第12話 桃色


長いゆるふわウェーブがかかった茶髪をたなびかせながら、一人の女子学生が走っていた。

走っている姿も、陸上選手のような本気の走りではなくて、軽やかにステップしている感じ。

すれ違う人が、女子生徒の美しい髪の毛と容姿に振り返る。

当の女子生徒は、そんなことに構っていられないほど、頭の中はパニック状態だった。


バタンと勢いよく自宅の玄関を開けて、目的の部屋へ直行。

更に勢いのまま扉を開いて、


「どうしよう?!ワタちゃん!バレタイン日曜日なんだけど?!学校で会えないよ!家知らないよ!」


と妹に向かって嘆いた。

当の本人である少女の妹、ワタちゃんは、部屋の中で優雅に音楽を聴いていた最中で。

いきなり自室のドアは乱暴に開けられるわ、自分の姉が泣きそうな顔で訴えってきたわ、で呆然としていた。

お姉さんの方はというと、そんな状態の妹の様子なんて目もくれず、自分の目的のみを言うばかり。


「もうダメ―ー、確実にダメーー。当日じゃなかったら、どうやってチョコが本命って気がついてもらえるの?!無理だよー。もう、絶対に無理!どうあがいても無理!」


と妹の体にしがみついて、泣き叫んだ。

妹は姉にされるがままに、姉の泣き言が止むまで、微動だにしなかった。


どうにかこうにか15分泣き続けた姉が、泣き止んだのを見計らって、


「で、一体全体どうしたの?キヌちゃん」


と妹は優しく姉にそう尋ねた。

キヌと呼ばれた姉は、涙を拭いながら、


「ワタちゃん、今年のバレンタインはね、日曜日なの」


と泣く前と違って、ゆっくりと喋り始めた。

妹は声を出さずに、コクリと頷く。

それに安心して、姉はまた喋った。


「でね、今私には好きな人が居ます」


ワタちゃんはコクリとまた頷く。


「好きな人とは学校でしか会えません」


コクリ


「日曜日は学校はお休みです」


コクリ


「私は彼に会えず、チョコレートを手渡せません」


コクリ


「一体全体どうしたらいいの?」


と姉は妹の腕を掴み、嘆いた。

その迫力に、妹は一瞬たじろぐも、


「落ち着いてキヌちゃん。大丈夫、次の日に昨日のバレタインのチョコですって渡せばいいじゃない」


それを聞いた姉は、


「違うの、違うのよ、ワタちゃん。当日でないと気がついてもらえないの!」


と妹に抗議をした。

姉の話している内容が、ちっとも頭に入ってこない妹は、


「キヌちゃんが言いたいことがサッパリ分からない」


と言い放った。すると姉は、


「ああ……双子だからテレパシーとか通じたらいいのに……」


と長い髪の毛をクルクルといじりながら、そうぼやいた。


キヌちゃんとワタちゃんは双子の姉妹。

全くもってどこを見ても似ていない、と近所でも有名でした。

姉のキヌちゃんは、ゆるふわ天然パーマでねこっ毛。大きな瞳に小さな唇。

頬には天然の桃色がさしていました。嫌味じゃない感じに。

対して妹のワタちゃんは、剛毛黒髪。目は悪いので大きな眼鏡をしています。

鼻の頭にそばかすがあって、いつも静かに物事をしているので、無表情でいることが多い子でした。

だからと言って姉妹仲は悪くもなく、逆に色々助け合う良い姉妹として、それはそれは有名でした。

というのも、大抵年がら年中姉のキヌちゃんは泣き叫んでいて、常に妹に助けを求めていたからです。

妹のワタちゃんは、そんな姉をほっとくわけではなくて、冷静沈着にいつも姉から言われる無理難題に対処していました。

パッと見た目では、初対面だと双子だとは誰も気がつきません。

産まれたときでさえ、両親も首を捻ったぐらいです。

初めて会う人は皆、キヌちゃんを可愛がり、ワタちゃんを敬遠しました。

同級生の中には、ワタちゃんに心無い言葉をかける人も少なくありませんでした。

けれど、そういう時に限って、姉のキヌちゃんはブルブル震えながらも、大切な妹の為に立ち上がり、皆を黙らせました。

そんな姉の姿も知っているから、妹は常に姉の一番の理解者でいようと、姉も妹の一番の理解者でいようと二人はそう思っていました。


さて、今回は近所でも美人と評判のキヌちゃんの恋のお話。

何回もキヌちゃんに好きな人がいるということは、ワタちゃんも聞いていました。

