第10話 夏休み、お姉さんと花火を見る
夏休みも前半が終わり、八月となった。今日も今日とて、俺はケイさんの家で勉強している。かなり集中して取り組んでいたら、いつの間にか十九時近くとなっていた。
「マサくん、帰らなくて大丈夫かい?」
「あっ、そうですね。遅くまですいません」
「それは構わないんだが、帰れるかい?」
「えっ?」
ケイさんは窓の外を指さした。ベランダに出て下を見ると、浴衣を着た人がたくさん歩いている。あれ、なんだこれ。
「今日は花火大会だろう? 街中は人だらけだよ」
「あー、忘れてたあ……」
そういや、うちの家族も皆で見に行くって言ってたな。俺は勉強したいからって断ったんだった。ミカの奴が残念がってたっけ。
「この人ごみじゃ、なかなか帰るのも大変そうですね」
「終わるまで、うちで涼んでいったらどうだい?」
「いいんですか?」
「断る理由はないさ。それにこの家、花火がよく見えるんだ」
俺はケイさんの好意に甘えて、そのまま家にいることにした。しばらく勉強を続けていると、窓の外からドンドンと音が聞こえてくる。
「お、始まったな」
「そうみたいですね」
「ほら、君も勉強なんかやめたまえよ」
「いや、でも」
「じゃあ、こうだ」
すると、ケイさんは部屋の電気を消してしまった。真っ暗な中、窓の外から花火の明かりが差し込んでくる。
「これで勉強するのは無理だろう?」
「もー、仕方ないなあ」
俺は観念して、ペンを動かす手を止めた。ケイさんは俺の隣に座り、窓の外を眺めている。言葉を発することなく、ただただ二人で花火を見ていた。
「綺麗だねえ……」
「ですねえ……」
ふと、横を向いてみた。花火の光に照らされて、ケイさんの横顔がいつもより綺麗に見える。子どもみたいに空を見上げる彼女を、愛おしいと思ってしまった。
「……綺麗ですね」
「ん? ああ」
「いえ――ケイさんがです」
「!」
恥ずかしいのか、ケイさんは前を向いたままだ。けど、耳まで赤くなっているのが分かる。部屋の中はこんなに暗いのに。
「……花火と、どっちが綺麗?」
「ケイさんですよ」
迷わず応えると、ケイさんはますます赤くなっていった。自分で聞いてきたくせに、可愛い人だな。
「マサくん、私ばかり見てないで花火を見なよ」
「え? は、はい」
「いいかい、そのままだよ」
何のつもりか分からず、俺は前を向く。お、ハート型の花火だ。最近の花火はすごいな――
「いつもありがとう、マサくん」
その瞬間、頬に何かが触れたのを感じた。指? いや、この感触はもしや……
横を向くと、ケイさんがそっぽを向いている。顔を真っ赤にして、こちらを振り向けないといった感じだ。俺も思わず照れてしまい、何も言えない。
「こちらこそありがとうございます、ケイさん」
***
花火大会もクライマックスに近づいており、外からは歓声が聞こえてくる。結局、俺とケイさんはずっと寄り添って花火を見ていた。最後に特大の花火が打ちあがり、夜空に静寂が訪れる。
「……終わったな」
「電気、つけましょうか」
俺はスイッチを探すために立ち上がろうとする。しかし次の瞬間、ケイさんに腕を掴まれた。
「ちょ、ケイさん?」
「このまま」
「え?」
「……もう少しだけ、このまま」
甘えているような声で、ケイさんはぎゅっと腕にしがみついている。俺はその場に座り直し、彼女の頭を撫でた。
「今日は甘えん坊ですね」
「……別に、いいでしょ」
いつもの口調ではなく、まるで恋人といるような言葉遣い。自分の心臓が高鳴るのを感じて、なんだか妙な気分だ。
「ケイさん」
「今は
「……恵さん。本当にどうしたんですか?」
「いや、大したことないの。ただ――このまま、一緒にいたいだけ」
静かに呟くケイさんを、優しく抱きしめる。このまま、時が止まってしまえばいいのに――なんてありきたりな表現しか出来ないけど、本当にそう思っている自分がいた。
「ぐっ……うっ……」
しばらくして、腕の中のケイさんが泣いていることに気がついた。俺は何も言わず、さらに強く抱きしめる。
「……優しいなぁ、マサくんは。どうして、どうしてキミと恋人になれないのかなぁ……」
俺の目からも、一粒の涙が流れた。
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