第13話 笑顔

 ありったけのてるてる坊主を吊るせば、快晴の予報を裏切る大雨になるかと思ったけど。


 そんな気力も湧かず、何だかバカバカしいので放っておいたら、案の定、快晴だ。


「ハァ……」


 俺はそんな明るい人間じゃないけど、朝は割といつも清々しく目が覚める。


 けれども、今朝ばかりは憂鬱だ。


 窓から差し込む初夏の日差しが、容赦なく頬に突き刺さった。


 同時に、この夏日が似合うような女の顔が頭に浮かんで、軽く吐き気を催す。


 ピロン♪


 朝イチのロイン、うざい。


 しかも、その相手は……


『よっ、イマヤン。今朝はねぼすけしないで、ちゃんと起きれたかな~? まあ、このアオ様のグラビア撮影ができるってことで、昨晩は眠れなかっただろうけどね~、楽しみすぎて♪』


 うん、正解。


 昨晩は、本当に憂鬱すぎて、あまり眠れなかったよ。


『じゃあ、約束どおり、お昼前に待ち合わせね。ちなみに、遅れたら罰金だから』


 その前に、お前は俺に対する借金を返せ。


『ほんじゃ、またあとでね~♪』


 陽キャ、乙。


 申し訳ないけど、基本的にバカは哀れな人種だと思っている。


 けれども、たまに羨ましくなる。


「ハァ~」


 ため息を吐くと幸せが逃げるというのは、耳タコ。


 まあ、それはほぼ事実だろう。


 けれども、確かにスピリチュアル的には最悪でも、健康的には実は必要。


 ため息を吐くことで、自律神経が整うのだ。


 だから、俺は積極的にため息を吐くようにしている。


 一人でいる時に。


 まあ、ロクに友達がいないから、基本的に一人な訳だけど。


 今日もそんなロンリーデイを満喫するつもりだったのに……


「ハアァ~~~」


 今朝、3度目のため息をこぼした。




      ◇




 市民プールに来るのなんて、いつ以来だろう?


 小学生の頃、家族と何度か行ったくらいだろうか?


