第15話 パワハラ

 食生活は日々のクオリティに直結するから、なるべく健康的になるように意識している。


 大学生と言えば、人にもよるけど、親元を離れて自由になって、割と好き放題。


 まず、食生活が乱れるだろう。


 アルコールを飲んで、深夜のラーメンとか。


 まあ、俺は大学1年生で、まだ20歳未満だから、アルコールを摂取することはないけど。


 深夜にラーメンを食べることもしないし。


 ただ、ラーメンは普通に美味い食べ物だと思う。


 日本が世界に誇る食の1つでもあるし。


 たまには、こってりラーメンを食べるのも悪くない。


 できることなら、たまの贅沢タイムは、1人で集中して満喫したいところだけど……


「えーと、駅から徒歩5分圏内にあるみたいね」


 スマホに目を落として言うのは、今回ラーメンタイムに俺のことを誘った女。


 女と2人でラーメンとか、デートじゃあるまいけど(そもそも、ある程度の親密さにならないと、デートでラーメンはないよな、たぶん)、色々な意味で気を遣ってしまう。


「行くわよ」


 発言と所作の1つ1つが、いちいち偉そうなタカビー遠藤さん。


 俺は黙って付いて行く他ない。


 前を歩く彼女は、長い髪を颯爽となびかせている。


「おい、あの子、めっちゃ可愛くね?」


「てか、超美人だろ」


「ナンパすっか?」


 周りの男子どもは、案の定、浮き足だっている。


 ただ、俺は彼らに忠告したい。


 この女だけは、やめておけ、と。


 見た目の美しさに騙されて、うっかり近寄ろうものなら、飛び切りの毒針で刺されてしまう。


「ちょっと、今治くん」


「えっ?」


「今回、誘ったのは私だし、目的のお店を知っているのも私だけど……もっと男子らしく、エスコートしてくれないのかしら?」


「はぁ……何をすれば良いの?」


 と、俺が聞き返すと、これ見よがしにため息をこぼす。


「だから、モテないのよ」


 それで結構だけど、この女の言い方は、やはり癪にしゃくさわるな。


「とりあえず、そんな風に後ろを歩くのはやめなさい。まあ、あなたがこの私に釣り合う訳もなく、周りの目が気になるのは仕方のないことだけど」


「…………」


「とりあえず、となりに並びなさい。あなた、顔は悪いけど、スタイルは悪くないから。その背の高さで、周りのうっとうしい男どもの視線を遮りなさい」


 さすが、生粋のお嬢さま。


 人に命じ、コキ使うことに一切のためらいがない。


 まあ、俺が冴えない陰キャだからかもしれないけど。


 もし、一緒にいるのが誰もが羨むイケメンだったとしても、こいつなら同じように扱いそうだな。


 どこまでも、女王さま。


「分かったよ」


 俺はしぶしぶ、タカビー遠藤のとなりに並ぶ。


「ふん、言われるまでもなく、最初からそうしなさい」


 だから、いちいち、一言余計なんだって。


 お前こそ、実はモテないんじゃないのか?


 もちろん、そんな言葉たちは飲み込む。


 そうして、この高飛車な女に辟易へきえきとしながら歩いていると、


「ここね」


 目的の店に到着した。


「入るわよ」


「ああ」


「ちょっと、何をボケッとしているの?」


「はい?」


「扉、開けなさい」


「ああ、はいはい」


「『はい』は1回」


「はい」


 マジで疲れるわ、この女。


 しち面倒なお嬢さまと共に、店内に入る。


「らっしゃいませ~!」


 ラーメン屋らしく、威勢の良い声で迎えられた。


「2名さまでしょうか?」


 バンダナを巻いた、女性の店員さんが笑顔でやって来た。


「はい、そうです」


「失礼ですが、お客様はカップルさんですか?」


「はい?」


「ただいま、カップルさんにはキャンペーンでサービスを……」


「あなた、この私にこの男が釣り合うと思っているの?」


「へっ?」


「良いから黙って、席に案内しなさい」


 うわぁ、こいつ、マジかよ。


 初対面の店員さんにも、この容赦のない物言い。


「ご、ごめんなさい……こちらへどうぞ」


 もう、店員さん、泣きそうじゃんか。


 そりゃ、身長170cmくらいの、高身長、高威圧な女に睨まれたら、ビビるよな。


 美人を怒らせると怖いって言うけど、こいつはもう、デフォルトで不機嫌さんだからな。


 お嬢さまなら、もっとそこら辺の品格の教育も受けておいてくれよ。


 甘やかされて育ったのだろうか?


