第5話 放課後、お姉さんと映画に行く

 予備校の授業が終わり、俺は机の荷物をまとめていた。すると、相変わらずのぼさぼさ髪でジャージに身を包んだケイさんが話しかけてきた。


「マサくん、今から家に来るだろう?」


「あ、いや……今日は行かないです」


「おや、どうしたんだい?」


「観たい映画があるんですよ。たまにはいいかなって」


「なるほどね。何の映画だい?」


「昨日公開された、ハリウッドのやつですよ」


 俺がそう答えると、ケイさんは少し考え事をしていた。不思議に思っていたが、やがて彼女が口を開いた。


「私も行っていいかい?」


「別にいいですけど、勉強は大丈夫ですか?」


「たまにはいいかなって」


「ケイさんはそこまで真面目に勉強してないでしょ」


 そう答えると、ケイさんはとぼけたような表情を浮かべていた。ちくしょう、顔が可愛いからって調子に乗ってやがるな。


 俺たちは予備校を出て、駅前に向かって歩き始めた。もう七月になったが、まだ梅雨は明けておらず、今日も小雨が降っている。ケイさんは当然のごとく傘を持っていなかったので、俺の傘に一緒に入っていた。


「相合傘だね、マサくん」


「髪ぼさぼさで上下ジャージのお姉さんと相合傘しても嬉しくないですよ」


「あっ、ひどいなあ」


 俺たちはそう軽口を叩きながら、雨の中を歩いて行く。嬉しくないとは言ったものの、ケイさんと身を寄せ合って過ごすのは悪い気分ではなかった。この人、見た目に似合わずいい匂いするなあ。


 映画館に着き、チケットを買おうとするとケイさんが遮ってきた。彼女はリュックサックから財布を取り出し、俺に見せつけてくる。


「ふふん、年上のお姉さんが払ってあげよう」


「お、いいんですか?」


「まあまあ、任せたまえよ」


 そう言って、ケイさんは券売機を操作し始めた。おお、こういうところは年上らしいなあ。と思ったのもつかの間――


「マサく~ん、映画ってこんなに高かったか~い?」


 彼女は困り顔で、俺に助けを求めてきたのだった。とほほ、調子に乗るとすぐこれだ。俺は逆にケイさんの分まで払った挙句、ポップコーンまで買ってあげたのだった。


「ひはあふふぁふぁいふぇ、ふぁふぁふん(いやあすまないね、マサくん)」


「何でもいいけど、食べながら話さないでくださいよ」


 俺たちは席に座り、映画が始まるのを待っていた。ケイさんは早速ポップコーンを口にしており、上映前に食べつくす勢いである。俺の分まで食べるんじゃないだろうな。


 間もなく予告編も終わり、本編が始まりそうになる。結局ポップコーンはなくなってしまい、俺は手持ち無沙汰だった。仕方がないので、隣のぼさぼさ頭に話しかけてみる。


「ケイさん、ハリウッド映画なんて観るんですね」


「いやあ、別に観ないよ」


「え、ならどうして」


 俺がそう尋ねると、ケイさんはきょとんとしていた。そして少し間が空いたあと、彼女はゆっくりと口を開いた。


「マサくんと、一緒にいる口実が欲しかったのさ」


 その後――映画の内容は覚えていない。ケイさんの言葉で頭がいっぱいになり、どんなストーリーなのか全く理解出来なかったのだ。何も分からぬまま時間が過ぎていき、エンドロールを迎えた。俺たちは最後までそれを見届け、席から立ちあがる。


「いやあ、思ったより面白かったねえ」


「そ、そうですね」


 楽しみにしていた映画なのに、なんもわからん。俺は悶々としながら、劇場の出口を目指して歩き出す。その途中、ケイさんが俺に話しかけてきた。


「いやあ、たまにはデートもいいもんだねえ」


「デート、ですか」


「男女が二人で映画なんて、デート以外の何物でもないだろう?」


「……そうですね」


 ケイさん、本当は俺のことをどう思ってるんだろう。彼女の本音が知りたい。


「あの、ケイさんは――」


「おっと、マサくん」


 俺が口を開いた瞬間、ケイさんがそれを遮ってきた。そして少し冷たい声で、俺に向かってこう告げたのだ。


「私たちは、恋人にはなれない。……そうだろう?」


「……はい」


 明日からも、ケイさんとの浪人生活は続いていく。


◇◇◇


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