見た目だ。きっとあれはゴブリンだろう。この世界にはハイゴブリンという種族も存在するらしいが、まだ見たことはない。


ゴブリンたちは豚男がいる卓に真っすぐ進み座った。それを追いかけるようにウサギも卓についた。あちらでも対局が始まるのだろう。


よそ見している暇はない。


今はこの対局に集中しよう。




東三局はあっという間に終わった。


タカさんが序盤から仕掛け、あっさりツモり、500-1000のあがりとなった。


現状トップ目の男の親番だ。速攻で親を蹴りにいったタカさんの作戦が成功した形になった。




迎えた東四局、またも対面の男があがった。


「ロン。リーチドラ。裏1。5200点の1枚」


相変わらずの咥えタバコで点数申告をしていた。


振り込んだのはタカさんだ。


タカさんはまたもこの男の筋を追い放銃してしまった。


しかし、俺はこのあがりに強烈な違和感を覚えていた。


男の河にはマンズ以外の数牌が多く切られている。


マンズはリーチ宣言牌の6マンだけ。


ピンズやソウズのターツ外しも含まれており、かなり派手な河になっていた。


俺を含め皆、この男はマンズの染め手に向かっていると考えていたはずだ。


しかしあがった形はペン7ソウ。


8ソウと9ソウ以外はマンズの手牌。


序盤に4ソウや8ソウが切られた河で7ソウが盲点になりやすいのはわかる。


しかしなぜ8ソウと9ソウを持っていた?


染め手に行くまでの安牌として抱えるならば、もっと優先される牌があったはずだ。


13巡目ではあったがリーチ宣言牌の6マンも含め手牌のマンズの形は優秀で、多くのプレイヤーがテンパイをとらず、89ソウを落として染め手に向かうだろう。


この男の意図がわからない。


「またひかかったかぁ~。キツイなぁ~」


振り込んだタカさんはあまり男の手牌の異常性は気にしていないようだ。


おっさん、しっかりしてくれ。


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