 陰キャな俺だけど、健康維持はちゃんとしたいから、日の下で体を動かすことは決して嫌いじゃない。


 仕事だって、必要ならいとわない。


 けど、これから待ち受ける仕事は、明らかに俺の人生において、不必要だ。


「よっ、ブサメン♪」


 笑顔のバカがやって来た。


「ああ」


「ちっ、相変わらずノリわりーな」


 うるせーよ、ボケ。


「まあ、このアオさまのキュートな水着姿を見れば、すぐに興奮マックスだろうけどね~♪」


「さすがの自信だね」


「だって~、あたちは~、S級美女ちゃんだから」


 自分で言うこの痛々しさよ、哀れな。


 まあ、本当に見た目だけはそうだから、否定もしづらい。


「更衣室いくよ~」


「んっ」


 男だから、着替えはサッと済む。


 そもそも、水着というか、海パンなんて無いから。


 仕方なく、安いやつを購入した。


 ゴーグルと、それからスマホの防水ケースも。


「ハァ~」


 またしてもため息を吐いて、俺はプールサイドに出た。


 昼前の日差しは、より一層、強烈だ。


 できることなら、パラソルの下で、ゆっくり読書でもたしなみたい。


「おまた~♪」


 そして、陽気なバカがやって来る。


 俺の予想だと、陽キャなギャルのこいつはきっと、派手な色の水着をかまして来るのかと思っていた。


 けれども、その色は純白だった。


 さらに、胸元はふわふわの飾りがついており、ビキニのようにラインが目立たない。


 意外にも、清純系だった。


「んっ? どしたの、童貞くん? アオのキュートな水着姿に、キュンとしちゃってる?」


「いや、それはないけど」


「あっ?」


「正直、予想外だったな。君の性格キャラ的に、もっと派手な水着で来るかと思ったけど」


「ふふん、その訳を教えてあげよう」


「はい」


「ズバリ、マーケティングの成果ね」


「えっ、マーケティング?」


「おやおやぁ~? お賢いイマヤンくんなのに、ご存じない?」


「いや、普通に知っているけど……むしろ、君が心得ていることに驚きなんだけど」


「黙れ、ブサイク」


「はぁ……」


「この清純系の水着にすることで、同年代の女子からはもちろん、童貞たちにウケが良いの」


「そうなのか?」


「そっ。ほら、最近の女子は、あまり肌見せを好まないからさ~。水着も同じで、大胆に露出するビキニよりも、こっちのフワちゃんがついている方が、ウケが良いの」


「へぇ~」


「あら、アオっておっぱいデカいじゃん? それも隠せるから、貧乳女から嫉妬も買わないし」


「なるほど」


「それに、ビキニのギャルだと、童貞はビビるからさ。こうやって清純ぶってやると、ギャップ萌えすんのよ、童貞どもは」


「まあ、君の言わんとしていることは分かるよ。確かに、ちゃんとマーケティングしているみたいだね」


「へへん、どんなものよ」


 褒めると、岩本さんはキゲン良さそうに胸を張る。


「でも、イマヤン。そんなアオに比べて、あんた何してんの?」


「えっ?」


「カメラは?」


「スマホがあります」


「はぁ~? このアオを撮影するんだから、もっと高いカメラ用意しろし」


「そんなこと言われても困るなぁ」


「ちっ、使えねー男」


「でも、岩本さん。スマホのカメラの方が、親近感が湧くんじゃない?」


「えっ?」


「あまり高画質のカメラで撮ると、ちょっと引いちゃうというか……あくまでも、等身大の女子の休日をコンセプトにした方が、ウケが良いんじゃないの?」


「イマヤン……キモいけど、やっぱり頭だけは良いね」


「ハハハ」


 うるせーよ、ボケ。


「てか、顔はダメだけど、体は……」


「えっ?」


「……何でもない」


「じゃあ、サクッと撮って終わらせようか」


「はぁ? 今日1日まるっとアオに捧げし」


 嫌です。


 とは言わない。


 顔には出ているかもしれないけど。


「はい、童貞く~ん♡」


 岩本さんはポーズを始める。


 本当にウザいギャルだけど、なかなかサマになっていた。


「イマヤン、もっと寄ってよ」


「いや、これくらいの距離で」


「たく、童貞なんだから」


 ゴチャゴチャ文句を言われつつも、撮影は順調に進んだ。


「どれどれ……ちょい、イマヤン」


「あれ、まずかった?」


「……良いセンスしてんじゃん、童貞のくせに」


「それはどうも。けど、いくら事実だからって、あまり童貞って連呼しないで?」


「じゃあ、アオが卒業させてあげようか」


「いや、結構です」


「ちっ、マジでつまんねー男」


 と、相変わらずの悪態を岩本さんがついた時。


「やっ、そこの彼女」


「んっ?」


 と、振り向くと、2人組の男たちがいた。


「きゃっ、イケメン☆」


 分かりやすくテンションが上がる岩本さん。


「君、もしかしてグラドル?」


「ううん、アオは一般人だよ~」


「え~、マジで? めちゃ可愛いし、スタイルも良いよね?」


「いや~ん、もう~♡」


「良ければ、オレらと遊ばね?」


「え~、どうしようかな~?」


 ナンパ、か。


 こんな市民プールでもそんなことする輩、いるんだな。


 アホらしいけど、正直ちょうど良いかも。


 このアホ女に付き合うのも疲れたから、これをきっかけにお開きにして……


「てか、実はおっぱいデカいっしょ?」


 むにゅっ、と。


 ナンパ男が岩本さんの胸を両手で揉み上げた。


 瞬間、彼女の笑顔が硬直した。


「……はっ? いきなり何してんの?」


「えっ? 何って、軽いスキンシップだよ~?」


「じゃあ、オレも揉んで良いよね~?」


「いやいや、良い訳ないでしょうが」


「そんな、照れなくても良いからさ~」


「照れてねーから、やめろし」


 と、岩本さんが明らかに不機嫌な声になって言う。


「は? 急になに?」


 ナンパ2人組も、険しい顔つきになる。


「そっちこそ、急に何だし。セクハラとか、キモ」


「いや、そっちこそ、乗り気だったろ?」


「オレら、イケメンだから、良いじゃん?」


「……マジでキモい」


「「ハァ?」」


 まずい――と思った直後。


 ドンッ、と。


「えっ……?」


 岩本さんが、突き落とされた、プールに。


 ザバン!


「おまっ、おいっ……」


「やべっ、ついっ……」


 ナンパ2人組は、すぐさま青ざめる。


 周りの人たちのザワつきを受けてか、監視員が笛を吹きながら走って来た。


 一方、俺はプールの方を見た。


 岩本さんは、激しく水を掻いていた。


 冷静さを失っている……というだけじゃない。


 まさか……


「たすけっ……イマヤッ……」


 そのまま沈む彼女を見て、俺はすぐさま飛び込んだ。


 ゴーグルを用意しておいて良かった。


 おかげで、水中で難なく、溺れる彼女の姿をとらえた。


 俺は水を掻きわけ、すぐさま彼女を救出する。


「ぷはっ……」


 女子とはいえ、気を失っているとグッと重くなる。


 けど、俺は何とか彼女をプールサイドに上げた。


「おい、岩本さん、しっかりしろ!」


 呼びかけても、返事はない。


 顔色は……よく見えない。


 ゴーグルの水滴のせいで。


 直後、俺はゴーグルを外し、長い前髪を跳ね上げた。


 顔色は……悪いけど……


「……すまん」


 俺は彼女と唇を重ねた。


 人工呼吸。


 焦りを感じつつも、ゆっくりと丁寧に、処置を施す。


 数回ほど繰り返すと、


「……ゲホッ」


 と、岩本さんが水を吐いた。


「岩本さん、大丈夫か?」


「……あれ? イマヤン……?」


 ぼんやりとした目つきで彼女が俺を見つめる。


 そこで、俺はハッとした。


「すみません、監視員さん。彼女をお願いできますか?」


「はい、タンカを用意しています」


 素早い対応で、彼女は運ばれて行った。


「ふぅ……」


 と、ひと息吐くと、周りから拍手が聞こえて、また別の意味で焦った。


 気付けば、周りには人だかりができていた。


 みんなして、俺に向かって拍手をしている。


 一方、ナンパ男たちは、監視員に連行されていた。


 とりあえず、一件落着かな?




      ◇




 病院の廊下を歩いて行く。


 あの後、岩本さんは救急車に運ばれ、俺も付き添った。


「岩本さん、1人で帰れそうか?」


「……どうだろうね?」


 苦笑して言う。


 俺はそんな彼女を見て、そばの受付に声をかける。


「すみません、タクシーの手配をお願いできますか?」


「はい、かしこまりました。お客様のお名前は?」


「岩本でお願いします。このロビーで待たせてもらいます」


「かしこまりました、お待ち下さい」


 と、やりとりを終えると、


「イマヤン、アオそんなタクシー代とかないよ?」


「大丈夫」


 と、俺はサイフからお札を出し、彼女に渡す。


「えっ、2万……そんなかからないよ?」


「念のためだよ。それから、詫び代も入っている。俺がちゃんと、あのナンパ男たちを止めていれば、こんなことにはならなかった」


「そんなこと、気にしなくても良いのに……それに、イマヤンが助けてくれたんでしょ?」


「さあ、どうだったかな?」


「ハァ? とぼけんなし」


 少しムスッとした顔をした直後、彼女はニコッと笑う。


「イマヤン」


「んっ?」


「さすがに、2万なんて大金、すぐに返せないから……」


「良いよ、別に」


「……カラダで返そっか?」


「えっ?」


「あいつらに胸を触られた時、マジで鳥肌でキモかったけど……アオ、イマヤンになら……」


 その時、


「すみませーん、岩本さまー、いらっしゃいますか~?」


 と、入口にタクシーの運転手が来ていた。


「ほら、お迎えだよ」


「ああ……てか、イマヤンも一緒に乗るっしょ?」


「いや、俺は別ルートで帰るから」


「ふぅ~ん……さすが、童貞」


「ひどいな」


「でも、紳士だよね」


「フォローありがとう」


「えへへ」


 珍しく、純粋な笑顔を浮かべている。


 いつもみたいな、ギラギラ太陽みたいな笑みじゃなく。


 やわらかな、夕日のようで。


 こうしていれば、確かにS級美女だな。


「イマヤン」


「んっ?」


「……またね」


 これまた珍しく、少し照れたように小さく手を振って、彼女は去って行った。


「……さてと」


 帰りますか。







◯『ブサ偽装』 碧依視点

https://kakuyomu.jp/users/mitsuba_sora/news/16818093079524782817






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