恋愛カレンダー
鞄の整理をしていると、見慣れない手帳が入っていた。
「なんだっけこれ……そうだ、この前の福引きで当たった奴だ」
「何書こうかな、いつも使うのはこの前買っちゃったし……」
美来は何も書いていない手帳を開いて思案に耽る。
「どうせなら、面白いこと書いちゃえ」
美来は手帳にあることないことを書き始めた。この前買った宝くじが当たる、推しのコンサートチケットが全日押さえられる、全国ツアーの会場で偶然推しと出会う、それから推しと連絡先を交換し、推しと交際が始まり、推しの家でお泊まりデートをし、「このたび一般女性の方と結婚する運びとなり」という報道がされる……そんなことをスケジュール欄にガンガン書き殴った。
「えへえへ、ダメだよエンくん……ううん、今は私だけのソーイチくんだね、え、くん付けは嫌だって? じゃあ私のこともミライって呼んでよ……きゃー!」
美来は一通り幸せな妄想を書き殴ると手帳を放り投げた。
「……あー虚しい、風呂入ろ」
風呂に入って頭をリセットさせた美来は、推しのコンサートDVDを流しながらそのまま手帳のことを忘れて寝落ちした。
***
美来が再び例の手帳を取り出したのは数か月後だった。ダイレクトメールの山に埋もれていた手帳を開く。
「ヤバイ、これ本物かなぁ……?」
それから美来の人生は、手帳に書いた通りに進んでいた。宝くじの高額当選をして仕事を辞めた美来は、申し込んだ推しの全国ツアーのチケット全てに当選した。全日最前列で推しを堪能した美来は、最終日に偶然落とし物を拾うとそれが推しのタオルであることがわかり、そこから全日最前列にいた美来を推しが覚えていたことで再び会う約束を取り付けることに成功していた。
「すごいな、そしたら私、エンくんと結婚できるんだ」
朝起きたら隣に推しがいる生活を想像し、美来は枕を壁に叩きつけた。
「すごいな、お泊まりデートだって……ふふふふふふ」
美来は「お泊まり」のことばかり考えていた。
***
手帳の日付通りの日、美来は憧れの推しであるエンくんこと
「ほら、上がってよ。美来さんのために僕が作ったんだ」
トップアイドルが暮らしている豪邸に呼ばれ、美来は舞い上がっていた。料理が趣味でよく動画で料理を披露している総一らしく、食卓の上にたくさんのおいしそうな料理が並んでいた。
「えー、エンくんの料理食べられるとか死んでもいいな」
おいしそうな料理を前に、美来の心は手帳に書いた「一般女性と結婚」の言葉に踊り狂っていた。
(結婚したら、いつでもエンくんの料理食べられるんだ……)
「それよりさ、今日はずっと一緒にいられるんだよね……」
急に総一は美来に背後から抱きついた。
「え、だって、私、来たばかりだし、あの、え、ええええ」
「僕だってやっと取れたオフなんだ。ゆっくりしようよ」
そのまま寝室へ連れて行かれ、ここまで何もかもが思い通りになることに美来は怖くなってきた。
「でも、私ただのファンで、それで」
「だって君は、僕のこと好きでしょう?」
甘く優しく、総一は美来を抱きしめる。「結婚」の文字を心に、美来は総一に抱かれた。それから手帳に書いたとおり何度か自宅に呼ばれたが、「結婚」の話が総一から出ることはなかった。
***
「続いては芸能ニュース。深夜突然発表されたアイドルグループ『
美来は朝のテレビ番組を自宅で眺めていた。
「このたび、私事ではございますが遠藤総一は一般女性と入籍しましたことをご報告させていただきます。今後とも応援よろしくお願いします」
そんな文章がテレビで紹介される。
「へへへ……確かにそんなこと手帳に書いたけどさ……」
美来はテレビにヘアアイロンを投げつけた。テレビは大きな音を立ててテレビ台から落ちた。
「なんで私じゃないのよおおおおおお!!!!」
美来は手帳を開くと、赤いペンを持った。
「あー死ね死ね死ね死ね死ね遠藤総一とその女は死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね燃えて死ね生きたまま燃えて死ね今から自宅で火災発生、ついでに遠藤総一と寝た女全員死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!」
まだ熱を持っていたヘアアイロンはテレビの電源コードを燃やし、テレビ台裏の埃に引火した。火はダイレクトメールに燃え移り、そばのアロマオイルやマニキュア、除光液に移っていく。しかし、手帳に呪詛を書き殴っている美来はなかなか気がつくことがなかった。
その日、何故か火事が相次いだ。その日だけで年若い女性が数十人焼け死んだが、入籍したばかりの遠藤総一とその妻が焼死したニュースばかりが取り沙汰され、誰も美来の死には興味を持たなかった。
その後彼らの行方は知れない~セブンデイズチャレンジ~ 秋犬 @Anoni
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます