第9話 熱気

「どうぞ、入って」


「お邪魔します」


 俺は豊原さんのアパートにお邪魔する。


 1人暮らしの大学生がよく住むような定番の1K


 玄関から部屋への廊下にかけて、キッチンスペースがあって、洗濯機があって、洗面台と浴室があって。


 でも、その部屋はやはり……個性的だった。


「……これ、実家からぜんぶ持って来たの?」


「そうでござる……じゃなくて、そうだよ♪」


「まだ1年生の段階でコレとか、先が思いやられるな」


「大丈夫、いざとなれば同人で稼いだお金でもう1部屋借りるから」


「なるほど、夢が膨らむね」


「うん♪ そのためには、今治くんにちゃんと管理してもらわないといけないんだから、頼むよ?」


「分かったよ。じゃあ、とりあえず、領収書と、できれば通帳も見せてもらって良い?」


「合点承知の助♪」


 ノリノリな豊原さんはササッと用意してくれる。


「ああ、同人の稼ぎもプライベートの口座に振り込まれている感じか」


「やっぱり、分けた方が良い?」


「まあ、本格的に事業をするならね。でも、今の段階ではコレで良いと思うよ」


「ほむ」


「で、領収書は……宛名は本名だね」


「あ、ペンネームの方が良かった?」


「ちなみに、ペンネームは?」


「フル魔人」


「へぇ~……じゃあ、本名で良いよ。会計ごとに、生き恥さらしたくないでしょ?」


「今治氏、ひどいでござる!……じゃなくて、今治くん、ひどい!」


「ごめん、今のは俺も悪かった」


「全く、もう」


 豊原さんはプクッと頬を膨らませる。


「領収書はだいたい、書籍代かな?」


「そうだね~。別にプロでもないから、打ち合わせのお茶代とかもないし」


「ちなみに、高校時代からサークル側でコミパに参加していたって言っていたけど……」


「うん、個人サークルとして。もち、保護者同伴」


「親御さん?」


「そっ。あたしの両親もガチオタだから」


「へぇ~……それは、頼もしいね」


「うん。でも、あたしももう大人だから、これからは本当に個人で活動しようと思って」


「そっか」


「でも、やっぱり1人は心細いから……今治くんに甘えたいの♡」


「あんまり、甘えられても困るけど」


「ひどっ、今治氏のバカ~!」


「はいはい、ごめんね」


「雑な扱い……それもまた、悪くない」


「ちなみに、どんな作品を描いているの? まさかと思うけど、エロじゃないよね?」


「アハハ、違うよ。ちゃんと、健全な全年齢版。まあ、男の子同士の、ちょと切ない感じだったりするけど」


「ああ、BLか……R18のラインは超えてないよね?」


「そしたら、今ごろ我が家は崩壊しているよ」


「まあ、そっか。ていうか、両親がサポートしてくれていたなら、確定申告もちゃんとしそうなものだけど……」


「まあ、さっきも言ったように、みんなガチオタだから。ちょっと、創作に夢中になりすぎたね。あれは青春だったなぁ~」


「へえ、良い両親なんだね」


「その内、今治くんにも紹介するよ」


「いや、遠慮しとく」


「だから、ひどい~!」


「ちなみに、ちゃんと書店で領収書をもらっているのは偉いけど……」


「うん?」


「場合によっては、レシートの方が有効だよ。作品名とか分かるからさ」


「レシートでも経費として計上できるの?」


「むしろ、レシートの方が信用性が高かったりするよ。まあ、領収書の宛名を『上様』とか、但し書きを『品代』とかにしなければ、税務調査が来てもそんなうるさく言われないと思うけど」


「うぅ、税務調査……あの辛酸はもう舐めたくない」


「まぁ、良い人生経験をしているね」


「でも、いまは今治くんがいてくれるから、もう安心だね♪」


「あまり頼られ過ぎても困るけど」


「もう、そんなツレないところも、すこだぞ♪」


「……ちなみに、豊原さんって、イケメン好き?」


 パラパラ、と彼女の作品を読みながら言う。


 確かに、これはちゃんと健全な内容だな。


「うん、好きだよ、2次元が。3次元はゴミだけど」


 急に彼女の表情がやさぐれた。


「何かあったの?」


「いや、単純に、あたしのことを性的な目で見るのがウザキモいから。主に胸とかさ」


「まあ……今のご時世、特にセンシティブな問題だよね」


「ちっ、3次元の野郎どもめ……」


「じゃあ、俺もダメなんじゃないの?」


「ううん、今治くんは2.5次元だから、すこ」


「2.5次元って……アニメ系の舞台の俳優さんとか、だっけ?」


「そっ、さすが今治くん、お詳しい♪」


「別にそんなオタじゃないけど……」


「ていうか、今治くんって、見た目はブサメンだけど、声はイケボだよね」


「はぁ……」


「そう言っても、すず様とアオカスは理解してくれなくてさ~……拙者は、今治氏のことすこでござるのに」


「あの、またござる口調が……」


「ていうか、ブサメンだけど、声はイケメンとか、マジ声優さんだし。今治氏、すこすこすこ」


「と、豊原さん?」


「ああ、勘違いしないでほしい。拙者、決して今治氏のことを、男性として、性的に見ている訳ではない。ただ、尊く、愛でたいと思っている次第でござる」


「豊原さん、その辺にして……」


「ていうか、さっきから今治氏にそっけなくされるたびに、ゾクゾクして……」


「おーい?」


「今治氏、頼む! ブサメンながらもイケてるその声で、拙者を罵ってくれ!」


「はい?」


「さあ、来い、今治氏!」


「ちょっ……」


「さあ、さあ、さあ、さあさあさあさあさあ!」


 な、何だ、この熱気は。


 これが、オタク特有の。


 ク、クソあちぃ~……


「さあさあさあさあさあさあさあさあさあ!」


 も、もうダメだ……


「……ぷはっ!」


 俺は偽装用のメガネを外し、前髪を掻き上げる。


 あと一歩遅ければ、あまりの熱気に気を失っていただろう。


 しかし……しまった。


 俺の素顔が……豊原さんに……


「……し、しまった! 興奮し過ぎて、メガネが曇ったでござる!」


 ガクッ、と俺は力が抜けた。


 その隙に、ササッと偽装し直す。


 豊原さんも、メガネをこすって曇りを取った。


「ふぅ~……いやぁ~、すまん、すまん。拙者としたことが、つい」


「ま、まあ、君の熱量は伝わったけど……その熱は俺じゃなくて、創作に向けてくれ」


「そ、そうだね……アハハ」


 豊原さんはわずかにうつむき、苦笑する。


「……あ、いっけない。これから、溜まっていたアニメ鑑賞をしなくちゃ」


「はぁ……」


「ということで、今日はこれにて、解散ということで」


「うん、分かった」


「今治氏……じゃなくて、くん。今日はありがとう」


「ああ、こちらこそ。まあ、勉強になったよ」


「うふふ」


 この子は普通にしていれば、確かにS級美女なのに、と失礼ながらに思った。




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