第4話 放課後、お姉さんと料理する
予備校の授業が終わり、俺はいつものようにケイさんの自宅へ向かった。玄関から部屋に上がると、なんだか妙な匂いがする。
「お~、マサくんいらっしゃ~い」
「あの、ケイさん……」
「な、なんだい?」
「またカップ麺を食べましたね?」
俺の一言に、布団にくるまったケイさんがギクッとしていた。台所に行ってあたりを見回すと、やっぱりカップ麺の容器が置いてある。
「ほらー!!」
「ち、違うんだよマサくん」
「何がですか!!」
「今朝は時間がなくて、それでつい」
「朝から食べたんですか!?」
「あう」
ケイさんは弱々しい声を漏らし、しゅんとしていた。この人、気を抜くとカップ麺ばっか食べるからなあ。
「たまにはいいですけど、こればっかりじゃ健康に悪いって言ってるじゃないですか」
「分かってるよお……」
「それで、今日の晩御飯はどうするつもりだったんですか?」
「……カップ麺」
ケイさんは恥ずかしそうに下を向き、そう答えた。とは言っても、勉強ばかりの浪人生活で自炊する余裕を持てっていうのが無理なのかもしれないな。
「冷蔵庫開けてもいいですか?」
「構わないけど、どうするんだい?」
「いえ、ちょっと……」
了承を取り、俺は冷蔵庫を開けた。お、意外にもいろいろと入っているじゃないか。これなら大丈夫そうだ。
「ケイさん、一緒に料理しませんか?」
「え?」
「たまにはいいじゃないですか。ほら、布団から出て」
「あ~れ~~」
俺が布団を引きはがすと、ケイさんはゴロゴロと転がり出てきた。「あ~れ~」って、時代劇じゃないんだから。
ケイさんは渋々台所に来て、手を洗っていた。こういうところはマメなんだな。
「じゃあ、俺はこっちをやりますから。ケイさんはお米研いでください」
「分かったよ」
俺は野菜を洗い、包丁で適当な大きさに切り始めた。ケイさんはザーザーと音を立てて、米を研いでいる。意外にも慣れた手つきで、思わず感心してしまう。
「ケイさん、料理とか好きなんですか?」
「実家にいた頃は手伝わされてたからね。……母親に」
「ああ……なるほど」
それなら納得である。ケイさんは間もなく米研ぎを終え、炊飯器にセットしていた。俺も野菜と肉を切り終えたので、鍋に火をかけて炒め始める。
「おお、うまいねマサくん」
「これくらいは普通ですよ。あ、水汲んでください」
「はいはい、分かったよ」
ケイさんは計量カップに水を汲むと、さっと鍋に加えた。しばらくすると、コトコトと音を立てて沸騰し始める。そろそろ――と思っていると、既にケイさんがルウを手に持っていた。
「はい、マサくん」
「ありがとうございます」
俺はそれを受け取ると、サッと鍋に入れた。段々と溶けていき、煮汁の色が茶色に変わっていく。
「そろそろですかね」
「うん、いい匂いだねえ」
ちょうどご飯も炊けたので、俺は火を止めた。いつの間にか晩飯時だし、丁度いいな。ケイさんが器に白飯を盛ってくれたので、俺はそれを受け取り、その上からカレーをかけた。ケイさんがもう一枚の皿を取ろうとしていたので、俺はそれを制した。
「ああ、僕の分はいいですよ」
「え、食べていかないのかい?」
「家に夕飯がありますから」
そう返事をすると、ケイさんはなんだかもじもじとしていた。不思議に思っていると、彼女は静かに口を開いた。
「……一人で食べるの、さみしい」
「え?」
「マサくん、一緒に食べてくれよ」
そう言って、ケイさんは皿にちょびっとだけ白飯を盛った。一瞬戸惑ったが、俺は彼女の意図を理解して、その上からちょっとだけカレーをかけた。
「さ、食べようじゃないか」
「はいはい」
嬉しそうにカレーを手にするケイさんの姿に、こちらまで表情が緩んでしまう。ちゃぶ台の物をよけて、俺たちは器を置いた。
「じゃ、いただきまーす!」
「はい、いただきます」
食前の挨拶をして、スプーンを手に取った。そしてカレーを口にして、ほっと息をつく。我ながらよく出来てるな。ケイさんも美味しそうに頬張っており、なんだか幸せそうだ。その仕草に、思わず心中を漏らしてしまう。
「あの、ケイさん」
「なんだい?」
「……やっぱり、ケイさんは可愛いですね」
「ッ!」
次の瞬間、ケイさんは激しくむせてしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「急に、そんなこと……! ゴホゴホ」
「ケイさん、ほら水飲んで!!」
「すまん、ゴホッ」
俺からコップを受け取ると、ケイさんはゆっくりと水を飲んだ。どうやら落ち着いたようだったが、その顔はすっかり紅潮してしまっていた。
カレーを食べ終えたので、俺は帰る準備を始めた。やれやれ、今日は全く勉強できなかったな。
「ケイさん、明日の朝の分も残ってますからね。温めて食べてくださいよ」
「分かってるよお」
「じゃあ、帰りますから」
俺はそう言って、玄関へと足を向けた。いつものケイさんは布団にくるまったまま「バイバイ」などと言ってくるのだが、今日は珍しく玄関まで見送りに来た。
「あれ、珍しいですね」
「まあ、たまにはな」
「では、これで――」
「ねえ、マサくん」
「ん、なんです?」
「……いつか、君が帰らない日がやってくればいいのにな」
俺の顔まで、赤くなってしまった。
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