ただ、会ったことはないのです。

だって、二人は学校が違ったので。


「キヌちゃん、どうして当日でないと、その人は気がついてくれないの?」


ワタちゃんが少し考えて、そう言いました。


「大体、今の時期にチョコを渡したら、大抵の人はバレンタイン用だと気がつかない?」


ワタちゃんは続けます。


「だって……その人は未来を見ているから」


またもやナゾナゾみたいな答えを、姉は言いました。

ワタちゃんは考え込みます。


「昔の記憶を忘れてしまう人なの?」


妹は尋ねます。


「そうじゃないの。記憶は、思い出はキチンと持っているんだけど、次のことを常に考えている人だから、イベントの当日じゃないと、全然分かってくれないの。意味を」


姉は必至で妹に説明をします。

妹は理解が出来なくて、首を捻りました。


「去年のクリスマスね、クラスでクリスマス会をしようってことになったの。でも、日程が曜日と合わなかったから、その週の土日にずらしたの。そうしたら、彼はその日に来なかったの。理由を聞いたら、その日はクリスマスじゃないでしょ?って。キョトンとした顔で皆に言ったの。皆もキョトンとしてて。他にも、ハロウィンの仮装も曜日が合わなかったら、その日は違うだろ?って来なくて。そういうことが続いて……」


姉の彼に関する例を聞いて、妹はやっと納得しました。


「なるほど。そういうことか。じゃあねキヌちゃん、こうしたらいいよ」


妹はコッソリと姉に告げました。


その後、バレタインが過ぎた次の日。

また一人の女子生徒が駆けていました。

長い美しい髪の毛をたなびかせて。

軽やかに踊るようにステップを踏んで。

道行く人は皆、振り返ります。でも、女子生徒は一心不乱にそんなことに構いもせずに駆け抜けます。

自宅の玄関から目的の部屋の扉を勢いよく開けて、


「ワタちゃん!ありがとう!分かってくれたよ!彼!」


と姉のキヌちゃんは、妹のワタちゃんにそのままの勢いで抱きつきました。

少し力が強かったのか、ワタちゃんはグエ!と小さく呻きました。


「あ、ごめんごめん」


パッと姉は妹から腕を解きました。

ゴホゴホと咳きこんでから、


「上手くいったみたいで、良かったよ」


とワタちゃんは笑いました。


「本当に、ワタちゃんのおかげだよーー!」


とキヌちゃんがまたもや抱きつこうとしたので、ワタちゃんはサッと避けました。

何気に泣き虫なキヌちゃん、腕力はあったりするという特徴がありました。

あまり怒らせると、更に力が増しちゃうという。


「あとは、返事だけだね。ま、キヌちゃんの場合大丈夫かと思うけれど」

「うん、返事は1か月後のホワイトデーでいい?って言われたし」


姉はそう笑いました。

妹はサッとカレンダーをめくって、


「良かったね。その日は平日だから、学校があるのかな?ちゃんと返事貰えそうだね」


と言いました。


「そうなの!今から楽しみーー!」


と姉はピョンピョンと飛び跳ねて、部屋の中を周りました。

妹はそんな姉の様子に、少し笑いを隠しきれない様子で、口元に手を当てて、声を押し殺して笑っていました。

すると、姉が真面目な顔をして、


「でも、どうしてあんなことを思いついたの?ワタちゃん」


と妹が提案してくれた方法を聞きました。


「ようは、今日がその日だと錯覚させればいいんだと思って。そうしたら、イベントの日て分かるんでしょう?まあ、すぐに嘘がバレテも、その瞬間だけ騙せれたらいいだけの話だから」


と、チョコを渡す数時間だけ、日付を勘違いさせるという方法を姉に教えていました。

目につくところに間違った日付を掲げて。

そうしたら、少しの間くらいなら脳みそは騙せるんじゃないかと。

それも、周りの協力が有ってこそなんだけど、と妹は付け加えていました。

その人徳が、姉にはあると信じて。


そんなこんなで、大騒動から始まったキヌちゃんの恋物語。

今回はどうにか丸く収まりました。

結果については……また別の機会にお話ししましょう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る