第3話 放課後、お姉さんとテレビを観る
予備校の授業のあと、俺は用事を済ませてからケイさんの自宅へ向かった。どうやら、ケイさんは授業が終わってすぐに帰ったらしい。俺はマンションのエントランスに着くと、インターホンを押した。
「ああ、マサくんか。入ってくれ~」
相変わらずの気の抜けた返事に、こっちまでテンションが狂いそうになる。俺はエレベーターに乗り、階数ボタンを押した。目的階に着くと、俺は廊下を歩き、ケイさんの部屋へと向かう。呼び鈴を押すと、また気だるそうな返事が聞こえてきた。
「鍵は開いてるよお~」
女性の一人暮らしだってのに、不用心だなあ。俺は扉を開け、部屋の中に入る。そこにいたのは、ベッドに横たわってテレビを観るケイさんだった。
「お、いらっしゃ~い」
「そんな中年の親父みたいなことしないでくださいよ」
「君い、十代の乙女になんてことを」
「先月二十歳になったでしょ」
「うう」
弱々しく声を出すケイさんを横目に、俺は鞄から勉強道具を取り出した。ちゃぶ台に筆記用具と参考書を置いて、ペンを走らせる。
「マサくんは真面目だねえ」
「ケイさんが不真面目なの」
「そんなこと言わないでくれよお」
イヤイヤと駄々をこねながら、ケイさんはずっとテレビを観ていた。この時間は夕方のニュース番組くらいしか放送しておらず、彼女もつまらなそうにしていた。
「面白くないなら観るのやめたらいいのに」
「いやあ、でも勉強したくなくてえ……」
「お母さんに」
「わー!! なんでもないなんでもない」
俺が「伝家の宝刀」を取り出そうとすると、ケイさんは慌てて発言を打ち消した。そしてテレビのリモコンを取り、適当にチャンネルを切り替えていた。とあるチャンネルに切り替わったとき、ケイさんが口を開いた。
「あっ」
「ん、どうしました?」
「この番組、懐かしいねえ」
ケイさんが観ていたのは、教育番組だった。そうか、夕方はこういうのがあるのか。俺も懐かしい気持ちになり、つい見入ってしまう。すると、俺の様子を見たケイさんがこんな提案をしてきた。
「マサくん、おいでよ」
「え?」
いつの間にか、ケイさんはベッドの上で女の子座りをしていた。そして隣のスペースをぽんぽんと叩き、座るように促してきた。
「そっちじゃ首を捻るから観づらいだろう?」
「え、でも」
「いいから、来たまえよ」
まあ、ちょっと観るくらいならいいか。俺は促されるままベッドに上がり、ケイさんの隣に座った。
「やっぱり懐かしいねえ」
「ですねえ。子どものころに観てましたよ」
「ああ、なんだか心が安らぐよ」
そう言って、ケイさんは体重をこちらに傾けてきた。温かい感触が伝わってきて、俺の心も和らいでいった。俺とケイさんは互いに寄り掛かったまま、教育番組を眺めていた。
間もなく番組も終わり、俺はリモコンを手に取ってテレビの電源を切った。相変わらず寄り掛かってるけど、そろそろ勉強しないとな。
「さあケイさん、勉強しましょう」
「えー、イヤだよ」
「えーじゃなくて、真面目にやらないと」
俺がそう言うと、ケイさんはごろんと寝っ転がってしまった。やれやれ、しょうがないなこの人は。俺はケイさんの身体を引き起こそうと試みる。頭の後ろに手を入れようとして、うっかりケイさんの顔に寄ってしまった。
「あ、ごめんなさいっ」
慌てて離れようとすると、ケイさんが腕で俺の身体を掴んだ。
「ちょ、ケイさん?」
「ねぇ、マサくん……」
ケイさんは俺の耳に口を近づけると、静かに呟いた。
「不真面目になっても、私はいいんだよ?」
一瞬、ドキッとしてしまった。しかし強引にケイさんの腕を引きはがすと、俺はベッドから降りた。
「ほら、勉強しますよケイさん!!!」
「もー、つれないねえ」
ケイさんはいつものように気だるそうにして、布団にくるまってしまった。とほほ、結局勉強させることは出来なかったな。でもまあ、たまにはテレビくらい観てもいいか――
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