第10話 クソ女

 大学の食堂というのは非常に混雑する。


 もちろん、それなりの広さ、座席数はある。


 以前はあった喫煙スペースも排除して、広げたらしい。


 それでも、やはり、学生の数に対しては、やや乏しい。


 だから、必然と、利用する客層は決まって来る。


 気弱な陰キャは、まず利用しない。


 だいたい、アホな陽キャが占領して、バカ騒ぎするから。


 だから、俺も普段は利用することがないのだけど。


 あえて、時間をズラして、利用することがある。


 学食は安いだけでなく、栄養のバランス管理がしっかりとなされている。


 ラーメン1つをとっても、外食のラーメン屋みたいに、将来的に確実に病気になるような油を摂取する危険性もないし。


 味も、それなりに美味しい。


 せっかく大学生なのだから、何だかんだ学食は利用しておきたい。


 ズズッ、ズズッ。


「……うん」


 頷く俺が食すのは、そばだ。


 春野菜を使ったそば。


 もうすぐ春も終わるし、少し名残惜しみながら、いただきたいと思ったのだ。


 普段は騒がしい学食も、夕方の頃合いは良い具合に静けさが漂っている。


 今日の晩めしはコレ。


 済ませたら、帰宅して講義の課題をこなして、明日の準備をして。


 あとは、適当にリラックスタイムを過ごせたら良いかな。


「おい、そこのブサメン」


 俺の静かな晩めし時に割入る、無粋な声。


 いかにも頭の悪そうなその声と物言い。


 振り向けば、やはりそこには、バカがいた。


「……岩本いわもとさん」


「よっ、イマヤン。ボッチ飯?」


 本当に、性格の悪い女だ。


 会った時から、ずっと俺のことをディスって来る。


 まあ、聞き流すから良いけど。


「ああ、ご覧の通り。静かに食事を楽しんでいるから……」


「てかさ~、聞いてよ~」


 ドカッ、ととなりに座って来やがる。


 このクソギャルが……


「この課題、マジで意味不明なんだけど~」


 カバンの中からペーパーを取り出して、実に不満げに言うクソギャルさん。


「イマヤン、分かる?」


「情報処理か……まだ1年の基礎範囲だし、何なら商業高校でも習うようなレベルだと思うけど」


「あ?」


 は? こいつ、何なの?


「アオのこと、バカにしてんの?」


 はい、そうです。


「そういう訳じゃないけど……これ必修だから、落したらまずいよね」


「てか、イマヤンはもうやった?」


「うん、とっくに提出済み」


「じゃあ、教えて」


「えぇ……自分でやりなよ」


「あ?」


 は? だから、何なの、お前?


 それが他人ひとにモノを頼む態度かよ。


「この可愛いアオさまに頼まれて断る男なんて存在しないはずだけど?」


 キモッ。


「ていうか、さっきからアオのおっぱい見て、キモ」


 お前がな、あと見てねーし。


「見ていないけど、岩本さんはギャルらしく露出の高い服装だからさ」


「ほら、見てるじゃん、この童貞、陰キャ、非モテ」


「…………」


 何か眠くなって来た。


 バカと会話していると、強制的の脳がシャットダウンしたくなる。


 ああ、ノイズだ、うっとうしい。


「……岩本さん」


 俺は気持ち、声のトーンを落として言う。


 すると、心なしか、気丈なこの女の目と肩が、わずかに揺らいだように見えた。


「な、何よ?」


「君が言う通り、俺は非モテの陰キャだ。だから、そんな俺のささやかな楽しみの時間、邪魔しないでくれるかな」


「…………」


「あと、他人にモノを頼む態度は、ちゃんとわきまえた方が良いよ」


 なんて正論をかましてみるけど、どうせ逆ギレして来るんだろうな……


「……ごめん」


 んっ?


「悪かったよ、アオちょっと、焦っていたから。さすがに必修を落とすとまずいし」


「ああ、そう……」


 ちょっと、いや、だいぶ意外だな。


 礼儀知らずのバカ女だと思っていたけど……


「イマヤン、お願いします。あたしを助けて?」


 ふてぶてしいギャル女が、急にしおらしくなった。


 正直、あまり面倒ごとは関わりたくない。


 とはいえ、大学の講義、課題、テストを突破するには、それなりの人脈が必要だったりする。


 効率よく、コスパ良くクリアするためには、過去問が必要だったりするからな。


 この女は、きっと友達も多いだろうし……ああ、でもロクに講義にも出ないバカ友ばかりかな?


 ああ、いや、あのS級美女たちとお友達で、こいつも一応、その1人に数えられているのか。


 となれば……


「……分かったよ」


「えっ、本当に?」


 急に目がキランと輝く。


 何か、ちょっと犬っぽいな。


「イマヤン、ブサメンだけど、良いやつだね」


「ああ、はいはい」


 一言余計だし。


 まあ、その方が都合が良いけど。


 てか、俺はそんな良い人間じゃないからな。


 本当は、お前みたいなアホは嫌いだし、あまり関わりたくない。


 ただ、利用価値があるから、仕方なく頼みを聞いてやる、それだけのこと。


「ねえ、イマヤン、そのおそば、ちょっとちょうだい?」


「えっ? 何で?」


 こいつ、調子に乗りやがって。


「だって、おそばって、お米とかに比べて太りにくいんだよ?」


「おっ?」


「えっと、確か……DIY的にお得だって!」


「……たぶん、GI値のことかな?」


「へっ、GIって……イマヤンのエッチ」


「はっ?」


「GカップとかIカップって……アオのEカップだって、十分におっきいんだからね、バカ!」


 ……やっぱり、教えるのやめよーかな。


「もう、怒ったから残りぜんぶ食べてやる」


「おい、いくらGI値が低いからって、食べ過ぎは禁物だぞ?」


「黙れ、スケベ野郎」


 このクソギャル、やはり見捨ててくれようか。


 ズルル、ズゾゾ、ゴクゴクッ。


「ぷはっ……」


 ……マジでぜんぶ食いやがった。


「おいち~♡ イマヤン、おかわり♡」


「どうぞ、自腹で」


「あたし、あまり手持ちがないの。ほら、お腹だってこんなにシェイピーだし♪」


 知らねーよ、バカ。


「じゃあ、貸しってことにしておいてあげるよ。課題の講義料も含めて、ね」


「イマヤン、最低。もしかして、金の亡者?」


「ああ、お金は大事だね。大学生は、何かをお金がかかるし」


「ふん、だからブサイクでモテないんだよ」


「ああ、はいはい」


「……分かった、ちゃんとお代はお支払いします」


「本当に?」


「その代わり、ちゃんと教えなかったら、ぶちコロスから」


「分かりましたよ」


「んっ、そば代、ちょうだい」


 クソギャルさんは、ムスッとした顔で手の平を出して来る。


「はいはい」


 俺はため息まじりに、チャリンと小銭を渡す。


「むっ、これだとおそばしか頼めない」


「それで十分だろ」


「だって、おにぎりと天ぷらも欲しいから」


「おい、GI値はどうした?」


「黙れ、変態」


 ……ちっ、うぜぇ。







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イケメンで生きるのが面倒だからブサ偽装していたら大学でS級美女たちとグループワークをすることになった 三葉 空 @mitsuba_sora

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