第9話 橙色
男が自分の隣にいる女の手を握る。
初めはぎこちなかったそれも、回を重ねるごとに、するたんびにどうすれば相手が心地よいのかの角度や握る圧力などが分かってきた。
今では何も言葉を出さなくても、無言のうちにそれが日常茶飯事だったかのようにスムーズに行えるようにはなった。
女もそのことには別段気に留めているわけでもなく。
普通に、いつも、いや出会った当初からそれは当たり前のことだったかのようにすんなりと受け入れて、すんなりと納まっていた。
いつものお出かけ。
いつものルート。
何も変わらない、何も驚きもない。
それでも、男は女と居るだけで、それで良かった。
「クルミ、今日はどこでメシ食べたい?」
いつも食事前に、女の気持ちを確かめる。
「ご飯ものが良いな。和食。定食があるところ」
クルミと呼ばれた女は、スッと自分の意見を出した。
何の違和感もなく。
何の不自然もなく。
「どこでもお昼は定食を置いてあるよ」
と男は愛おしい笑みを殺しながら、そう言って、自分の知っているお店に向かって歩く。
「ねえねえ、それどんな味?」
そう女が言う時は、一口頂戴の合図だと分かっているから、無言でお皿を女の方に寄せる。
女もそれを分かっていて、箸を入れる。
「こっちも食べてみない?」
そう言われて、角の席に入ったことを思いだして、無言で口を開けた。
その様子に女は一瞬目を見開いたが、
「子供みたい」
と笑ってから、男の口に一口食べ物を運んでくれた。
誰にも見られていないはずだし、見られてもそこまで恥ずかしくないと内心よく分からない優越感を胸に抱きながら。
「こっち歩いて」
と昨日の雨で道路に水たまりが出来ていたから、女を道の内側に寄せる。
こういう時、女は無言で繋いでいる手に、人差し指で3回トントントンと叩く。
アリガトウの合図だ。
口に出さなくても、繋いだ手からいろんなことを伝えてくれる。
周りの人に知られないように、自分たちの世界の中で分かるように。
「何食べる?」
目の前のカラフルなポップコーンを指差す。
「いつも私の希望ばかりだから、今日は貴方の」
と女は笑う。
その一言に少しだけ、男は考え込んでから、
「キャラメルで」
と甘苦い味を選んだ。
店員はそんな二人を微笑ましく見ながら、常連さんであることも相まって少しだけサービスをした。
「じゃあまたね。メールする」
と女が手を振る。
「うん」
と男は女が家の中に無事入るのを見届けから、回れ右をした。
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