「あの、ご注文がお決まりになりましたら、そちらのボタンを押してください」


「分かりました」


 不機嫌な女に代わって、俺がサッと答える。


 ちょっと目が潤んでいる店員さんは、そそくさと去って行った。


 可哀想に……


「……ふむ」


 そんなことは露知らず、遠藤さんはメニュー表を眺めている。


「何を頼めば良いのかしら?」


「ああ、そうだな……」


 俺もメニュー表を見る。


 ラインナップからして、こってり系のお店みたいだ。


 恐らく、だけど。


 こいつの性格からして、そんなこってりラーメンは途中で食べなくなって。


『あなた、食べなさい』


 と、残飯処理させられる未来が見える。


 そうなれば、俺は自分のラーメンも含めて、1.5〜ほぼ2杯分を食べる事態に陥ってしまう。


 それは避けたい……


「……ラーメン屋と言えば、セットメニューも定番だと思うよ」


「セットメニュー?」


「人気なのは、ラーメン+チャーハン、あるいはギョーザだと思う」


「ふむ、なるほど」


「だから、そのセットを頼んで、2人でシェアするのはどうかな?」


「あなたと? 同じメニューを?」


「うん」


「……ごめんなさい、ちょっと吐き気が」


 シバくぞ、クソあま


 ……っと、いけない、冷静になれ、俺。


「でも、遠藤さん、ラーメン初心者でしょ? ここのラーメン、こってり系みたいだから、いきなり1人で食べきるのは難しいと思うんだ」


「食べきれなければ、残せば良いじゃない」


「まあ、そうかもしれないけど……いっぱい残しちゃうと、お店の人が悲しむよ?」


「それは、お店側の責任でしょ? お客を満足させられない」


 こいつ、本当に性格が悪いな。


 ここまで来ると、逆に表彰したいくらいだよ、本当に。


「とにかく、あなたとメニューを共有するなんて、絶対にイヤだから」


 じゃあ、俺のこと、誘うなよ。


「私、この『濃厚トンコツしょうゆラーメン』にするから」


「分かったよ……じゃあ、俺はギョーザ単品にするから」


「はぁ? あなた、この私に恥をかかせる気?」


「ハッ?」


「男子よりも女子の方が多く食べていたら、はしたないでしょうが」


 安心して、遠藤さん。


 君はもう、十分にはしたないよ。


 もちろん、コレも言わない。


「あと、ギョーザは私がセットで頼むから。あなたは、ラーメンとチャーハンのセットにしなさい」


「…………」


「返事は?」


「……かしこまりました」


 もはや、へりくだって、召使いモードにでもならないと、やってられない。


 俺は重い指先で、呼び出しボタンを押した。


「はい、お待たせしました」


 先ほどの女子店員じゃなく、男性店員がやって来た。


 すると、遠藤さんは、クイと顎を逸らす。


 はいはい、分かりましたよ。


「えっと、『濃厚トンコツしょうゆラーメン』とギョーザのセット」


「はい」


「あと、『濃厚トンコツみそラーメン』とチャーハンのセットで」


「はい、ラーメンの量は普通でよろしいでしょうか?」


「はい、そうですね……」


「今治くん、あなたは大盛りよ」


「ハッ?」


「男でしょ?」


「でも、俺の方はみそだから、しょうゆよりも重いだろうし……あと、チャーハンもあるから……」


「だから、何?」


 ……みなさん、これはいわゆる、パワハラというやつでしょうか?


 ほら、見てよ。


 ラーメン屋の快活なお兄さんも、顔が引きつっているし。


 この女はマジで……


「……すみません、俺の方は大盛りで」


「……かしこまりました」


 噛み締めるように、同情する目を向けられた。


 あれ、ただラーメンを食べに来ただけなのに……


 何かもう、無事に帰られる気がしない。







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