第8話 緑色


目の前に広がるは、数えきれないほどの背高のっぽの樹。

高く高く誰が一番空に近づけるかの競争をしているかのように、そびえ立った樹が行儀よく植わっていた。


「立派ですねえ」

「ここいらの杉は、結構いい値で取引されているんですよ。見た目も年輪の形も良いと」


地元の林業の業者さんは、嬉しいそうにそう話してくれた。


「全然知らなかったです」


そう樹を見ながら、感嘆の声を漏らした。


「まあ、そっちの業界に身を置いていなければ、分からないことなんてザラにありますよ」


おじさんは優しくそう言ってくれた。


「ところで、どうしてここに来たんですか?御嬢さん」


そう言われて、私は、


「卒業論文の研究の為です。日本の材木の今を調べようと」


用意していた答えを伝えた。

おじさんは感心したように首を振って、もっと色々話してあげましょうと私を招いてくれた。


「遠いところからわざわざご苦労様だね」


また新しいおじさんが、私にそう話し掛けてくれた。


「知っていることなら、何でも話してあげるから」


愛想のいい笑顔を向けて貰えた。

私は気になっていたことを、吐き出すかのように質問した。

おじさんたちは嫌な顔せずに、丁寧に教えてくれた。

分からないことは分からないと、知っていることはネットや本には載っていないことまで細かく。


帰りには、真っ白だったノートにギッシリと黒い文字が埋まった。


「泊まっていけばいいのに」

「俺もカミさんも、歓迎するよ?」


そう口々に言われたけれど、私はその場をお暇することにした。


「ありがとうございました。研究がこれではかどります」


そう言って、頭を下げた。

早く大学に戻って、このまだ磨かれていない言葉たちを、ふるいにかけて選び取って、文章におこしてあげたい。

そんな興奮を胸に抱いて、私は家路を急いだ。


帰りには行きに見えた見事な樹は、暗闇にすっぽりと隠れて、違った一面を私に印象付けていた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る