第3話 追放?

 図書館はそんなに人がいない。


 これがテスト期間に入ったら、ごった返すんだろうけど。


「ビジネス関係の本はこのコーナーみたいだね」


 当然ながら、声のボリュームを落として言う。


 まあ、元からそんな声を張る方じゃないけど。


「うん。でも、どれが良いのかな?」


 宝野たかのさんも囁くような声で言う。


「とりあえず、良さげなのはかたっぱしから読んでみよう。2人で手分けして」


「分かった」


 適当に5、6冊くらいチョイスして、席に座る。


 俺と宝野さんはとなり合う形で。


「すごい、文字がビッシリ。こんな難しそうな本、読めるかな?」


「完璧に読み込まなくても良いよ。最初は、ななめ読みくらいで。大事そうなところは、メモしてさ」


「うん、やってみる」


 それからしばらくは、お互いに無言の状態で作業を進めて行く。


 パラ、パラ、と本をめくる音。


 サラ、サラ、とペンを走らせる音。


 それだけが聞こえていた。


 ある程度、作業が進んだ時……


「……んっ。ちょっと、疲れちゃった」


 椅子に座ったまま背伸びをする宝野さんが、苦笑まじりに舌を出す。


「じゃあ、今日はこの辺にしておこうか」


「うん」


 俺たちは図書館を後にする。


「ごめんね、今治くん。わたし、あまり集中力がなくて」


「そんなことないよ。お疲れさま」


「えへへ」


 瞬間、ぶわっと風が吹く。


 これは、春一番か?


「きゃっ!?」


 幸いなことに、宝野さんはスカートではなく、パンツルック。


 だから、青春ラブコメにありがちなハプニングもない。


 と、束の間の油断が命取り。


 俺は顔を隠す前髪が跳ね上がり。


 そして、伊達メガネも飛んだ。


 さすがに、焦って回収する。


「……今治くん、大丈夫?」


「あ、ああ……」


 俺は再び偽装を施す。


 ようやく、宝野さんに顔を向けた。


「すごい風だったねぇ。もう、イタズラさんめっ」


 と、おどけるように言う彼女。


 この様子だと、俺の素顔は見ていないかな?


「あ、今治くん、ごめん。わたし、ちょっと用事を思い出して……」


「うん、分かった」


「じゃあ、またね」


 と、彼女はそそくさと、手を振って去って行く。


 もしかして、俺が今の突風で、ラッキースケベを拝んだと勘違いしているのか?


 でも、スカートじゃないし……いや、無粋な詮索はやめておこう。


「……俺も帰るか」


 ひとり帰路についた。




      ◇




 翌日。


 講義室に向かう途中で、小柄な背中を見つけた。


「宝野さん」


 と声をかけると、ビクッとされた。


 あれ、まずかったかな?


 でも、無視するのもアレだし……


「おはよう」


 とあいさつすると、彼女は小さく振り向いて、


「お、おはよう、今治くん……」


 どこか力の抜けた声で言う。


 もしかして、体調不良かな?


「宝野さん、大丈夫?」


 と、俺が少し近付いて、顔色をうかがおうとすると、


「だ、大丈夫だよ!」


 と早口で行って、タタタと駆けて行ってしまう。


「えぇ……?」


 その直後、


「あなた、何をしたの?」


 この高飛車な物言いは……


「……遠藤さん」


「あなた、しずくに何かしたの?」


「えっ? いや、特には……きのう、図書館で一緒にグループワークの研究を進めただけで……」


「図書館、2人きり……変態ね」


「はっ? 何で?」


「しずくが大人しいからって、あなた……変な真似をしたら、許さないわよ?」


 腕組みをしながら、ギロッと睨まれる。


「いや、マジで何もしていないから」


「どうだか。ハァ、やっぱり、あなたみたいな冴えない非モテ男を入れたのは間違いだったかしら……」


 ため息まじりに言う遠藤。


 やっぱりこいつ、ムカつくな。


「まあ、良いわ。もし、次にセクハラ行為が発覚したら……追放するから」


「グループから?」


「ううん、この大学から」


「えっ、君にそんな権力があるの」


「お黙りなさい」


 マジで何なんだよ、この女。


「おっす~、スズたん♪」


 至極フキゲンな顔をしていた遠藤の背後から、至極ゴキゲンな顔の岩本が抱きつく。


碧依あおい、おはよう」


「う~ん、今日も清楚な美人ながら、嫌らしいFカップですな~♪」


 と、岩本は遠藤の胸を揉みしだく。


「あんっ……コ、コラ、碧依」


「エッヘヘヘ♪ てか、イマヤンがガン見してっけど?」


「えっ」


「はっ?」


 再び、ガン睨みされる。


「追放されたいの?」


「……冤罪だよ」


「お黙りなさい」


「そうだ、シャラーップ♪」


 やばい、こいつらマジでうぜぇ。







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