第14話

 充電器の購入を終え住処に戻る頃には、東の空は白んでいた。数日続いた雨はあがり、祠の中をひんやりとした空気が包んでいる。中には、抜け殻の地蔵がぽつねんと佇んでいる。死後の世界に仕事に行くとき、地蔵は魂だけを飛ばして本体は留守番をする。人間にばれないようにするためだ。地蔵は動けるし、化けることだって出来る。


 祠に入るとどっと疲れが襲ってきた。私が祀られている場所は、千人にも満たない山村のそのまた外れにある。目の前の家には腰の曲がった婆さんが一人で住んでいて、一日中テレビがつけっ放しになっている。耳を澄ますとどうやら朝の情報番組らしく、人気ユーチューバーをランキング形式で紹介していた。もちろんアカネは入っていない。


 足元を見ると、かりんとう饅頭が供えてあった。婆さんは気が向いた時にお供え物を置いてくれるが、殊更に信仰心があるわけではないらしく、多少ぞんざいなところが見受けられる。夕飯の残りの煮物はまだしも、いつだったか野良猫にやるキャットフードが置かれていたことがあった。その点だけは多少辟易するが、婆さんの素っ気なさは嫌いではない。死んだら便宜を図ってやるつもりだったが、残念ながら今の私には何の権限もない。婆さんの長生きを願うばかりだ。


 私は懐から濡れた名簿を取り出し、アカネの「輪廻転生歴」をもう一度確認した。何代か前を辿ると、紅海という名前が記されている。江戸末期に生きた仏師として全国を行脚し、数多くの地蔵を残した。その大半は明治の頃に壊されてしまったが、中には今日まで生き残った地蔵もあった。例えばとある山村の、寂れた祠の中で雨漏りに悩まされている地蔵も、どうやらその一つらしい。


 さて、明日はどこを案内しようか。閻魔大王による裁判を傍聴しようかしらん。八大地獄を巡るツアーなんかも面白いかもしれない。アカネのことだから、「地獄をぶっこわーす」なんて言い出しかねないが、それもまた一興だ。色々あったが、一日をなんとか終えられたことを良しとしよう。

 婆さんの家から聞こえてくるテレビの音声が、次第に遠ざかっていく。とろりとした眠気が、身体を包み込んだ。

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地蔵、迷惑系ユーチューバーに救われる 赤ぺこ @akapeco

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