第4話

 地蔵は鬼と戦い、勝利を収めた後に子供を賽の河原から救い出す。これが正規の手順らしい。私が生まれるずっと前にはそうしていたと聞いている。しかし逐一戦っていては、お互いの身が持たない。何よりこれはあくまで仕事。少なくとも現場で働く私たちは、鬼に何も恨みはない。恐らくあちら様も同じ考えだろう。その結果、いつしか手順は形骸化の道を辿ることになった。


 最初の頃は戦いを辞め、そのまま子供を河原から連れ出していた。しかし鬼側の幹部連中から抗議の声があがる。「断りも無しに連れ出すのはあんまりじゃないか」と。

 あまりにも好き勝手をされては、鬼としての面目が丸潰れらしい。

「これでは子供たちに、我々の威厳が保てないではないか」

 豪快な身体に似合わず、ちんまい性根の連中だ。もちろん地蔵側の幹部も黙ってはいない。

「毎度無様に負けて、醜態を晒す羽目になる癖に。こっちはそれを勘弁してあげようと言っているのです」

「地蔵は脳みそまで石で出来ているのか。鬼が本気を出せば、地蔵ごときに負けるわけなかろう」

「あら鬼さんたら。顔が真っ赤ですよ」

「元からだよ」


 面子や体裁、損得、政治的駆引きなど、地蔵と鬼の下卑た思惑は複雑怪奇に絡まりあい、くんずほぐれず押し合いへし合いの様相を見せた。今の形に落ち着くまでは、ずいぶんと時間がかかったらしい。


 結局、鬼たちに酒の賄賂を贈り、その便宜として子供たちの救出を見逃してもらう。といった腐った政治のお手本のようなやりとりが、双方の落としどころになったようだ。一見すれば鬼側に有利に見えるが、裏ではどんな取引があったのやら。

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