いやこんなどうでもいいこと書いてないで自分の作品書けよって思うのですが、「読みやすい」に関してなんかどうもモヤっとしているので書いておきます。
事件の概要は「読みやすいは誉め言葉か否か」です。実はこれ、命題が間違っています。当たり前ですが「読みやすい文章ですね」は誉め言葉です。命題だけ見て「そうに決まってるでしょう」と言うのは実は違うんです。何度も言いますが、「読みやすいは誉め言葉」に異論はありません。では何でこんなに紛糾しているのかというと、この議論には隠れたテーマがあるからですね。
実はこの話、「読みやすいか否か」は全然関係なくて「私の誉め言葉が適切に受け取ってもらえなかった、どうしよう」が本来のテーマです。こうすると一気に話に普遍性がでます。当たり前ですが、そんなのはどこにでもある話ですので「字書きのプライドがどうの」というのは一切関係のない話です。
これによく似た事例を考えたのですが、例えば見るからに日本人でない在留外国人の方に「日本語お上手ですね」と声をかけたとします。実際に日本人として遜色ない日本語を操る彼らに「お上手ですね」と声をかけるのは適切な行為ですが、何十年も日本で暮らしている方だったりすると「いつも同じことを言われて辛い」「疎外感を感じる」という印象を持っていたりします。彼らとしては「日本語の出来じゃなくて会話の内容を聞いてよ」ってなりますよね。
これに関しては実際に聞いた話で、母が何人かの友人と食事をしに行った際に定食屋で母をはじめ数人には箸が置かれたのに、その中で在留外国人だったひとりにはナイフとフォークが勝手に置かれたのです。その方は長く日本に住んでいたので「私、お箸使えないように見えたのかしら」と悲しんでいたということです。定食屋の方も悪気があったわけではないと思いますが、気を遣った結果相手が悲しんでしまったらそれはもう「事故」ですよね。
実際「髪型を褒めたいけどセクハラになりそうで褒められない」とか、そういう事例は出てきているわけです。「褒められたら全部受け入れろ!」というなら女性は皆オッサンから「ねーちゃんデカいおっぱいしてんな! ヤらせてほしいくらいだw」って言われたら「まあ、ありがたいお言葉ですわ」って言わなきゃならんよ。多分このオッサンからしたら「俺が魅力的だと思う女性を褒めた」ってくらいの事象なので「それはセクハラですよ」って咎めると「何だい、女だからって俺の誉め言葉を受け入れないとかクソだな!あの女をクビにしろ!」とかってなるわけですよ。誰が悪い? 誉め言葉を受け入れなかった女性? まあ、そうかもしれませんね……。
ちなみに「褒める」はうまいことやらないと上記のように「俺が評価してやってる」のニュアンスが入ります。これが難しいんです。「日本語お上手ですね」もそうですよね。スピーチコンテストのように評価する場なら適切かもしれませんが、そうでもないところで日本語の技術に対してジャッジされてもなんか、なあってなるじゃないですか。初学者なら嬉しいかもしれませんが、それは見た目からわかりませんからね。
だから「私なら自分の日本語が通じたって言ってもらえて嬉しいです! だからみんなもどんどん言ってこ!」じゃないんです。確かに誉め言葉なのですが、過剰に言われると嫌味に聞こえるから嫌だっていう人もいるんですよ。だからそういうことを褒めるときは気を付けようってだけの話なんですけど、どうしてこうも拗れるかね……ってポストを何件もみたので書いてます。
個人的に「感想は何を書いてもいい」というのは「最低限のコミュニケーションの節度を守って」という大前提があると思っていて、太ってる人に直接「あなたデブですね、朝ごはんドーナツ食べました?」と言ってしまう人を諭したところ「だってあの人デブじゃないですか、自分が思ったことを言って何が悪いんですか? じゃあ何を言っても失礼になるからもう喋らない!」という人とは話にならないです。コミュニケーションなんだよ、感想は。はいおわり。
ちなみに私は「読みやすい」と言ってもらうのも嬉しいのですが、どちらかというと「文章がキモい」とか「こんなクズいの読んでられない」って言われた方が作風的に嬉しいです。今のところガバ描写クイズの例文について「こんなにムカつく文章考えられるの天才だと思う」というのが最高に嬉しかったです。だってね、そう思ってもらいたいからね。だからわかんないよ、「誉め言葉」って。