第2話 放課後、お姉さんにコーヒーを淹れてもらう

 今日も今日とて、俺はケイさんの家でカリカリとペンを走らせていた。梅雨ということもあり、窓の外は雨模様だ。


「ケイさん、今日の授業のここの意味って分かります?」


 俺がそう聞くと、布団にくるまっていたケイさんはこちらを振り向くことなく返事をした。


「えぇ、分からないね」


「分からないって、見ずもせずにそんなこと言わないでくださいよ」


「だってぇ、私は今日の授業に出てないんだよお」


 その時、俺ははっと気がついた。言われてみれば、今日は予備校でケイさんを見かけてない気がする。


「……ケイさん、サボったんですか?」


「うーん、雨だからねえ」


「いいわけないでしょ!!」


 俺はケイさんがくるまっていた布団を引っぺがした。それにつられて、ケイさんはベッドの上でゴロゴロと転がっていた。


「あ~~目が回るよマサくん」


「なんであれだけ言ったのにサボるんですか!!」


「まあまあ、そう怒るなよマサくん」


 ケイさんは布団を剥がされ、ぽりぽりと頭をかいている。せっかく綺麗な長髪なんだから整えればいいのに、と思っているがそれどころではない。


「そんなこと言ってると、お母さんに電話しますよ!!」


「あう」


 俺が「伝家の宝刀」を出すと、ケイさんは小さな声を漏らした。すっかりしおらしくなった彼女に対して、俺はお説教を続けた。


「……とまあ、とにかく明日はちゃんと来てくださいよ」


「……分かったよ」


 散々怒って、俺は少し疲れてしまった。眠気と戦いながら、勉強に戻る。ケイさんも流石にまずいと思ったのか、机から参考書を取って広げていた。やれやれ。


 それからまた問題を解いていたが、俺はだんだん寝落ちしそうになっていた。頭がこっくりこっくりと揺れ始め、視界が暗くなっていく。もう限界に近い――というときに、目の前にカップが現れた。


「そのぉ……、ごめんよ、マサくん」


 そのカップには、コーヒーが入っていた。いつの間にかケイさんはお湯を沸かしていたらしい。ありきたりのインスタントコーヒーだが、自炊もしない彼女にしては珍しい行動だった。


「あ……いいんですか、ケイさん」


「いいから、受け取りたまえよ」


 俺はカップを受け取り、コーヒーをずずずと啜った。ケイさんも自分のカップを持ち、ゆっくりとコーヒーを飲んでいた。勉強漬けの毎日で、束の間の休息。ほっと息をつき、だんだんと目が覚めてきた。


「よっしゃ、勉強しよ」


「おや、元気だねえ」


「ケイさんのおかげですよ」


「ふふふ、そうかい」


 ケイさんは少し笑みを浮かべ、俺の方を見ていた。その眩しい笑顔に、つい心が絆されそうになる。いかんいかん、今日は厳しくいかないと。俺は何事もなかったかのように、勉強に戻った。


 それから一時間くらい勉強を続け、今日のノルマ分が終わった。時間も遅くなってきたので、俺は帰り支度を始める。


「おや、帰るのかい?」


「ええ。明日、絶対にサボっちゃだめですよ」


「分かってるよぉ……」


 まるでイタズラを叱られた犬のように、ケイさんはしょぼんとしていた。かわいそうな気がして頭でも撫でたくなるが、ケイさんは犬じゃないしな。間もなく荷物をまとめ終わり、立ち上がった。


「じゃあ、これで」


「あ、マサくん……」


「なんですか?」


 呼び止められて、つい後ろを振り返ってしまった。すると上目遣いのケイさんがこちらを見て、一言――


「見捨てないでくれよぉ……」


 と言ってきた。俺はその可愛さに照れそうになりながら、玄関へと足を進めた。


「じゃ、また!」


「あっ、ちょっとお……」


 今日は厳しく、今日は厳しく……


 明日くらいは、甘くいこうかな。

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