第6話 拙者を管理して?

 先日のグループワークが終了したことで、俺の肩の荷は下りていた。


 出来れば1人で静かに、淡々と講義を受けたいし。


 講義室に入ると、多くの学生たちの中でやはりひときわ目立つ4人組がいた。


 その内の1人が、ふとこちらに振り向くと、小さく手を振って来た。


 俺は小さく会釈をして、適当な席に腰を下ろす。


 そして今日から、淡々と日々を過ごして行く。


 はずだった……




      ◇




 4コマ目が終わると、良い具合に夕方の時間だ。


 ここから、みんなしてサークルに行くなり、バイトするなり、実に大学生っぽいムーブをかますのだろう。


 けど、俺はすぐ帰宅する道を選ぶ。


 陰キャくさいけど、それもまた大いなる贅沢なのだ。


「ねえ、今治いまばりくん」


 ふと、背後から声をかけられる。


 振り向くと、そこにいたのは……


「……豊原とよはらさん?」


 S級美女4人衆の1人、豊原満月みつきがいた。


 メガネにツインテの、オタ系美女ってやつか。


「ちょっと、お願いがあるんだけど」


「お願い? 俺に?」


「そう。いま、ちょっと時間あるかな?」


 う~ん、そんな用事はないけど、すぐに帰ってラクになりたいし。


 けど、ここに無下に扱うのも、さすがに気が引ける。


 適当に理由をつけて帰るか?


 でも、メガネの奥の瞳は、至って真剣だ。


 少なくとも、あのタカビー女やクソギャルみたいに、俺のことをウザく罵倒しない人だし……


「……分かった、少しだけなら」


「ありがとう。キャンパス内だと人目が気になるから……どこか適当なお店でも良い?」


「ああ、分かった」


 S級美女もまた、苦労するんだな。


 オタクで、あまりそういうの好きじゃなさそうだし。


 俺たちは大学最寄りの駅から電車に乗り、この辺りで1番栄えている駅前にやって来た。


「あのコーヒーチェーンはどう?」


「いいよ」


 店内は、同じ大学生らしき人たちがちらほらと。


 でも、そんなごった返していないから、ちょうど良い。


 適当に注文を済ませて、席につく。


 俺は一口、ブレンドコーヒーを口にした。


「それで、お願いっていうのは……何かな?」


「ああ、うん」


 甘い抹茶ラテを口にした豊原さんは、頷いて喋り出す。


「まずは、この前のグルワ、おつかれさまでした」


「ああ、おつかれさま」


「ほとんど、今治くんに任せて……ごめんなさい」


「いや、平気だよ。俺も良い勉強になったし」


「そっか、さすがだね……素晴らしい」


「うん?」


「今治氏」


「……はい?」


 な、何だ?


 急に雰囲気が……


「拙者、この前の今治氏のプレゼン、大いに感動したでござる」


「はっ……?」


 せ、拙者……だと?


「今治氏は言ったね? これからの時代、個人経理、自分のマネジメントが重要だって」


「い、言ったね」


「それは拙者も痛いほど分かっている。簿記、確定申告……うっ、頭が!」


「だ、大丈夫か?」


「……別に脱税をするつもりはない。しかし、拙者は己の創作活動に集中したい、ただそれだけなんだ」


「えっと……たぶん、ちょっと興奮気味だからさ。大事な部分が抜けていると思うよ?」


「はっ……かたじけない。実は拙者、同人活動をしているでござる」


「同人?」


「コミパってご存知であるか? コミックパラダイス」


「ああ、夏のオタクの祭典? あと、冬もか」


「さすが、今治氏。拙者、高校時代から、そこにサークル側で参加しているでござる」


「へぇ~、すごいね。豊原さん、マンガ描けるの?」


「まあ、一応。所詮、アマチュアレベルでござるが」


「でも、出店できるってことは、それなりのレベルってことでしょ?」


「今治氏、拙者をあまり褒めないでくれ。照れてしまう」


 モジモジとする豊原さん。


「ああ、はい」


「で、そのコミパに参加して、それなりに儲かるのだけど……その後の確定申告が……うぅ」


「ああ、税務署の人が来ちゃったの?」


「うん、自宅に。親にも迷惑をかけてしまった」


「それは……それなりに稼ぎがあるなら、税理士さんに頼んでみれば?」


「もちろん、それも考えたけど……何かうさんくさいおっさんばかりで、イヤだ」


「あっそう……」


「それに、この前の今治氏の発表を聞いて、自分でちゃんと経理をやってみようと思ったでござる」


「良いんじゃない?」


「しかし、やはり無理だった……」


「じゃあ、それはもう、ちゃんと良い税理士さんに……」


「今治氏」


「はい?」


「どうか、お願いだ……拙者のことを管理して?」


 可愛く小首をかしげて、彼女はそう言った。







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