第2話 確かにS級

「さて、グループワークのテーマはどうしましょうか?」


 微笑みを浮かべて言うのは、遠藤涼花えんどうすずかだ。


「う~ん、正直よく分からないというか……難しいよね」


 口元で曖昧に苦笑を浮かべて言うのは、宝野たかのしずく。


「じゃあ、ギャル文化でよくな~い?」


 あけっぴろげに物を言うのは、岩本碧依いわもとあおい


「だったら、オタ文化がいいな」


 マイペースに物を言うのは、豊原満月とよはらみつき


 誰しもが目を惹かれてしまう、S級美女たち。


 そして、そこに紛れている、ちょっと冴えないブ男。


 それが、俺に対する周りの評価だろう。


 それで良い。


今治いまばりくんはどうかしら?」


 遠藤が言う。


「そうだな……簿記と税理士……とか」


「ハァ~? 何それ、クッソ地味じゃん。さすが、ブサメン」


 黙れ、クソギャル。


「簿記かぁ……何だか難しそうだよね」


 と、宝野さんはまた苦笑する。


「税理士……確定申告……ちっ」


 豊原さんは、急に不機嫌になった。


 何なんだよ、こいつら。


「理由を聞かせてもらえるかしら? 簡潔明瞭に」


 遠藤涼花、美人なのは認めるけど、いちいちカンに障る女だな。


「例えば、法学部で学ぶと、司法試験に挑戦して、弁護士を目指せる。それが、経済学部の場合は、税理士、あるいは公認会計士に当たる」


「まあ、そうね」


「岩本さんが言った通り、確かに簿記なんて華やかさに欠けるし、地味だ」


「分かってんじゃん、イマヤン」


「けど、地味だからこそ、大切だ。ちなみにだけど、この中に将来、起業を考えている人はいるか?」


「そうね……まあ、選択肢の1つとして持っているわ」


「わたしはちょっと……難しそうかなって」


「アオ、ちょっと憧れるかも! バリバリの女社長ぉ~♪」


「あたしはもうすでに……ううん、何でもない」


「なるほど。簿記と言えば、経理。経理は『経営管理』の略なんだ」


「「「「へぇ~」」」」


「経理は税理士や会計士に丸投げってパターンも多いと思うけど……それだと、自分の会社の問題点に気付くことが出来ない。だから、正しく財務諸表を読むために、簿記の知識は覚えておいて損はない」


「まあ、言っていることはその通りね」


「まあ、弁護士と同じで、試験に合格してなれたからって、人生安泰じゃない。ちゃんと営業して行かないと、仕事にもありつけないだろうし。だから、その辺りまで研究テーマに含めれば、そこまで地味じゃないプレゼンになると思うよ」


「何かよく分かんないけど……イマヤン、ブサメンのくせに、言うことはちょっとだけ男前だね☆」


「……ありがとう」


 うざっ。


「じゃあ、今回は言い出しっぺの今治くんを中心に進めましょうか」


「え、これでテーマ決定なの?」


「だって、みんなあなたほど、熱意のあるテーマなんてないし」


「いや、俺も別にそんなある訳じゃ……」


「ガタガタ抜かすな、イマヤン!」


「えぇ~……」


「じゃあ、そういう訳だから……まずは各々、自分なりに資料を集めてみる?」


「ああ、そうだね。グループワークだからって、何でもかんでも団体行動する必要はないだろうし」


「ハァ~、良かった。イマヤンのシケた面、ずっと拝むの憂鬱だったんだ~」


 もう、このアホギャルの戯言はシカトしよう。


「じゃあ、そういうことで」


 俺は体よく席を立つ。


 講義室を後にすると、どっと疲れが押し寄せた。


「……だりぃんだよ、クソあまどもが」


 これじゃ、偽装したってあまり変わらないかも……


「……今治くん、まって」


 と、背後から声がした。


「んっ?」


 と振り向くと、小柄でショートヘアを揺らす宝野たかのさんがいた。


「どうしたの?」


「あのね、今治くんを、わたしたちのグループロインに招待しようって話になって……」


「ああ、グルワのことで?」


「うん、そうそう……迷惑かな?」


「いや、そんなことは……じゃあ、お願いします」


「うん」


 ピロン♪


「今治くん、これから資料集めるの?」


「まあ、そうだね」


「そっか……あの、ね」


「んっ?」


「わたしもちゃんと協力したいけど、ちょっとよく分からなくて……自信がないというか……」


「ああ……そっか」


「うん。だから、もし良ければだけど……わたしも今治くんと一緒に、資料集めをしても良いかな?」


「まあ、そうだね……うん、良いよ」


「本当に? ごめんね」


「いや、正直ありがたいよ。他の3人は、あまりアテになりそうにないから。最悪、俺1人でやらなくちゃって思っていたんだ」


「えぇ~、今治くん、大人しそうに見えて結構ひどいね」


 と、宝野さんは笑う。


 先ほどまで見せていた苦笑とは違う、ちゃんとリラックスした笑いだ。


「じゃあ、図書館に行こうか」


「わたし、大学の図書館に行くの初めてかも。今治くんは?」


「俺はもう何度か行っているよ。タダで色んな本が読めるんだから、利用しない手はないしね」


「えぇ~、すごい。今治くんって、頭が良いんだね」


「それほどでもないよ」


「良いな~、わたし、これからちゃんと大学でやって行けるかなぁ……」


「大丈夫だよ。宝野さん、マジメだから」


「そんなことないけど……ありがとう」


 宝野さんは柔らかく微笑む。


 確かに、これはS級だ。







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