第7話 放課後、お姉さんとかき氷を食べる
梅雨も明け、夏本番となった。前期の授業も一通り終わり、明日からは夏休みだ。と言っても、夏季講習がぎっしり詰まっているのだが。
俺はいつも通り、ケイさんの部屋で勉強している。エアコンも直り、すっかり快適だ。カリカリと問題集を進めていると、ケイさんが台所で何かしているのに気づいた。
「ケイさん、何してるんですか?」
「見たまえ、文明の利器だ」
そう言って、ケイさんは段ボール箱から何かを取り出した。物置き用の台……? いや、よく見るとハンドルがついている。これ、もしかして……
「かき氷機だ」
「何買ってるんですか!?」
俺は驚いてしまい、素っ頓狂な声を出してしまった。ケイさんは気にせずに冷凍庫を開け、中から氷を取り出している。
「君も食べるだろう?」
「まあ、食べますけど」
「なら、そこから味を選びたまえ」
ケイさんが指さした先には、高級そうな木の箱に入った何本かの瓶があった。それぞれに「いちご」「レモン」などと書かれている。
「どうしたんですか? これ」
「デパートで買ったんだ。高かったんだぞ」
こんなの買う余裕があるのにどうして映画のチケットを俺に奢らせたのか、などと思いつつ、俺は「いちご」の瓶を選んだ。なんか、おしゃれなかき氷専門店で使ってそうなシロップだなあ。
「ほう、君はいちごか。私はレモンだ」
「分かりました」
その言葉を聞き、俺は二本の瓶を取り出した。ケイさんはカラカラと音を立てて、氷をかき氷機の中に入れていた。そして器を受け口に置くと、ハンドルを回し始める。
「「おお~~」」
しゃりしゃりと削り出される氷を見て、俺とケイさんは思わず声を上げた。真っ白なかき氷が器に積み重なり、山を作る。
「ほら、君の分だ」
「あ、はい」
こんもりと盛り上がったのを見て、ケイさんが器をこちらに手渡してきた。俺は瓶の蓋を開けて、いちごシロップをかける。間もなくケイさんの分も出来上がったので、俺はレモンシロップをかけてあげた。
「おお、なかなかいい見た目じゃないか」
「ですねえ」
鮮やかな色を纏ったかき氷を見て、ケイさんと感想を言い合った。器をちゃぶ台に運び、俺たちはスプーンを手に取る。
「「いただきまーす」」
ピンク色に染まった氷をすくい、口に運ぶ。ん、美味い!
「ケイさん、美味しいですよ!」
「本当かい? 良かったねえ」
ケイさんは平静を装っていたが、その割には美味しそうにかき氷を口に運んでいた。お互いに無言で食べ進めていたが、しばらくしてケイさんが俺の器をじっと見つめているのに気づいた。
「あの……ケイさん?」
「ええっ、なんだい?」
「いちご味、食べたいんですか?」
「別に、そんなことはないぞ」
「じゃあ、僕が全部食べちゃいますよ」
「ああー! やっぱり、一口くれよお」
素直じゃないなあ。俺は自分の器をケイさんの方に寄せようとしたが、止められた。
「ちょっと待ちたまえ」
「ん、どうしたんです?」
「あーんして」
ケイさんは大きく口を開け、待ち構えていた。俺は自分のスプーンですくってやり、口元に持っていく。
「あの……いいんですか?」
「いあはら、ひにふるふぉふぉはふぁいよ(今さら、気にすることはないよ)」
「何言ってるか全然分かんないですよ」
俺は笑いながら、ケイさんの口にスプーンを差し入れた。彼女は満足そうに頬張ると、今度は自分のかき氷をすくっていた。
「お返しだ、あーん」
「ちょ、ちょっと」
「なんだ、恥ずかしいのか?」
「別に、じゃあ食べますよ」
俺はケイさんのスプーンを受け入れた。キスはレモン味と言うが、間接キスでも同じなんだろうか。そんな馬鹿らしいことを考えながら、高級シロップの味を楽しんだ。
かき氷を食べ終えると、俺は勉強に戻った。ケイさんはかき氷をお代わりしていたが、頭が痛くなって布団で寝込んでしまった。二十歳なのに、小学生みたいなことをしないでほしい。
しばらくしてから、俺はある疑問が浮かんだ。それを解消するために、布団にくるまるケイさんに話しかける。
「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」
「なんだ~い……」
「なんでかき氷機なんて買ったんですか?」
「えっ! それは……」
ケイさんは起き上がり、こちらを向いた。そして少し恥ずかしそうに、ゆっくりと口を開いた。
「……こういう楽しみがないと、明日から来てくれないんじゃないかって……」
明日? なんのことだ――と思ったところで、ピンと来た。そうか、明日から夏休みじゃないか!
「夏休みになれば、僕がもう来ないと思ったんですか?」
「ちょ、皆まで言うな」
「何言ってるんですか。こんな快適な自習室、使わないわけないじゃないですか」
「ほ、本当かい?」
「夏期講習だから、いつもと時間はズレると思いますけどね。でも、来ますよ」
「そうか。よかった……」
ケイさんはほっとした表情で、再び布団にくるまってしまった。この人、意外と寂しがり屋なのかもしれないな。
「……うさぎみたい」
「誰がうさぎだって!?」
俺の呟きに対し、ケイさんは布団から飛び上がってきた。そして互いに見合ったあと、二人でくすくすと笑った。ああ、明日もちゃんと来ようっと。
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