10.「儀式の原点」
五局目の相手校は東京工業大学でした。
私の白番。黒の初手小目に、本来ならば星か目外しにでも打って応じたことでしょう。
しかし、本局は違いました。ノータイムで石音高く放った着点は“
星から二路も離れたその着点は、まるで前例がない手ではないものの非常に珍しく、それまで対面の対局で打つ人を見たことがありませんでした。お相手も驚いた様子で盤面を二度見していましたね。
黒の三手目星に、やはり大高目。辺に寄っているため隅はスカスカで、隅はどう打たれても簡単に生きられてしまいます。
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大高目の打ち方について、密かに研究してはいました。
何がきっかけだったかは忘れましたが、星や小目に入ってこられたときの簡単な対応程度は把握していたように思います。ただ、実戦で試したことはなかったため、今大会では使うつもりのない着点でした。
それにも関わらず、私は打ちました。四連敗を喫し、精神的にもう後がないほどに追い詰められていた状況下で。捨て鉢になっていたか、あるいは開き直っていたのかもしれません。だとしても、勝負を諦めていたわけではなかった。それだけは確かです。
Iくんとの練習碁で連敗を重ねる中で感じた「自分の中で何かひとつ壁を越えねばならない」ということ。それは、これまでに不足していた“大胆さ”や“勇敢さ”を強く抱くことだったのではないかと、今となっては思います。
それまでの自分――特に、大学囲碁部に入って自らの非力を実感してから――は、対局時にどこか“
しかし本局において、私の中にそのような
対局の内容はというと、序盤から一隅において今ひとつなワカレを作ってしまいましたが、開き直っている私はその程度のことでは動じません。
囲碁というゲームは多少の失敗をしたとしても(よほど致命的なミスでなければ)、後々の頑張りでいくらでも取り返すことができます。十九×十九の世界はそれほどに広大で、かつ深淵なのです。確かに自分はお飾りの部長に過ぎなかったと思いますが、そんな自分でも、十九路盤という大地への希望は胸中に強く抱いていました。
今さらですが、本大会は持ち時間が各五十分で、さらに一手三十秒の秒読みもあります。アマチュアの大会は時間切れ負けのルールを採用していることが多いですが、秒読みがあるぶんかなり長丁場の対局となる可能性があります。
本局では確か中盤辺りで互いに秒読みに入り、作り碁になったため対局時間は優に二時間を超えていたでしょう。
四連敗で心が折れかけていたところ、初挑戦の大高目布石で白星を掴んだこの時の喜びを、私は今でも鮮明に憶えています。自分の囲碁ライフにおいてこれほど嬉しい勝利はなかったと、この時実感したものです。
本局で気持ちを立て直したこともあり、残る二試合は好調な流れで勝利。
個人成績で三勝四敗と負け越しではありますが、立ち上がりの悪さを考えると挽回できたほうかなと思います(ちなみにチーム成績もふるわず、四部降格となりました)。
今となっては大高目も普通の着点ですが、あの一局の奮闘が今の【儀式】の原点かもしれない。そう思うのです。
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