第4話 震える
そのドアを開くと、
「あっ、てっちん、やっと戻って来た……って、その人ダレ?」
これまた、コスプレ姿の女子がいた。
他にも、コスプレ姿の人たちが数人ほど。
「実はちょっとアクシデントで足をくじいちゃってさ……彼に助けてもらったんだ」
「いえ、元はと言えば、俺が不注意だったので……大事なイベント中に申し訳ありません」
「そう、今は大事なイベント、コミパ。同人作家たちに負けないくらい、俺たちレイヤーも熱い想いで参加しているんだ」
「レイヤー?」
「コスプレイヤーのことだよ」
「ああ、なるほど」
「てか、てっちん、どうすんの? あたしとカップルでコスるはずだったのに……」
「すまん、ももち……そこで、俺の代役はこの彼に任せようと思う」
「えっ?」
「でも、見たところ、初心者っぽいけど?」
「大丈夫だって。という訳で、頼まれてはくれないだろうか?」
「いや、それは……」
正直、コスプレなんてごめんだ。
けれども、俺のせいでせっかくのお楽しみに水を差してしまった訳であって……
「……了解しました」
「マジで? ありがとう」
「ですが、恐れながら、いくつか条件というか、お願いがありまして」
「うん、何だい?」
「まず、俺の素性とか、詮索しないでください。あと、あまりルックスに自信がないので……そのコスプレをセットする際は、1人ないし2人だけでお願いしたいです」
「オーケー、分かったよ」
てっちんと呼ばれる男子は、快く頷いてくれる。
「じゃあ、俺とももちでセットするから。他のみんなは、先に会場でスタンバっていてくれ」
「「「分かった」」」
他のコスプレイヤーさんたちは部屋を後にした。
「さてと……じゃあ、ももち。急ピッチで進めようか」
「はいはい。そんじゃ、君。そこの椅子に座って」
「あ、はい」
「じゃあ、メイクするから」
「メ、メイク? 俺、男ですけど?」
「だって、2次元の超イケメンになりきるんだよ? 所詮、3次元のフツメン、いえブサメン風情がとやかく言わないの」
「おいおい、ももち……ごめんね、こいつちょっと、カリカリしているだけだから」
「あんたのせいでしょうが、黙って準備をしろ」
「すみません……」
女って、やっぱり怖いな。
「ほんじゃ、この鬱陶しいメガネと前髪をどけて……」
あっ、と俺が心の中で叫んで、
「…………はっ?」
と、彼女は目を見開いた。
◇
炎天下の下、わざわざ分厚い衣装を着て、ひたすらに立ち続ける。
しかも、色々とポーズを取りながら。
申し訳ないけど、よくやっていられるなと思う。
まあ、それだけ、好きということなのだろう。
「ちょっ、まっ……ガチのリディア様が降臨なさったああああああああああ!?」
オタク女子が叫んだのをきっかけに、どっと視線が集まり、やがて人も集まった。
俺の下に。
「「「「「「きゃああああああああああ!!!」」」」」」
マジで鼓膜が破れるかと思うくらい、凄まじい嬌声、いや奇声が響き渡る。
「はーい、押さないで、触れないで!」
スタッフがガードしてくれるけど、いつ決壊してもおかしくない勢いだ。
「リディア……様」
こちらもまた、バッチリコスプレを決めたももちが声をかけて来る。
「ちょっと、みんなに落ち着くように言って……ください」
「ああ、えっと……」
俺はカオスな群衆を前に辟易というか、もはや敵前逃亡したいくらいなのだけど……
「……静かにしないと、切り捨てるぞ」
あ、やばい、何でこんなセリフを。
俺、このキャラのこと、何も分かっていないのに……
あ、でもなんか、沈黙が生じて……
「「「「「「うぎゃああああああああああああああrjpwんbsええええええええぇ!?」」」」」」
ホワッツ!?
「何よ、あんた……あなた、ちゃんとリディア様のキャラを理解しているじゃない、この冷血漢」
そ、そうなの?
