第11話 黒色


午前0時半

いつもの時間に窓辺に立っていたら、隣からチカッと光がさした。

二人の間だけで行われる秘密の合図。

それをかれこれ2年は続いていた。

始まりは、私の弟が居なくなったことだった。

元々身体は弱く、両親にも本人にもいつ死ぬか分かりませんと言われていたから、何も知らされないよりは覚悟は少なくとも出来ていたんだと思いたい。

でも、そんなことはその時にならないと分からないことで。

私は身近な、更に年が近い人の死を経験した。

涙が出るのかと思いきや、全く何も感じなかった。

言うなれば、-死んだんだ―だった。

誰かは私の気持ちを、ひどい姉だと罵るだろう。

もしかしたら、私の中にはいつの間にか弟の死への諦めというか、覚悟が出来ていたのか?と思った。

しかし、弟が死んだ日から私は眠れなくなった。

ベッドに寝転がっても眼がさえて仕方が無かった。

何とか無い知恵を絞って、ネット検索をして運動をしたり睡眠に良い音楽を聴いたけれど、私の脳みそは寝ることを拒んだ。

日に日に体力は落ちていった。

眠れないことからくる精神と現実に蓄積される身体の方とダブルで。

そんな時、隣に住む幼馴染が、夜中にチカッと光を送ってきた。

はじめは夜中だし、何のイタズラかと思ったが、彼女の真剣な気持ちには何のブレもなかった。

2日、3日と経つにつれて、私もその現象に慣れ、自分が持っていた手鏡で返事として同じように光を送った。

チカッ

チカッ

2つの暗闇の中で交わされる言葉のない挨拶

その次の日、あんなに眠れなかったのが嘘みたいに私は眠りにつくことが出来た。

それはグッスリと。

1日学校を休んでしまうくらいに。

後から私は安心が欲しかったんだと知った。


「おはよう」


ずっと眠れなかった私を心配してくれていた幼馴染は、私が眠りから覚めた次の日、そう朝一番に言ってくれた。


「おはよう」


照れくさくなりながらも私はそう答えた。

お互い沈黙をしてから、どちらともなく笑い出した。

弟のことがあったから、笑うのなんか不謹慎だったんだけど、それでも私は笑った。

彼女も笑った。

それから彼女との光の挨拶は、旅行や特別なことが無い限り続いている。


<わたしはここにいるよ>


チカッと光が飛び込んでくる。


<わたしもここにいるよ>


チカッと光を返す。

それを通して、人との触れ合いを私は確認する。


ー―今日も1日生きたね―ー


いつだったか彼女がそう言った。


「何それ?」


私は唐突の言葉にそう返すと、


「どこかの国でね、「今日も1日生かして下さってありがとうございます」って言うんだって」


彼女は私だって受け売りだよーーと口を尖らせながら言った。

へーーと私は返しながら、近くにあった小石を蹴った。

何も考えずに。

すると、


「小石にも何らかの使命があるって、居場所があるって考え方だって」

「ますます分からないよ」

「私も」


彼女はそう笑った。その笑顔に私は何度、助けられたんだろうかと思った。


「でも、何となく、今日生きれて良かったなあって思えたらいいってことじゃないのかな?」


と自信無さげに彼女が零したのを聞いて、


「そうかも……ね。」


と私はうんと一つ頷いた。

照れくさかったのも相まって、私は駆け出した。


「ねえ、どっちが早く家に着くか、競争しよう!」


と私は自分の恥ずかしさを打ち消すように提案した。


「さきに駆けだしている、あんたが有利じゃん!」


と彼女は言いながらも、笑って応えてくれた。

その時は二人同時に家に着いた。


今日も午前0時半になった。

窓を少しだけ開けて、風を入れる。

フウと一つ息を吐くと、それを合図にしてかチカリと光が私の胸のところに丁度当たった。

思いもかけないことに、苦笑いをした。

少しだけ時間をあけてから、彼女の様に上手にはいかないけれど、同じように胸のところに当たるように光を送った。




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