「ほら、あんたたち! いい加減にしないと、本当にリディア様に切り捨てられるわよ!」
ももちが声を張り上げる。
けど、全く収まらない。
このままだと、まずいな……
「……1つだけ、言わせてくれ!」
俺が頑張って声を張り上げると、騒ぐ女どもはようやく、少しだけ大人しくなった。
「コスプレの撮影も結構だが……マンガも読むと良い。個人的にオススメなのは……『フル家族』というサークルの作品だ」
シーン、と静まり返る。
静かになったのは良いけど、さすがに気まずいな……
「「「「「「よっしゃ、速攻で行くべええええええぇ!」」」」」」
女どもはこちらに背を向け、勢いよく走り去って行った。
その光景を、俺は呆然と見るめる他ない。
「いや〜、災い転じて福となるっていうか……うん、とりあえず、僕は君とぶつかってケガして良かったよ」
てっちんが笑って言う。
「本当に……もういっそのこと、乗り換えちゃおうかな〜……なんて♪」
「も、ももちゃん!? それはひどいでござる!」
「じゃあ、もっと男磨けや」
「はい……」
こわっ……
「……あ、じゃあ、俺はこの辺で」
「そうだ、名前と連絡先を教えてよ。何なら僕らと一緒に活動しないかい?」
「いえ、あの……ごめんなさい!」
俺は脱兎のごとく、その場から逃げ出した。
◇
ようやく元の姿に戻った俺は、豊原さんたちの下に戻ったのだけど……
「……おぉ、今治氏、遅かったでござるな」
すっかりクタクタというか、ボロボロ状態の豊原さん一家がいた。
「な、なんか、急に狂った女どもが押し寄せて……死にかけたでござる」
「ガハハ……」
「オホホ……」
「な、なんていうか……ごめん」
「えっ、どうして今治氏が謝るでござるか?」
「いや、何でも……」
と、俺は気まずく目線を逸らす。
「はいはい、ご苦労さま」
少し偉そうな声が聞こえた。
「あ、珠代さま」
「もえみんだっつの……満月ちゃん、何だか後半に随分と伸びたみたいだけど……まあ、勝つのはあたしでしょうね」
腕組をしながら、自信たっぷりに言う萌美氏。
豊原さんは何も言わず、けど決して怯むことなく、背筋を伸ばして立っていた。
「あ、お取り込み中にすみません。コミパ運営の者ですが……」
と1人の男性がやって来た。
「あら、どうも、ご苦労さま。あたしのサークルがベスト作品賞に選ばれたのよね?」
「あ、違います」
「……はっ?」
「でも、売上は上位で感想ピックアップしといたので、良ければ今後の参考に」
半ば呆然とする萌美氏に用紙を渡した彼は、豊原さんの方に向き直る。
「サークル『フル家族』の代表者の方ですね?」
「あ、はい」
「おめでとうございます。あなた方の作品が、ベスト作品賞に選ばれました。第3位です」
「ほ、本当でござるか!?……あ、本当ですか?」
「はい、アンケートの感想一覧です」
豊原さんは、渡されたそれに目を通す。
そして、ぷるぷると震えていた。
ちなみに、萌美氏も震えている。
けれども、恐らく、両者の心境は正反対だろう。
「……なーにが、『所詮はアイドル作家、作品の中身はスッカスカ』……ですって〜?」
そして、萌美氏は、キッと鋭く豊原さんを睨んだ。
「満月ちゃん」
「何でござるか?」
「……次は冬に……潰す」
「望むところでござる、珠代さま」
「もえみんだっつの」
吐き捨てるように言うと、萌美氏は静かに立ち去った。
「……さてと、気を取り直して、片付けをするでござる。その後は、祝勝会だ!」
「「イエーイ!!」」
「もちろん、今治氏も一緒に、でござるよ?」
豊原さんは、清々しい笑顔で言う。
「……分かったよ」
なぜだか、俺は自然と口元がほころんでいた。
☆限定ノートにて、満月視点を公開!
https://kakuyomu.jp/users/mitsuba_sora/news/16818093091319391006
イケメンで生きるのが面倒だからブサ偽装していたら大学でS級美女たちとグループワークをすることになった 三葉 空 @mitsuba_sora
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